ゆきかんばせ
この物語は音ノ瀬聖が音ノ瀬ことと再会する前の冬の話です。
音ノ瀬一族の副つ家と呼ばれる家で、僕・音ノ瀬聖は鬼子、鬼兎と周囲から呼ばれながら育った。
音ノ瀬一族は特殊な家で、言葉の音色と力・コトノハを処方する。
その中でもコトノハの強弱を自在に出来る副つ家は、更に異端だった。
白髪赤目という僕の容姿も、その異端視に輪を掛けた。
副つ家が守る、ふるさと、と呼ばれる一族の聖地の古寺にも寒い冬がやってきた。
殊に今日はしんしんと冷える。
僕は寝床の中で、明日は積るかもしれないなと思う。
しんしんと冷える夜に感じられる白雪の気配。
今、外に出ればそのひとひら、ふたひらが舞い落ちてくる頃合いかもしれない。
雪の夜は人を内省的にさせる。
僕が想う人もそうだろうか。願わくばその内省が優しいものでありますよう。
彼女・音ノ瀬家当主、こと様のご両親は五年前に失踪した。
まだ帰らぬ彼らの生存を信じる者は、一族内でも少数だ。
人は消える時がある。雪のように。―――――――ついぞ戻らぬ。
天から生を受けて地に舞い降り、やがて融けて天へと還る。
そう考えれば成る程、人とは雪に似ているかもしれない。
その、儚さも。
そこまで考えて、こと様の顔が浮かぶ。風にそよぐ一輪の桔梗の花のような。
儚い人。どこまでも強くしなやかかと思えば、脆く弱い。
重責を一身に背負う彼女の孤高。
僕はこと様からご両親を奪った。
僕がご両親について行けば、大過なく時は過ぎたかもしれないのに。
こと様の傍に在るほうを優先した。そう信じた末路は。
僕は起き上がり、縁側に続く障子戸を開け放った。
やはり雪は降っていた。音もなく、けれどどこか匂やかに。
僕は素足のまま庭に降りた。雪が髪につく。肩に乗る。伸べた手に降りる。
僕は苛烈な程の力を籠めて掌を握り締めた。
そうして天を仰ぐ。自分の吐く白い息が見える。身は冷たいのにその内側は熱い。
紺青に点々と散る白。
僕の髪と同じ色。
いっそどこかの昔の王妃と同様、恐怖で白髪となったなら良かった。
それであれば僕の罪科の烙印となっただろう。
なのに彼女は言うのだ。
こと様は言うのだ。
雪ウサギみたいだと。
綺麗だと言って笑うのだ。
僕は下を向いた。
こんな風に、雪は彫刻刀みたく、日頃は沈ませている人の心を浮き彫りにする。
白く降る。
僕の罪に白く降る。
けれど僕は騙されない。
雪は罪人に寛容だ。
それは雪自身、後ろめたいものがあるからだ。
雪は清らなだけでなく卑怯な面も持つのだ。
素知らぬ顔で降り、消える。
やがて来る春の前触れという顔をして。
卑怯者、と僕は呟く。
呟いて、それでも来る春に希望を託す。
まだ終わっていないと思いながら。
まだ終わっていない。
光は全て潰えていないし、闇は全てを覆っていない。
その中を足掻くのが人だろう?
雪は一晩降り続けて、翌朝は白銀世界と化した。