もうひとつのゼウスの魂の欠片(2)
もうしわけないですが、あとで書き直し入ります、ご容赦ください
だから彼はそんな二人のために何かしてやれないかと考えていた。その一つが花を毎日持っていくことだった。
それから本当の両親のように彼を心配する二人を安心させられるように就職活動に必死になって取り組んだ。けれどもそれは上手くいかなかった。
毎日花を一輪もって、二人の病室を訪れる。他愛もない世間話でも二人は優しく笑ってくれた。
あくる日。闘病生活を続けて半年近く経とうとしていたころ、とうとう店主が亡くなった。末期のすい臓がんだった。
なんだか体調が悪いと倒れてからも入院し続けていたのに、気付けば手遅れだった。医者を憎みたくなった。胃や肺のほうで騒がしくがんになっていて、それでも店主は医者に言われる通りに抗がん剤治療を続けていたのに。体はぼろぼろに痩せていき、頭髪もどんどん抜けていって、初めて会った頃のあの穏やかな顔はもうなかった。なのに、前とは違うけれど、今でも穏やかな顔をしていて、それがひどく悲しく見えた。
自分がなにもできないことに彼は奥歯を噛みしめるしかなかった。毎日足を運んで、一輪花を持ってくる。けれどその日は花を持ってきたのに病室には生けれなかった。
もう何も思い残すことはないとでも言うような、清々しい顔をしていた。それが悔しかった。本当にそうなのだろうかと、店主のその表情を見て、どう思ったらいいのか分からなかった。
彼はそれから一人寂しく入院を続ける奥さんのもとへ足を運び続けた。
散歩の時間には車いすに乗せて、病院の敷地内を歩く。あのひと、逝っちゃったんだねえ、と遠くを見る奥さんの背中はあのころのようなころころとした丸みはない。
奥さんは胃がんだった。それはもう奥さんも知っているようで、なるようにしかならないよね、と言っていた。
小さな池のあるところまで車いすを押して、近くのベンチに彼は腰かけた。
天気がいいね、と彼が言うと、奥さんは静かにうなずいた。それから奥さんはまた遠く、空の向こうを見つめて、私もあのひと追いかけようかしら、と呟いた。
彼の体がぞわっと逆立った気がした。本当に奥さんが遠くに行ってしまうような気がした。思わず彼は立ち上がって、車いすを押し始めた。
元気になるよ、とだけ彼が言うと、奥さんは力なくそうね、と笑った。
毎日奥さんのもとへ彼は通ったけれど、とうとう四月末、帰らぬ人となってしまった。入院費や手術費、諸々を支払うと、二人のお金はまるで無くなっていた。
彼は一人、二人の店に向かった。売家、となっていた。
彼は絶望した。
もっと、自分に何か才能が有れば、こんな結末は迎えなかったのではないかと。
彼は絶望した。
もう二人が笑い合っていたあの場所は亡くなってしまったことに。
彼は絶望した。
もう二人に会えないことに。
彼は絶望した。
もう、二人に恩返しも出来ないことに。
彼は思った。こんな世界は壊れてしまえと。
大切な人たちは死にゆき、まるでベルトコンベアーにのっているようにその死は過ぎ去っていく。周りには何もなく、月並み程度の挨拶と弔いがあって、誰も助けることができないこの世界に、彼は希望を持てなくなった。
だから私は彼に眼をつけた。
この”ゼウスの魂の欠片”がもたらす力が何なのかはわからないが、もうひとつのゼウスの魂の欠片と共鳴してきっとこの世界は変革される。それはきっと私の望む狂想的な世界の幕開けであろうから。
「やあ」部屋の隅でうずくまる彼に声をかける。返事はない。
「私の願いを聞いてくれないかな」彼はこちらをちらりとも見ない。
「君はこの世界に絶望しているんだろう?」彼はさらにうずくまった。
「そりゃそうだよなあ。私だったら自殺を考えてしまうよ。四年も良くしてくれた夫婦は二人ともあっけなく死んでしまうし、助かることもあったろうに金がないからそれは無理とつっぱねられ、そんな君は就職も出来ず、あの二人にしてやれることと言えば花を一輪持って行ってあげることだけ」
彼はうるさいとぶつぶつつぶやいていたが、途中でたまらなくなったのか近くにあったリモコンを思い切り私に投げてよこした。私はそれを受け止めて、代わりに”ゼウスの魂の欠片”を投げてやった。
「それはゼウスの魂の欠片というものでね、君の願いを一つかなえてくれるんだ。君は思っているんだろう。こんな世界壊れてしまえって。何もできやしない、やさしさもなにもないうそっぱちの世界なんて壊れてしまえって。なに、何も怖くないよ。私は君の味方だ。それもまた、君のためのものだ」
私が彼の背中にすり寄る。耳元でささやく。
「さあ、願ってごらん? こんな世界壊れてしまえって」
彼は少しカタカタと震えていたが、意を決したようにゼウスの魂の欠片をぎゅっと握りしめた。それでいい。
「こんな世界、壊れてしまえ――」
そのときゼウスの魂の欠片から目を突き刺すような白い光が決壊したように放出され、私の視界はなくなった。おそらく彼の視界もそうだろう。
どれほどの時が経ったのか定かではないが、ほんの数十秒の出来事のように思う。私の目の前で彼は肩で息をしていた。そして、彼の住んでいたアパートは無くなっていた。
素晴らしい、素晴らしい力だ。
彼の能力は一体何だろう。胸が高鳴って仕方がない。早く調べたいと焦る気持ちを我慢できずに私は彼の首を締めあげた。立ち上がっている私の目線と彼の目線があうようにしっかりと目を見る。苦悶が浮かぶ顔も見ていてたまらないが、それよりも能力だ。私の頭の中にズドンとイメージがわいてきた。
彼の首から手を離す。
「終幕の担い手」
思わず笑いが込み上げてきた。素晴らしい。彼はラストボスだ。この世界の終幕の担い手だ。素晴らしい。ほんの少しの絶望ですらゼウスの魂の欠片はこんなにも増長させる。これは続きが楽しみになってきた。
「あんた、誰」
彼は私にそう問いかけた。そういえば自己紹介がまだだったことに気づく。私はずっと彼のことを見ていたから知っているけれど、それは私が一方的に彼を知っているだけで彼は私のことなどみじんも知らないのだった。
「私は、ロキだ。北欧神話やアメリカンコミックなどにも登場する稀代のトリックスターであり、最高神の一神。そして、君を見つけ出したいわば恩人だ」
そう、私は君を見つけ出した。この世界をぐちゃりぐちゃりとおもちゃにして遊ぶために必要不可欠な最重要な駒として。
私がロキとして、もう一度あのクソッタレな神の世界を蹂躙するために欠かせない最強の矛として。
「よろしく頼むよ。救世主くん?」
To be continued……