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少しずつ変わる世界(2)

 



 そのことについて詩織姉ちゃんに聞くのはなんだかいけない気がして抱きついたままの詩織姉ちゃんを引っ張って家まで歩く。相変わらず「タロウータロウー」と呪文のように唱えている。


 そんなことよりも僕と詩織姉ちゃんの制服越しに――きっとそれだけではなくもう少し布はあるのだろうけれど――胸が当たって、気が気じゃない。家までの距離は普段なら一〇分も歩けば着く程度なのに、今日は三〇分もかかってしまった。そして、着いてみれば確かに隣には立派な門が構えていて、広大な庭の向こうにモダンな屋敷が見えた。インターホンを見つけて、鳴らす。じーっという無線音のあとに、「どちらさまでしょうか」と女性の声がした。


「あの、僕は山田太郎と言います。隣の家のものです。あの、詩織姉、詩織さんを送ってきたので門を開けていただけると助かるのですが」


 インターホンの向こうでドドドドドと何か怖い音がした。「ご丁寧にありがとうございます。少々お待ちくださいませ」とその女性が言うと、小さく、「旦那様おやめください!」と叫び声が聞こえてきた。思わず身構える。がちゃりと鍵が開いて門が開いた。今なお「タロウータロウー」と詩織姉ちゃんは抱きしめてくる。僕は抱き枕かペットではない。


 開いた門の向こうから黒いスーツ姿の屈強な男が僕にむかって走ってきている。その手には何か銀の光るものがあった。何かは剣だった。刀だろうか。レイピアだろうか。とにかく剣だった。僕を殺す気だ。近づいてくるその男の眼が血走っていて、こめかみには血管が浮き出ている。


「貴様ァァァァァァァ!!!!!!」それはまさに怒号だった。思わずぶるりと身が震えた。


「詩織姉ちゃん離れて!!」


 そう叫ぶと、詩織姉ちゃんは寂しそうに離れて、それから走ってくる男に向かって、「お父様! いい加減にして!」と一喝した。するとそのお父様はがっちりとロボットのようにその場にびたりと止まった。


「しかし、詩織、男は危険だ」


 止まったままお父様は詩織姉ちゃんに諭すようにいう。


「私なら大丈夫です。お父様に教わった通り、武術も出来ますし、問題ありません」

「だが、そいつは……!」

「彼はタロウです! 私の愛する人です!」

「なっ……!!!」


 お父様と一緒に絶句した。詩織姉ちゃんは何を言ってくれてるんだ。


「詩織、その男は、何者なんだ?」こめかみに浮いた血管がぴくぴくとしている。

「彼は山田太郎です。覚えていませんか? ここに住んでいたころに一緒によく遊んでいたタロウです」

「タロウ……」


 お父様はうーむと少し思案して思い出してくれたようで、「ああ、あのタロウか!」と子供のようににこやかになった。あの顔は父親に似たらしい。


「これはすまない。突然怒鳴ったりして。私の愛娘がどこぞの知らない馬の骨に汚されると考えただけでもたまったものではなくてね」再び血管が浮き出てきた。


「タロウ君か。懐かしいな。久しぶりだね。詩織の父のクロフォードだ。元気にしていたかい?」また血管が消えてこちらに握手を求めてきた。


「お久しぶりです」とその手を握ると、がっしりと掴まれて、手の骨という骨が粉砕骨折するんじゃないかというくらいに強く握られて、クロフォードさんが「元気そうで何よりだ。君に娘は渡さんがね」と歯を食いしばって言った。ものすごく怖くて、ものすごく痛い。


「いや、まだ僕らお付き合いもしていません。そもそも今日会ったばかりです」

「なに? まだ付き合ってもいないというのに――」

「いえ、まだ付き合っていないからそういうこともしていません!」


 クロフォードさんに負けずに声を張る。「そういうこととは?」と詩織姉ちゃんが尋ねてきて、僕ら二人は共闘することになった。


「キスだ、キス。挨拶のキスはよくするが、いわゆる唇と唇を重ねるそれのことだ」


 クロフォードが冷や汗をかきながら話す。


「そんなことは恥ずかしくてできません! 万が一子供が出来てしまったらどうするのですか! 間違えてコウノトリが飛んできてしまったら私たちはまだ育てられません!」


 何を言ってるんだ。

 僕はクロフォードさんに「何も知らないんですか?」と聞くと、「ああ、詩織は清純だ。清いまま育ててきた。だからもし、タロウ君が教えてやろうなんて思っているなら気を付けろ、命はない」とすごまれた。「そんなことしませんよ!」と否定する。すると「なんだ、詩織に魅力がないというのか!」とまたこめかみに血管を浮き出させた。何なんだこの人は!!!


「とにかく、詩織さんを家まで送ってきただけです! 僕はもう帰りますから!」

「そうか、ありがとう。何もしていないならば問題はない。感謝しよう」

「もう帰ってしまうのか?」

「すぐ隣だし、会いたいならいつでも会えるよ」


 ぎろりとクロフォードさんににらまれる。それじゃ、と足早にその場を去った。


 家に着いて母親が作った晩御飯を食べて、お風呂に入り、自室に向かう。今日は疲れた。勉強をする気も起きなくてベッドに横になる。かちかちと時計の針が進む音がする。それが子守歌になっていつの間にか眠っていた。

 目覚めると、僕は夢の世界にいた。また真っ白な世界で、どこにも何もない。


「”何もない”があるんだよ」と声がした。声がしたほうを見る。そこにはロキがいた。にやりとしている。まさか会えると思っていなかったのでうれしくなって名前を呼んだ。


「ほらな、楽しい人生になってきただろう?」

「ロキ! やっぱりあの時間は本当だったんだ!」

「おうとも、このロキ様にかかれば余裕余裕」

「神様になれたんだね」

「あ、まあ、そのー、ちょっとな」とロキは返事を濁らせた。

「なれてないの?」ロキは首を横に振る。

「いや、神様にはなれたけれども、まだロキにはなれてねえんだなあ。まあそんなことはいいんだよ! 女の子と仲良くなれてよかったじゃねえか。人生に華が咲いたな」

「そうだ、それだよ! ねえ、なんで急に詩織姉ちゃんは僕のところに来たんだよ」

「それが能力だったんじゃねえかな。女を侍らせる、というか気になる女の子を仕留めるっていうか」

「そうなのかな……ていうかあそこは異世界なの? だいぶ僕が知ってる世界だったんだけど。ちょっと違ったりするのかな」

「いや、何も違わねえよ?」ロキはそういって鼻をほじった。「へ?」と素っ頓狂に尋ねる。

「あれは現実だ。異世界じゃない」

「え、でも新しい世界に行くって!」

「そりゃお前が生まれ変わったように楽しい人生過ごすって意味じゃあ新しい世界じゃねえか」

「そんなの屁理屈だよ! じゃあなんで僕はあの時また事故に遭わなかったの?」


 気になっていたことを聞いた。ロキと話したあの時間が本当だとしたら時間が巻き戻ったりそういうことをしたんだとして、でもどうして僕はまた事故に遭うことがなかったんだろうと思っていた。


「それは俺がその障害を取り除いたからだよ」

「どういうこと?」

「俺も一応神様になれたからな、少しはお前の世界に手が出せるようになったんだ。んで、お前が戻った世界で、お前にぶつかる予定だったサラリーマンのおじさんに仕事を追加させて事故は起きなくなったってわけだ」

「そうだったんだ。ありがとう」


「気にすんな」とロキは手をふらふらと振った。ああそうだ、と手をぱちんと叩いて、「お前が眠りゃ俺はお前に会いに来れる。時間は結構あれだけども、そんときに聞きたいことがあったら聞いてくれ。答えられるものなら答えるからよ。明日からも頑張れな」と言ってどんどんロキの姿がおぼろげになっていく。


「待ってロキ! 僕の家の隣ってずっと工事してたっけ!?」

「それは知らねえな。してたんじゃねえの?」

「でも僕の記憶だとしてなかったと思うんだけど!」

「調べとく。明日また会おうぜ、相棒」


 ロキのその一言でその世界は消えた。僕はもっと深い眠りに落ちていった。


以上、本日分の更新でした!今後ともどうぞよろしくおねがいしまっす!

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