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少しずつ変わる世界(11)

 なんてこった。

 僕の体にあの竜が――ファフニールが入っている。夢みたいな話だ。夢みたいな話と言えば。


「ロキはこの世界に居続けられるの?」

「ああ。それについてなんだがな――」


 途端、ガズンッ! と脳が揺らされ、血の気が引いていく。五臓六腑があるべき場所から背中の方へ持っていかれるように、否、体自体が強力な磁力で引っ張られて、内臓群がその場に留まり続けているように、どちらにせよ気持ちのいいものではない感覚に襲われる。


 意識がブラックアウトして、病室の風景は見えなくなった。

 目覚めると、そこはいつもの世界とは違っていた。ひたすらに黒い世界。真っ黒で何もない世界。つい今まで見ていた景色が白い壁だったからなおのこと真っ暗に思えた。


 その真っ黒な世界は、全てが黒く、なにもないというのに、遠くが見えた。不思議だった。


「ああもう、今度は何だ!」


 後ろ隣にロキがいた。誰にともなく叫んでいる。

 僕の手はファニに握られていて、「神の世界か」とまじまじと辺りを見ている。


「神の世界?」


 僕の問いかけにファニはうむ、と頷いた。


「おそらくここは神の世界だ。存在する神がそれぞれ保持していると言われる永久の世界。その神によってその世界の具合が変わるらしいが。ということはここの持ち主は根暗か?」

「失礼ですよう」


 突然、声がした。はるか遠くから、反響して響いたようなその声は女性のものだった。女神というやつだろうか。真っ暗な世界で、はるか彼方から光の球体が地を滑るようにすうっと近づいてくる。


「別に根暗じゃないですう。ただ、暗い方が落ち着くだけで。そりゃお部屋も黒一色ですけど、それにはちゃんとした訳があってやっているんですう」


 僕たちの目の前で止まった光の球体は自然と人の形をとって、あどけない顔をした少女が現れた。といっても胸はでかい。思わずガン見した。思わずガン見してばかりだ。こんな幼い顔をしているというのに胸は顔と同等くらいの重量をもってしっかりと主張している。


 ファニにぎゅっと手を強く握られた。そちらを見ると、顔に変態と書いてあった。うるせえやい。


「一体何のようだ」


 ロキがその少女の姿をした女神をぎっと睨んだ。


「そんな怖い顔しないでくださいよう。私だって本当はこの世界に人は呼びたくないんですう。そもそもこれはあなたが余計なことをしなければあなたの仕事のままだったんですからね!」


 女神がぷん、と頬を膨らませた。可愛らしいが、ロキは気に食わないようで、舌打ちをした。そんなに怒らなくてもいいだろうに。


「そりゃ、俺だってこんなことになるとは思っていなかったんだよ。つーか今更何の用だ」

「タロウさんに用がありまして。それで、あなたも、ファフニールさんもついでに呼んだのですよ」

「僕に用ですか。なんですか?」


 僕に用がある、と言った女神はちょっと待ってくださいと頭を下げると、手に持った身の丈ほどの杖をふわりと振るった。


「世界が急激に変わりつつあることはご存知ですよね?」


 僕は頷いた。どうやら僕の力の影響で少しずつ世界は変貌を遂げているらしい。ファフニール――今はファニと名乗る幼女の姿をしているが、彼女だってれっきとした竜であり、もともとこの世界に存在するはずのない存在だ。そんな彼女が突然この世界に現れた。どうしてなのか、と言えば、どうやらファニのもともと生きていた世界がこちらの世界につながってしまったかららしいが、それもまた、僕の力によるものなのだそうだ。


「実はそれは、タロウさんの力だけではないようなのです」


 目から鱗が落ちた。鳩が豆鉄砲を食ったような、開いた口が塞がらないような、雷に打たれたような衝撃があった。いやいや、どういうことだ。


 僕の気持ちを代弁するかのようにロキがそんなバカな、と叫んだ。


「じゃあなんだ、まさか他にタロウのような能力者が生まれたとでも言うのかよ!」

「ご名答ですう」


 にこりと女神が笑った。ロキは喉に何かをつっかえたように口をぱくぱくと動かした。僕は僕で、きょとんとしてしまった。僕のような能力者がいる。らしい。


「おそらくですが、ファフニールさんをこの世界に連れてきたのはその能力者ですよ」

「でもよ、世界は今変貌しつつあるが、そんなに急激にバカみたいな力を手に入れる人間がいるとは思えない。何かの間違いじゃねえのか?」

「私もそう思ってたくさん調べました。寸暇を惜しんで調べたんですよ? 大変でした。眠い目をこすりながら、先輩たちは暇そうにしているのに私だけはずっと働き通しで……もう、ほんと、あの人たち首に出来ないでしょうか? 私が手伝ってくださいって頼んだらなんて言われたと思います? そんな余裕はない、ですよ? ただぐうたらしているだけで、今の世界の移り変わりで人間のみなさんが困り始めているのにまったく気に留める様子もないんです! 信じられない!」


 鼻息を荒くして彼女は一気にまくしたてた。まあまあ、となだめる僕を制してロキが調べてどうなったのだ、と尋ねる。そうだった。それが知りたい。


 コホン、と小さく咳をして、女神は失礼しました、と頭を下げた。


「調べた結果、タロウさんのような能力者が一名いました。名前は耀井世界あかるいせかいと言うそうです。タロウさんより名前は主人公っぽいですよね」


 失礼な。うちの父さんと母さんがちゃんと考えてつけてくれた名前をそんな風に言うんじゃねえ。僕の大切な名前だぞこのやろう。


「名前負けしてちゃあ話にならねえしな。タロウがちょうどいいんだよ。な、タロウ」


 ロキがそう言って肩に手を置いた。ちょうどいい名前ってなんだよ。


「そうとも。我はファフニールと言う名を持っているが、竜の姿をしているときはそれでもいいが、やはりこの姿になるとファニくらいの方が愛らしさがあっていい塩梅だ。タロウという名が体を表しておるのだ」


 とってつけたような最後のフォローはない方がいい。ちくしょう。と、女神があっと声を上げた。


「名前のお話で思い出しました。私、まだ名乗っていませんでしたよね。私はマホニア。魔術の神です。本来はこの世界に必要のない神なのですが、今、この世界は徐々に変わりつつありますので、急遽こちらに呼ばれたのです」


 もっとも、と付け加えた。


「そこの新米さんが余計なことをしなければそのままこちらの魔術の神になっていたのですけどね! 余計な仕事を増やさないでほしいものですう!」


 ぷんぷんと頬をさらに膨らませた。


「そんなこと言われたって、この世界が崩壊する可能性すらあったんだぞ! なのにあの爺共と来たらてんやわんやするだけで何もできやしねえ」


 くそっとロキは歯を噛みしめた。がりっと音がした。よほどひどい態度だったのだろう。腹立たしくて仕方なかったのだろうと容易に見当がついた。


「それで、僕に何か用ですか?」

「あなたの力は主人公の魂。それはあなたが主人公に成り得る力。ですが、その耀井世界さんとやらが持っている力は"最後の壁(ラストボス)"と呼ばれるものです。というか私がそう名付けました。上の方でも転覆を狙う神がいるようで」

「ロキか」


 ロキがそう言った。ロキはロキの名前じゃないのか。


「ロキはロキのことじゃないの?」

「ああ、俺は」

「この方はまだ名の無い神です。新米さんですからね。勝手にロキと名乗っているんですよ。いい迷惑なんです。こっちは本物のロキにてんやわんやされているのにあなたが変な名前をつけるものだから、こっちも大変なんですよ」

「はあ? ロキの枠は空いてたろうが。あいつが今だにロキを名乗ってるだけで」

「だから問題なんですう。あちらのロキとかこちらのロキとか呼んでる間に頭の中がぐるんぐるんと渦をまいてまるでメイルシュトロウムですよ」

「こっちの世界のことも詳しいんですか?」

「ええ、ちょうど今から四百年くらい前はこちらにいましたから」


 えへへとマホニアは笑った。四百歳を超えている……? おばあちゃんを通り越して仙人じゃないか。




こそこそ更新です!

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