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第1章第2話

「まだいる」

 村娘の鈴が土手の道を振りかえって言った。

 鈴が見ている――いや睨んでいるのは香坂と坂田の二人組だ。

「あの人たち、見てないで少しは手伝ってくれればいいのに……」

 鈴は不満そうに呟いて野草が詰まった籠を背負った。

 今日の畑仕事は終わり、すでに空は茜色に染まっている。

 大気も肌寒くなってきた。

「そう言ってやるな、鈴」

 源太郎は鍬に付いた土を丁寧に払いながら顔をあげた。

「彼らだって好きでああしてるわけではないのだ」

「でも、源太郎様。あの人たちは、私たちをいつも見てるばかりでなんの役にも立たないのですもの。あれなら牛や馬の方がよほど役に立ちます」

「アハハ」

 源太郎は白い歯を見せて笑った。

「確かに、彼らに畑仕事は任せられないな」

「そうでしょう。そうですよ、まったく」

 鈴の言い様に、源太郎は笑いを噛み殺した。

 そして、当たり前のように鈴の手を引いて土手を上がっていった。

「しかし、彼らは腕は立ちそうだ。辛抱強くもある。このような役目なら誰が見ているわけでもない、いくらでも手を抜く機会はあったはずなのに」

「腕が立つのですかお二人とも? そんな風には見えません」

 鈴は訊きながら恥かしそうに手を引っ込めてお辞儀した。

「ああ。少し背が高い方の男。香坂と言ったかな。あの男は使える。そうだ、鈴、私になにかあったらあの男に助けてもらうといい」

「縁起でもない! 源太郎様になにかあるはずなどありません!」

 鈴は怖い顔をして怒った。

「そうだな」

 源太郎は寂しげに微笑んだ。

「このまま何事もなく平穏な暮しでいたいものだ」

「大丈夫でございますよ、源太郎様。どんなことがあろうと、私もお父っあんも村の皆だって源太郎様のことを最後までお守りします」

 チラリと香坂と坂田の姿を見て、

「あんな人たちの力を借りなくても――」

「鈴。私も皆を守ってやりたい。私に力があれば村の者たちにも鈴にも楽をさせてあげられるのだが……」

「私は十分に幸せです。こうやって源太郎様のお世話をさせていただけるだけで」

 源太郎が見つめていると鈴の赤い頬が夕日でさらに赤く染まっていった。


 村への帰り道。

 最初に村の異変に気付いたのは源太郎だった。

 いつも静かな寒村が騒がしい。

「何事でしょうか」

 鈴は怯えた声で訊いた。

 村の一角に馬の集団が繋がれていて、武士らしき五、六人の男たちが村人たちと睨み合っていた。

「城で何かあったのかもしれない」

 源太郎は言った。

「行ってみよう」

「源太郎様、危なくはありませんか?」

「ほっておくわけにもいくまい。あの者たちの目当ては私かもしれない」

「ダメです! 源太郎様、逃げてください」

「鈴。私に逃げ場などないのだ。私の家はこの村だけなのだ」

「でも……」

「大丈夫だ。私は何があっても覚悟はできている」

 源太郎は言って村へ急いだ。


 源太郎が現れると、村人たちから歓声があがった。

「若様をお守りしろ!」

「城代の横暴を許すな!」

「黄瀬川の主は源太郎様、ただお一人じゃ!」

「そうじゃ! そうじゃ!」

 村人は口々に叫び続けた。

 武士の集団は刀の柄に手をかけながらも村人へ自制を求めていた。

「静まれ。静まらぬか! そなたらには関係のないことだ」

 武士の集団から一人が源太郎に近づいてきた。

 垂れ目の優しい顔立ちをした男だ。

「源太郎様でありますな? それがしは馬廻り組の磯貝伝兵衛でござる。城代の永野様の使いで参りました」

「永野様が私にご用ですか? いったいどのような?」

「我らは詳細については何も聞かされておりません。ただ源太郎様を城にお連れしろとの命でございます」

「行ってはだめじゃ!」

 村人が叫んだ。

「城代は若様を殺すつもりじゃ! 行ってはならぬ!」

 と、別の村人も叫ぶ。

「黙らぬか! 無礼な物言いは許さぬぞ!」

 武士の一人が刀を抜いて威嚇した。

「やっ、やめよ」

 磯貝が制止したが村人の怒りは収まらない。

 村人たちは家や小屋に隠していた刀や槍を持ち出してきて気勢をあげた。

 総勢、三十名は越えている。

「いくさじゃ! 黄瀬川家から城代を追い出すのじゃ!」

 村人たちは源太郎を守るように取り囲んで武士たちに迫った。

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