表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/16

少しずつ変わる世界(5)

 

 疲れていたようで、気付くとあの世界にいた。夢の世界なのか、なんなのかいまいちわからないこの世界にいる僕は、今回は入院着を着ている。現実世界の僕の恰好をトレースしているようだ。


 自分の恰好を見てから顔を上げると、壁もないのに、壁があるようにそこに肩をもたれさせて、腕を組んでいるロキがいた。にやりと笑った。


「ずいぶんとかっこよかったじゃねえか、タロウ」

「からかわないでよ。何でか知らないけど、出来ると思ったんだ。というか、やらなきゃいけないって使命感みたいなものが心の中に生まれてさ。まさかあんな行動をとると思ってもいなかったから、自分でもびっくりしているよ」

「楽しそうでなによりだ。まるで主人公≪ヒーロー≫だな。あ、そうだ、昨日お前が言っていたことなんだけどな」


 ロキが昨日の夢の中で僕が聞いたことを調べてくれたらしい。あの詩織姉ちゃんの住む豪邸についてだ。


「あれな、どうやら工事してなかったみたいだぜ」

「え。じゃあ」


 どういうことになるんだろう。僕の記憶が正しかったとして、工事されていなかったとして、だとしたら僕は現実世界に戻されたのではなく、別の世界線だとか、そういった類の世界、元いた世界とは異なる世界――異世界に送り込まれていたということになるのだろうか。


「いいや、違う。ここはお前がもとよりいた世界に違いない」ロキが首を横にふってそう言った。

「じゃあどういうこと?」

「これはあくまでも憶測だが」と前置きしてロキは僕に話し始めた。

「多分だ、多分だが多分にあり得る話だ。いいか、お前のその能力、ゼウスの魂の欠片によってお前の中に宿った力、それは女を侍らす力じゃない」

「それはなんとなくわかってたよ。だってその能力の割に女の子の見る目が変わらなかったもの」

「ああ、多分だがもっと違う力だ」


 ロキはそういうけれど、だとしたらどんな能力なんだろうか。女の子を好意的にさせるのではなく、火事が起きたそこへ突っ込んでいく能力。


「バカになる力とか?」

「ゼウスの魂の欠片はそんな安いもんじゃねえよ」ふんとロキは鼻を鳴らした。ごめん、と謝る。

「詳しいことはまだわからねえからこっちで調べるけどよ。多分お前の力は人を救う力なのかもしれないな」

「人を救う力?」

「ああ、だってお前は無謀にもあの火事の中に飛び込んだんだろ?」


 確かに僕は火事の現場に、しかもあんなに炎の燃え盛る尋常じゃない現場に単身で乗り込んでいった。なぜ乗り込んでいったのか、それはそこに助けを求める人がいたからだ。でもそれと詩織姉ちゃんにどんな関係があるんだ?


「詩織ちゃんがお前の前に現れたのはお前に助けてもらったから、なんじゃねえか? 多分、お前があの場で死ぬことになっていたときは、それに呼応して詩織ちゃんもどこかで死んでいた。どこかはわからないが、お前が影響する形で、だと思う。だがお前が死ななかったことによって、そしてお前のその力によって詩織ちゃんは救われた。なんて仮説はどうだよ?」


「強引だけど、今はそう思うしかないよね」

「まあ確かに強引だわな。だけどもよ、バタフライ・エフェクトってのはそういうもんだろう? でもなあ、ゼウスの魂の欠片だぜ? 命かけて盗んだ割にあわねえ能力はつくわけが、あ」

「盗んだんだね、やっぱり」


 じとーっとロキを見ると、あたふたとして、それから開き直った。


「まあいいんだよ、細かいことは気にするな。それに俺はロキになる神様だぜ? ロキになるなら盗みくらいやってのけないとな!」と正当化した。ひどい奴だ。優しいやつでもあるけれども。


「とにかくよ、また調べとっから。俺としてもお前の力がなんなのか釈然としないままことが進むのは嫌だし。せっかく相棒になれたんだしよ」

「ありがとう。色々調べさせてごめんね」僕は頭を下げた。

「かまわねえよ。なんかこういうのロキっぽくて楽しいしな」ロキはにかっと笑った。「そんじゃ、また明日の夢の中で会おう。きっとそれまでには詳しいこともわかるだろうから」

「うん、それじゃあまた」


 僕はまた深い眠りに落ちていった。

 べちんと頬を叩かれて目が覚めた。目の前には母さんがいた。なに寝てんのよと理不尽な物言いだった。


 いつの間にか詩織姉ちゃんたちは帰ったようで、広い一人部屋には母さんしかいなかった。近くの机には皮の剥かれたりんごと、僕の好きなコーヒー牛乳が置いてあった。母さんが持ってきてくれたのだろうか。


「あんたなにしたの。クロさんに聞いたら、突然火の中に入って行ったとかなんとかって。どうしたの、なにがあったの」


 その眼は、小さいころに木に登って誤って枝をへし折ってそのまま腕も折ったときと同じ、いろんな心配がまじりあった眼だった。


 なんてことはないよ、女の子が助けを求めていたから助けに行っただけ、というと、ぎろりとにらまれた。確かに言葉が悪かった。


「あんたね、自分にできることを勘違いしちゃいけないよ。もう高校生なんだから。じゅうぶん、考えられるでしょ。今回はたまたま運がよかったからこんな風に軽いけがで済んでるけど、誰も死ななくて済んでるけど、もしあんたまで死んだらどうするの。お母さん悲しいよ」


 ごめん、と一言言ってまた目を伏せた。あの時は考えてもいなかったし、今こうして生きているからそんな風に思ってもいなかったけれど、僕が死んだら、母さんはひとりぼっちになるんだった。あの一軒家で、二階にも、一階の書斎にも、もう誰もいなくなるのだった。


 がしりとまた頭を両手でつかまれた。詩織姉ちゃんのように、その顔が近づいてくる。額同士がぶつかるくらいに近づかれて、目と目を合わせた。反射的に目を反らした。


「こっち見る」小さいころから怒られるときにやられるやつだ。それを言われると僕は否応なしに見るしかない。瞬きをしながら見ると、今度は「ちゃんと見る」と言われた。まるでナイフのようにすぱっと言う。


「もう、危険なことはしない。いいね」


 詩織姉ちゃんと同じことを言われた。


「もう、危険なことは、しない。いいね」


 さらに念を押された。わかったよ、と頷こうとしたら両手でぐんと頭を下げられた。痛え。しかも二度目だ。しかも家族な分、詩織姉ちゃんより伝わる力に遠慮がない。本当に五十近いのか信じられないくらいの力だった。


 勝手に頷かせといて、よし、と納得して手を離した。なんなんだ。

 りんごをもうひとつ手にとって、皮をむきながら、ぶっきらぼうに、


「でも、よく知らない子たちのことを助けたね。それは偉いよ。母さんも鼻が高いや」


 と言った。気恥ずかしくなって、まあね、とだけ言って、目を泳がせた。

 りんごをむきおえると、これ着替えね、とボストンバッグをひとつ近くの椅子の上に置いた。それから母さんはドアに歩いて、「途中で仕事投げてきたからもう行くね」と出て行った。去り際に「生きてて安心した」と言い残して。


 一人になった病室はとても暇だった。

 なにもやることがない。外はもう真っ暗で、カーテンが閉められていた。さっき無理に起こされたからか、少し眠気がやってきた。また眠ればロキに会えるかもしれない。話し相手になってもらうのも悪くないかな、と思いながら目を閉じる。


 何か考えているうちに眠ったけれど、あの世界には行けなかったし、何を考えていたのかも思い出せなかった。


 目が覚めると翌朝だった。久しぶりに、よく寝た気がする。夢も見ず、熟睡というやつだった。


 朝の八時になると看護師さんとともに気だるそうにあの医者がやってきて、もう退院していいよ、と簡単に言った。


 着替えて荷物をまとめているとそこに母さんがやってきた。また医者と看護師がやってきて、症状についてと、薬について説明をした。それもずいぶんと簡素なものだった。母さんと二人でありがとうございました、と頭を下げて病院を後にする。


 母さんの軽自動車に乗ると、「ご飯食べに行こっか」と提案された。


「私も大きな仕事は終わったし、あんたの退院祝いで少し奮発するよ」

「いいよ、母さんのご飯が食べたい。点滴だったし」

「それはやだ。疲れてるから作りたくない」


 退院祝いって言ったろうに。母親らしいわがままな提案だった。

 結局僕が折れて、どこかにご飯を食べに行くことになった。


「あ、でもさ、まだ学校には遅刻になるけど間に合うし、休んでいいの?」

「それがね、クロさんが気を利かせて今日は特別に休んでいいってさ。だからいいよ。明日からまた頑張ればいい」

「それはどうもありがたいことで」


 明日からまた頑張ればいい、という言葉は要らぬ重みを背負った言葉ではあったけれど、クロフォードさんの気遣いはありがたかった。

 そのまま母さんは車を飛ばして高速道路に乗った。せっかくだし小旅行したい、とのことだった。どうぞ、と僕は助手席にもたれる。


 温泉につかりたいから日帰りで行っちゃおうか、と途中のパーキングエリアに車を止めて日帰りで温泉に浸かれるところをスマホを使って探し始めた。僕は火傷してるんですけど、というと、火傷に効くとこ調べてんの、と返された。こうなるともう止められない。しかたないや、と背もたれを倒して横になる。


 流しっぱなしだったカーラジオから変なニュースが流れてきた。


「それでは続いてのニュースです。今朝、日本総合魔法学研究所で、第七の魔素の検出が成功しました。これは以前より発見はされていたものの、実際に検出することは出来ず、幻の魔素と呼ばれていたものと同様のものであり、第七の魔素の検出は世界初の偉業となりました。検出に成功した日本総合魔法学研究所の所長でチームのリーダーである桐宮隆盛≪きりみやりゅうじょう≫氏は、『このチームでこのような偉大な功績を残すことが出来て非常に嬉しい。娘も――」


 何を言っているんだ? と率直に、思った。隣で温泉を調べる母さんは、「へー、ついに成功したんだー」とぼそりと呟いていた。


「今日ってエイプリルフールだっけ?」僕はおどけてそういうが。

「何言ってんの。春休みはとっくに終わってるんだからそんなわけないでしょ」と一蹴された。

「じゃあ、今のニュースはなに? 魔素とか、なんとか、よくわかんないんだけど」


 ええ、と盛大にため息をつかれた。わざわざ温泉を調べる手を止めてである。


「ねえ、太郎」

「なに」

「あんたもう高校生なんだから、ちゃんとニュースは聞かなきゃダメでしょ。知らないと損することもたくさんあるし、そうやって教養を身につけないと社会に出てから大変だよ。せっかく新聞だって取ってるのに、中一のころは毎朝の日課として読んでたのに二年に上がるころにはやめてたじゃない。母さんは太郎に、そういうところを成長してもらいたいなあ」


 説教大会になった。思わぬ形で墓穴を掘っていた。

 確かに僕はニュースをそこまで知らないけれど、新聞だってもう読んでないけれど、それでも人並みには知っているはずだ。少なくとも昨日の朝のニュースまで、僕は魔素、という言葉を見聞きしたとこはなかった。


 二〇分ほどの説教を聞き流して、温泉調べて行かないと間に合わなくなるよ、とタイミングを見計らっていった。ばっちりいいタイミングだったようで、母さんはそうだった、とまたスマホに夢中になった。


 横になりながら考える。詩織姉ちゃんのように、我が家の隣に突然豪邸が現れたように、これもそういうことなのだろうか。何かをきっかけにして、何かが変わった、ということなのだろうか。


 だとしたら、この世界は変わりつつあるということになる。もしくはもう変わり切ってしまったのかもしれないけれど、とにかく魔素というまるでゲームやファンタジーな言葉がニュースに出てくるようなことにはなっているということは相違なかった。


 結局のところが皆目見当もつかないが、母さんは日帰りで入る温泉に見当をつけたようで、パーキングエリアから車を発進させた。


 そういえばどうしてエンジンを切らなかったのかと尋ねたら、少し暑かったから冷房を消したくなかった、と言われた。環境にも優しくない母親である。


「で、どこまで行くの」と背もたれを戻しながら聞く。

「熱海」と端的に答えた。

「本当は温泉行く次いでに実家も行こうかなって宮城で考えていたんだけど、さすがに日帰りはきついわ。あんたが免許取ればいいんだけど」

「まだ一六になったばかりなので車は無理ですー」

「とっとと年取りなさいよ」


 理不尽な物言いだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ