Re:Start(2/2)
「とにかく! 俺様の力でお前は主人公になれる! いいもんだろう!」
「俺様?」その言い方が気になった。
「いいから早く契約しろ!」
「僕はもういいから。ほか当たってよ」
「そんなこと言わずにさ、頼むよぉ」
「だったら姿を見せてよ。死んでまで見えない人にああだこうだ言われたくない」
生きていたころにいじめられていたわけでもないけれど、スクールカーストの上位にいたわけでもないので、その成績の半端さに笑われたこともあった。仕方ないことなのかもしれないけれど少し心が痛んだ。かといって何かしたこともなかったからやっぱりそれは仕方ないのかもしれない。
「ああ、もう、わかったよ」
いつのまにか頭に聞こえてくる声は老人のものから若い男の声に変わっていた。目の前にいたにこやかな顔色の変えない老人が徐々に姿を変えて、僕より頭ひとつくらい大きな体の青年になった。陶器のように白い肌で頬に真っ黒な墨のように髭みたいな仮面のようなものをつけていた。絹のような金髪を真ん中から分けて碧い目をしている。その全身は深緑のスーツのようなものを着ていてなんだか普通の海外の人のようだ。
「これでいいか」と青年は言った。
声はもう頭には響かなくて、ちゃんと耳から入ってきた。二メートル弱ほどですらりとしたその容姿より少し低い声だった。
「あなたが神様?」僕は彼に尋ねる。
「ああ、俺はロキだ」
「あの北欧神話に出てくる?」
「ああそうだ」と彼は断言した。でも僕にはとても目の前にいる彼がそうとは思えなくて訝し気に見やった。
その視線にたまらなくなったのか、頭を横にぶんぶんと振って、「わかったよ、違う。神様ってわけでもねえ。まだ一級になれてねえんだ」とぼそりと言った。
「なにそれ」
心の声がしっかりと口から出ていた。
「それはお前に関係ねえ。なあ、頼むよ。俺にはお前しかいねえんだ。俺がロキになるためにも」
がっと肩をつかまれた。結構力強くつかまれて彼の指が僕の肩に食い込む。痛い。
「俺はまだロキじゃない。けれどもロキになれる。色々神様の世界も面倒なんだ」
そこまで言うと彼は手を僕の肩から離してパンツのポケットにくいっと突っ込んだ。まるでモデルのようだ。
「あなたがロキになるのに僕が関係あるの?」
「ああ、大いに関係ある。俺がお前を甦らす。それで俺がポイントを加算する。そんでもってお前が今後俺の力でどうにかうまいことすればそれもまた俺の成績につながる」
「神様ってポイント制なんだね」
「まあ、そんなところだ。俺の場合神様になるためのポイントなんだけどな」
そういってロキは肩をすくめた。
「でも、そんな神様ではないあなたに僕をよみがえらせて、能力をつけるなんてできるの?」
「それは問題ない」
そういってロキは右手にぽっと光を作った。その光がきらきらと球体を形作った。
「これがある」それは光のようで、宝石のようでもあった。
「それはなに?」
「これは”ゼウスの魂の欠片”だ。これがあればなんでもできる。これでお前をよみがえらせて能力を付ける。それさえできれば俺も神様にまた近づける」
「でも僕はもういいんだって。そもそもどうしてそんなものを持っているのさ」
「それは、その、まあ、俺ロキになる予定だから、ちょいっと、な」
僕はまたなにそれと聞いた。ロキは眼を反らしてこめかみをぽりぽりとかいた。多分どこからかとってきたものなんだろう。
「まあいいや。僕はもう、いいんだ。死にたいと思っていなかったけれど、生きていたいとも思っていなかったから。そりゃ、あの小説読み終えてないなあとか、少しあるけど。でももういいんだ」
結局、僕は今の今まで生きてきたけれど死んでせいせいした気もしていた。やっと自分に劣等感を抱かずにすむと思った。
「それじゃ俺が困る。いいか、俺がお前に眼をつけた。それでお前を俺が作ったこの世界に連れてきた。けど、俺にはこれが限界なんだ。ほかのやつを連れてくるとかそんな力は俺にはない。お前が頼りなのは本当なんだ。これは、お前を救うことが、俺にとっての一世一代の大勝負なんだよ」
「そんな大事なものにどうして僕を?」
「そんなんタイミングだろ。たまたま俺がどうにか結果を出したくて困っていたら、たまたまお前が地下鉄にぶつかって死んだ。ほかにもお前と同じタイミングで死んだやつなんて大勢いるだろう。けれども俺はお前を見つけた。いうなればそれこそ運命だ。お前があのとき死ぬことが運命だったのだとしたら、俺がここでお前を甦らすことも運命だった。俺が神様になるためにも、お前がこのゼウスの魂の欠片を手に入れることも運命だった。そういうことだ」
「むちゃくちゃだよ。よくわからない」
「ああもう、知るか! お前は甦る! 新しい力をもって! そんで、俺のために生きろ! 俺が神様になったら望み通りになんでもしてやる。つーか、よみがえったらもっと楽しい人生にしてやるから!」
もっと楽しい人生。それに惹かれた。僕はもっと楽しい人生を生きれるんだろうか。目の前にいるロキのその目は真剣で、嘘なんて言っていないように思えた。右手にあるそのゼウスの魂の欠片は僕が望む幸せそのもののようにキラキラと輝いている。本当に僕はもっと楽しい人生を歩めるんだとしたら。それはきっと僕が望んでいたことだし、もう一度生きてみたいと思った。僕はその幸せに手を伸ばした。
「よし、ありがとうな」
僕がその球体を手にとると、ロキは詠唱のようなことを始めた。
「万物を生みし創造神よ、その魂の力をもってこの若子を新たに生み清めたまえ。世界を超越し世界を創造したまえ。すべてはこの若子のために」
キラキラと輝いたその球体から光が生まれ、僕のまわりを飛び始めた。ぽかぽかと体が暖かくなる。心地よくて、まどろんでしまいそうだ。だんだんと瞼がおちてきた。我慢していたのにどんどん眠気が増していく。けれど体にも心にも疲労感はまるでなくて、心地よさだけがそこにあった。まるで、生まれる前に母親のおなかの中で今か今かとその時を待ちわびていたように。
目の前のロキの姿がぼんやりとしていく。ロキがぼんやりとしていったのではなく、この真っ白な世界が壊れていったわけでもなく、僕がどこかへ向かったのだと理解するのに時間がかかった。
何かロキが言っている。どうしても聞かなくちゃいけないことのように思ったものだから僕は重たくなった瞼をこじ開けて、意識をロキに集中させた。少しずつ耳にロキの低い声が聞こえてきた。
「お前はこれから新しい世界で生きなおすんだ! 大丈夫、俺がついてる! この未来の超スーパーゴッドロキ様がな!」
別に聞いても聞かなくともいいようなことだった。そういえばまだロキじゃないんだっけ。けれどきっと僕がその世界に行ったら、彼はきっとロキになっているんだろうと妙な自信があったからこのまま彼の名前はロキでいいやと思った。重たくなった瞼を閉じる。もう開けられない。でも何か彼に言わなくちゃと思って、いろんなことを考えようとしたけれど、口をついて出た言葉はそっけないものだった。
「楽しみにしてる」
ロキがにかっと笑っていた気がした。空高く飛んだような感覚があった。見えなくなった彼の姿をどこかに見つけて、眼を閉じた僕の顔はきっと笑っていたように思う。
To be continued……