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第1章第3話

「待て待て待て!」

 武士たちと村人の間に割って入ったのは香坂と坂田の二人組だった。

 磯貝は香坂と坂田を見知っている様子だった。

「おお。十蔵と信介ではないか」

「伝兵衛。これはどうしたことだ?」

 香坂は訊いた。

「どうしたもこうしたもない。十蔵よ、源太郎様をお守りするのはそなた達の役目ではなかった。いつから役目を村人どもに押しつけたのだ?」

「言うたな、伝兵衛!」

 香坂は磯貝を睨んだが、すぐに居住まいをただして村人たちに向き直った。

「話は聞いた。双方落ち着くのだ。この場で争ってもなんの解決にもならぬぞ」

「香坂様、城代は若様をどうするつもりじゃ? 若様に何かあればただではすまされませぬぞ」

 村人の一人が言った。

「では、どうする。城代を追い出すのか? 城代の永野様は赤松家から遣わされたに過ぎぬ身。手勢もせいぜい三百がいいところ。我ら黄瀬川勢が立てば追い出すことはできよう。しかし、そのあとはどうする。これを好機として赤松家が黄瀬川家を取り潰しに掛かるは必定。赤松の軍勢は少なく見積もっても五千は下るまい。それを防ぐ手建てはあるのか」

 坂田も同調した。

「そうだ。十蔵の言う通り、いま動くのは得策ではない。源太郎様に城からお呼び出しが

あっただけで詳しいところは不明のままではないか」

 そこまで言って、坂田は磯貝に訊ねた。

「伝兵衛。城の様子はどうなのだ? いったい、なにがあった?」

「うーむ」

 磯貝は、しばらくの間言い澱んでいたが意を決して話し始めた。

「昼近くになって、赤松家から早馬が来たのだ」

「早馬?」

 香坂が訊いた。

「そうだ。赤松の遣いは書状を永野様に渡して帰った」

「書状の中身は分からぬのか?」

「ああ。中身は分からぬが、永野様は書状を受けとったあとすぐに総代様をはじめ黄瀬川家の主だった一門衆と家老に登城を命じられた」

「一門筆頭である総代の黄瀬川忠成様まで呼ばれたとなると、これは……」

「いくさ――ではあるまいか」

 そう言ったのは坂田だった。

「おそらくな」

 磯貝は頷いた。

「遅くとも明後日中には、領内すべての城砦にいくさ支度の命が下るだろう」


 本格的ないくさが始まるという報せに村人の間に動揺が広がった。

「黄瀬川家はどうなる?」

「若様のお立場は?」

「我らも支度をせねば!」

 香坂たちも同じように動揺している様子だった。

 香坂と磯貝は沈鬱な顔をしていたが、坂田は一人だけ高揚した顔をしていた。

「いくさか……、ついに始まるのか」

 坂田は鼻息も荒く刀の柄を叩いた。

 源太郎は一呼吸置いてから告げた。

「城へ参りましょう」

「それでよろしいのですか?」

 磯貝は源太郎に優しい声で訊ねた。

「私が行かねば一門衆にも迷惑が掛かります。今回は私にも関わり合いがある話のようですから永野様にも直接お会いしてみたいのです」

「わかりました」

「伝兵衛。我らも同道してもよいか?」

 坂田はそう訊いて密かに十蔵に目配せした。

「なあ、十蔵。我らも源太郎様を城までお送りするべきではないか」

「ああ、そうだな。伝兵衛、構わぬか?」

 香坂が訊ねると磯貝は頷いた。

「構わぬ。お主たちの仕事の邪魔をする気はない。我らは源太郎様を城へお連れできればそれでよい」

 磯貝は源太郎に向かって小さく頭を下げた。

「それでは源太郎様、登城のお支度を」


 源太郎は支度のために家に戻った。

 支度は鈴と女衆が手伝ってくれた。

 支度の間、ずっと鈴の表情は暗かった。

 なにか言いたいのを必死に我慢しているのが源太郎にも手に取るように分かった。

「鈴。案ずることはない。ちょっと城まで出掛けるだけのことなのだ」

 そう源太郎は言ったが、鈴は青い顔で支度を進めるばかりだった。


 家の外では手持ちぶさたの香坂と坂田が話し込んでいた。

 磯貝たちは馬の様子を見ている。

「源太郎様はこれが初めてであろう」

 香坂が言った。

「城へあがることか? それともいくさのことか?」

 坂田は訊いた。

「両方だ。源太郎様は生まれてからずっと寺でお育ちになったはず。今回、初めて御父君が命に代えて守られた城にあがられるのだ」

「ふむ。十蔵、これはただ事ではないような気がしてきたぞ」

「わしもだ。今までのような赤松への手伝いいくさとは思えぬ」

「いかにも。これは黄瀬川家が大きく動く前触れではないだろうか」

「そうであったら、これは源太郎様にとってお立場を変える絶好の機会になるだろう」

「そうなのだ。十蔵。これは我らにとっても絶好の機会となるとは思わんか?」

「なんのことだ?」

「フフ。しらばくれるな。お主ほどの切れ者がなにも気付いていないはずはあるまい。微禄ゆえ家中からも侮り受けることが多かった我らにも好機が巡ってきたということよ」

「大それたことを……」

 香坂は呆れた顔をした。

「信介。我らになにができるというのだ。赤松の手伝いいくさにも呼び出されることがなかった我らに」

「十蔵よ。奉じ参らせるのだ。我らがご主君様を」

「主君……」

「おうよ。我らが主君、黄瀬川源太郎忠正様だ」

「なんだと!」

「驚くこともあるまい。先君が亡くなられてからは叔父の総代様が黄瀬川家を纏められてきたが当主は未だ不在のままだ。先君のご子息が家督を継いでなんの問題があるというのだ」

「しかし、赤松がそれを許すかどうか。先の赤松との戦いで幼い源太郎様だけはお命を永らえることができたが、はたして家督を継ぐことを許されるかどうか……」

「おかしいと思わんか、十蔵。わしには分かる。これは赤松でなにかあったのだ。黒金とのいくさでなにかあったのかもしれない。今までのように黄瀬川を処遇することが難しくなったと見るべきだ。わしの勘を信じろ」

「確かに、お主の嗅覚には非凡ならざるものがあるからな。だが、しかし……」

「なんだ? わしの嗅覚のお蔭で十蔵も良い思いをしてきたではないか」

「まあ、なんだ。そうだな」

 香坂は鼻の頭を掻いて笑った。

「ふん。恩知らずな奴。剣は強いが女と酒には弱いお主のために、わしがどれだけ苦労したと思っておる」

「それを言うな。これこの通り感謝しておる」

 香坂は仰々しく頭を下げて見せた。

 そこへ、支度を整えた源太郎が姿を現した。

「なんと!」

 香坂は頭を下げたまま硬直した。

 見るからに逞しく精悍な顔立ちの若武者が目の前に立っていた。

「お待たせ致した」

 源太郎の声は今までとは違い幾分低めで武士らしい威厳に満ちていた。

 磯貝も慌ててやって来たが声がない。

 村人たちは源太郎の高貴な雰囲気に呑まれたように遠巻きに眺めているばかりだった。

 坂田は首を流れ落ちる冷たい汗を拭った。

 ――参った。ここまでとは……。

 坂田は香坂が横目でこちらを見つめているのに気付いた。

 ――信介、お主の勘を信じるぞ!

 と、告げているのは明かだった。

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