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ラムネ

作者: みゅう

 ――がたん、ごとん。

 電車がレールの上を走る音。

 規則正しさと不規則だが入り混じったその音とリズムが、僕の意識を微睡(まどろみ)みへと(いざな)う。

 意識を保とうにも、あまりの眠気に自制が効かない。意味のない映像や言葉、過去の記憶が浮かんでは消え、浮かんでは消える。

 夢と現実を行ったり来たり……。

 あー。

 世界が真っ白に染まり、思考が曖昧なものになる。

 微睡みの中、誰かの笑顔を見た。

 懐かしい、誰か……。

 女性。女の子。幼い。白い帽子。ワンピース。可愛い。白い肌。

 彼女が僕の名前を呼ぶ。

「――」

 だけど、その声は僕と彼女の前に隔たれた見えない壁に掻き消され、こちらまでは届かない。

 届かない。

 手を伸ばす。

 少しでも彼女に近付きたくて。少しでも彼女に触れたくて。

 でも、届かない。

 僕の体はまるで、空間に固定されたようにびくともせず、辛うじて手が動くだけ。

 もう一度、彼女に触れたい。抱きしめたい。そして、あの日、言えなかった言葉を――

 ガタン!

 突然訪れた大き目の振動に、意識が急速に浮上する。

 眠って……眠っていたのか。

 顔を上げる。

 少女が笑っていた。

 僕の方を見て、笑っていた。

「え……?」

 言葉を失う。

 一瞬、微睡みの中で会ったあの女の子と目の前の少女がダブった。

 似ている。だけど、違う。

 似ているけど彼女ではない。五年以上会っていなくても、それだけは断言出来た。だって、彼女は――

「あ、すみません。お兄さんの寝顔があまりにも可愛くて」

 少女が申し訳なさそうな顔を浮かべ、頭を下げる。

「あ、うん」

 頭が眠気のせいでうまく回らず、言葉がそれだけしか出なかった。もしかしたら、呂律(ろれつ)の方もうまく回っていないかもしれない。

「地元の方ですか?」

 話し相手が欲しかったのか、少女が更に僕に話を振ってくる。

 現在、車両内に僕達以外の客はおらず、雰囲気や得た情報から察するに、他の車両もここと似たようなものか、もしくは完全な空箱状態だろう。昔から、田舎を走るこの路線は人気がなかった。今も昔も、そこは変わっていないようだ。

「元、だけどね。そういう君は?」

「私ですか? 私は全然。こっちの方に来たのも初めてで……。あの、(さかき)村ってご存知ですか?」

「ああ。僕も今からそこに向かう所だよ」

 榊村は、僕が〇歳から十歳まで過ごした所で、今日の僕の目的地でもある。

「本当ですか? 偶然ですね」

 そう言って、少女は嬉しそうに笑った。

 屈託のない良い笑顔だった。

 少女の髪は短く、恰好も短パンにTシャツとかなりラフだ。一見すると、少年にも間違えられえそうな容姿だが、少女の顔は非常に可愛らしく、正面から見たらすぐにその誤解は解けるだろう。年は十四前後……だと思う。高校生と中学生の二択なら、間違いなく後者を選ぶ。

「これも何かのご縁かもしれませんね。私、一之瀬(いちのせ)(みや)って言います。お兄さんは?」

「僕は柚原(ゆずはら)柚希(ゆずき)。呼び方は好きにしていいよ」

「じゃあ、私の方もご自由に」

 と言い合ったものの、改めて名前を呼ぶのは非常に照れ臭く、どちらも次の言葉がなかなか出て来なかった。

「えっと、宮……ちゃんは何年生なの?」

 初対面の女の子を呼び捨てにするのは気が引けたので、少し迷った挙句、結局〝ちゃん〟付けで呼ぶ事にした。

「中三です。ゆ、柚希さんは?」

 少し言い淀みながら、今度は宮ちゃんが僕の名を呼ぶ。

「僕は高二」

「へぇー。大学生かと思いました」

「友達からも、よく老けてるって言われるよ」

 まぁ、周りの友人(いわ)く、僕の場合、顔ではなく内面が老けている――そうだが。

「いえ、決してそういう意味じゃなくて。いい意味で大人っぽいと言いますか、ダンディ……は違うか。恰好いいです。お兄さんって感じで。はい」

 慌ててフォローを入れる宮ちゃんが可愛らしく、思わず笑いが込み上げる。

「あ、柚希さん。今、笑いましたね」

「ごめん、ごめん。あんまりにも宮ちゃんが可愛いから」

「……へ」

 僕が告げた笑いの理由に、宮ちゃんの動きは止まる。そして、次第にそのまま、顔が真っ赤に染まる。

 うわぁ。ミスった。盛大にミスった。

「いや、その、今のは――」

 宮ちゃんに続き、今度は僕が慌ててフォローを入れる羽目になった。


 約六年ぶりに訪れた榊村の空気は澄んでいた。

 景色による思い込みのようなものも確かにあるだろうけど、実際、自分の住んでいる町よりは澄んでいるんだと思う。

 空気が美味(おい)しい気がする。……それこそ、思い込みかもしれないが。

「宮ちゃんはこれからどうするの?」

 乗ってきた電車が走り去るのを見送ってから、隣に立つ宮ちゃんにそう尋ねる。

「私ですか? 私の用事は特に急ぎではないので、もし柚希さんが(よろ)しければ……」

「うーん。僕の方も、別に急ぎの用って訳じゃないからな」

 只今の時刻は三時三十一分。約束の時刻までまだ一時間半もあった。

「少し、村の中見て回る?」

「はい。お供します」

 握り拳を握り、宮ちゃんが力強く頷く。

 この子、ノリが体育会系というか、後輩気質? まぁ、悪い気はしないが。

 駅構内を出ると、宮ちゃんと連れ立って、僕は村を宛てなく散策した。

 僕にとって大半の景色が想い出を刺激するもので、いちいち懐かしさを覚えたが、隣を歩く宮ちゃんにとっては、そのどれもが物珍しいものらしく、ほぼ全てのものに「うわぁー」とか「へー」という感嘆の声を漏らしていた。

 田舎で育った事のない子にとっては、田舎の風景そのものが見た事のない、真新しいものに映るのだろう。

「宮ちゃん、楽しい?」

 答えは分かっていたが、試しに聞いてみた。

「はい。凄いです。なんか……凄いです」

 言葉の意味がよく分からなかったが、何となく思いは伝わってきた。

「柚希さんは昔住んでいたんですよね? 〝元〟って言ってましたもんね」

「うん。小学校の途中までね」

 引っ越しを両親から告げられた時、凄くショックを受けたのを覚えている。住んでいる場所から離れるのはもちろん、友人や近所の人達と離れるのがとても嫌だった。特に、彼女と会えなくなるのが……。

「あの、柚希さん」

「ん?」

 突然立ち止まった宮ちゃんに釣られ、僕も立ち止まる。

 その顔は、何かを決意したようだった。

「私――」

「ありゃ」

 宮ちゃんの言葉は、横から飛んできた年輩の女性の声によって遮られた。

「お前さん、柚原さんとこの柚希君じゃねーか?」

 声のした方を向くと、そこには昔ながらの駄菓子屋があり、店先に小柄なおばあさんが立っていた。この店って……。

「えぇ。お久しぶりです」

「あれま、大きくなってー。アンタが小学校の時以来だから……五年以上ぶりになるかねー」

 目の前のおばあさんは、駄菓子屋〝(たま)〟の店主、菅屋(すがや)珠さん。学校帰りに毎日のように寄っていた僕達に、いつもオマケに瓶に入ったラムネをくれた心優しいおばあさんだ。

 どうやら、僕の姿を見掛け、店からわざわざ出てきてくれたらしい。

「どうしたんだい? 今日は。旅行かい?」

「まぁ、そんな所です」

「そっかぁ。昔はよく、可愛い女の子と一緒に二人で来とったよなー。確か、美琴(みこと)ちゃんとかいう」

 その名前を聞き、胸がズキリと痛む。

 彼女とはここを出て行って以来、一度も会ってはいない。

「あー。すまんね。引き留めちゃって。お()びと言っちゃ何だけど」

 そう言うとおばあさんは、店に引っ込み、すぐに二つの瓶を持って僕達の前に現れた。

「サービスだ。持ってけ」

「ありがとうございます」

 瓶を受け取り、お礼を言う。

「あ、ありがとうございます」

 それまですっかり蚊帳(かや)の外に置いてしまっていた宮ちゃんが、僕に続いて、慌てておばあさんに頭を下げる。

「はーい。気が向いたら帰りにでもまた寄ってくれな」

 もう一度、二人でお礼を言い、店の前を後にする。

「はい。宮ちゃん」

「すみません。ありがとうございます」

 差し出された瓶を受け取り、僕にお礼を言う宮ちゃん。

「そういえば、さっき何か言い掛けてたけど、あれ、なんだった?」

「へ? あー。忘れちゃいました」

 えへへと笑う宮ちゃんのその様子は、何かを誤魔化しているようにも見えたが、本人が忘れたというものを無理に追及しても仕方がないので、「ふーん」と話を流す。

 ビー玉を指で押し込むと、中からラムネが勢いよく溢れ出した。それが零れないように、素早く瓶を口に持っていった。

 数年ぶりに飲んだ〝珠〟のラムネは、市販の物と同じ物のはずなのに、どこか懐かしい味がした。


「――大丈夫?」

「ちょっと……いえ、かなり疲れました」

 村の中を見て回る事、およそ一時間。

 約束の時間が近付いてきた事もあり、一度、落ち着いて休憩を取る事にした。

 もちろん、細かい休憩を何度か取りはしたが、慣れない場所という事もあってか、宮ちゃんの顔にはさすがに疲労の色が浮かんでみて取れた。

 今、僕達がいるのは、屋根と壁のあるバスの停留所。周りに僕達以外の人影はなく、バスも当分来ない。安心して腰を下ろせるベンチもあり、落ち着いて休憩を取るにはもってこいの場所だ。

「時間、大丈夫ですか?」

 隣に座る宮ちゃんが、そう尋ねてくる。

「ん? まぁ、元々あってないようなものだから、別に気にしないで」

「じゃあ、この後、少し付き合ってもらっていいですか?」

「うん。もちろん。大丈夫だよ」

「良かった……」

 僕の返答に、宮ちゃんがほっと胸を撫で下ろす。

「そこへの行き方は分かってるの? 村には初めて来たんだよね?」

 場所さえ教えてもらえれば、もしかしたら僕は案内出来るかもしれない。

「はい。ちゃんと何度も聞いて、メモも取って覚えましたから」

「ふーん」

〝聞いて〟という事は、誰かに教えてもらったという事か。

「この村出身の知り合いがいるんだ?」

「えぇ。まぁ……」

 どうやら、あまり踏み込んで聞いていい話ではなさそうなので、これ以上は止めておこう。

「あの、柚希さん」

「何?」

「駄菓子屋のおばあさんが言ってた、美琴さんっていう女性について、聞いてもいいですか?」

「――ッ」

〝どうして?〟とは聞かなかった。なぜなら、そう聞いてきた宮ちゃんの表情が、とても真剣だったから。

「美琴は、僕が小学校二年の時に引っ越してきた、同級生なんだ。何でも、体が弱いらしく、その療養のために田舎の方に越してきたという話だった」

 彼女を初めて見た時、僕は衝撃を受けた。美人で、透明感があって、まさに都会の御嬢さん、といった感じだったから。

「彼女は体が弱かったため、初め、クラスに馴染めなかった。もちろん、転校してきた当初はたくさんの人が彼女に声を掛けたけど、それも二か月、三ヶ月と経つ内に次第に減っていった」

 休み時間はほとんど生徒が外に出て遊び、放課後も活動的な者が多かった。その中で、激しい運動が出来ず、あまり活動的ではない彼女は当然のように周りから浮いていった。

「彼女の方が、他の生徒と距離を作ってたというのも、馴染めなかった理由の一つにはあったんだと思う。まぁ、そりゃそうだよね。今まで生まれ育った所と全く違う所にいきなり連れてこられて、戸惑わない方が難しいもんね」

「柚希さんは、そこからどうやって仲良くなったんです?」

「僕は他の生徒と違って、ずっと彼女に対して興味を持ち続けていた。だから、逆に彼女が一人になって、そこからの方が話し掛けやすかったんだ。最初は僕が一方的に話し掛けてる感じだった。前住んでた所の事を聞いたり、こっちの感想を聞いたり、天気の話をしたり、勉強の話をしたり……。その内に会話の内容が、好きな食べ物の話になり、こっちに来て驚いた事になり、彼女自身の話になっていった。段々、彼女が僕に心を開いてくれてる事が分かって、あの時は凄く嬉しかった。美琴はとにかく可愛かったし、僕にとってはお姫様のような存在だった」

 仲良くなるにつれ、その印象は次第に変わっていったが、それでも僕の彼女に対する思いみたいなものは全く変わらなかった。

「出会ってから半年も経たない内に、美琴と僕はまるで昔から一緒にいたように自然に話せるようになった。その頃には彼女も、クラスや学校に打ち解け始め、本当の意味で〝村の一員〟になっていた」

 その事が嬉しい反面、少し気に食わなかった。美琴が僕以外と話したり笑ったりするのが、どこか嫌だった。少し前まではほったらかしにしていたくせに、という思いもあった。

「でも、それから数年後、今度は僕が引っ越す事になり、それから彼女とは一度も会わなかった」

 もう少し大人になったら、いつでも会えると思っていた。それに、小学生に、自由に遠くまで行く、勇気もお金も考えもなく、結局、時間だけが過ぎていった。

「柚希さんにとって、美琴さんは大事な人だったんですね」

「……そうだね。とても大事な、掛け替えのない存在だった」

 そして、その気持ちは今も変わらない。

「ありがとうございます。美琴さんの事話してくれて」

「うん。けど、どうしたの? 急に」

「今から行く場所に向かう前に、どうしても聞いておきたかったんです。美琴さんの事」

「?」

 よく分からない。よく分からないが、宮ちゃんにとってそれは必要な事だったんだろう。そして、僕にとっても……。


 舗装されていない土の坂を登り、山頂を目指す。

 その先にあるのは、村を一望出来る丘。そこには見上げても見上げきれない大きな木が……。

 おそらく、宮ちゃんの目的地はそこだろう。

 しかし、なぜそんな所に……? それこそ、木以外は何もない、ただただ広い空間が広がっているだけなのに……。

 左右を覆っていた木々が消え、視界が開ける。

 そこには、昔と何ら変わらない風景が広がっていた。

 懐かしい。昔、僕はここで……。

「柚希さん、もう少しです」

「あぁ……」

 宮ちゃんの後に続き、丘の中央にそびえ立つ大木の下まで移動する。

 昔は今より身長が遥かに小さかったはずだが、大木を見上げて受ける印象はそれほど変わらない。相変わらず、大きい。

「柚希さん、私の話、聞いてもらってもいいですか?」

「うん」

 頷く。

 頷くしかなかった。宮ちゃんの顔があまりにも真剣だったから。

「八年前、私の両親は離婚しました。どちらかが悪いというよりは、単純に二人が一緒にいられなくなったせいで離婚したそうです。私は母に、姉は父に引き取られ、私達姉妹はバラバラに暮らす事になったのです」

 大木に体を預け、宮ちゃんが僕に話す。自分の事を。家族の事を。そして、姉妹の事を。

「電話で連絡は取り合ってたんですが、父と姉が遠くに越した事もあって、なかなか会う事は出来ませんでした。それでも話の内容や声の感じから、姉の近況は私に伝わってきました。引っ越した当初は、私に心配を掛けないように空元気を出してる事が丸分かりでした。だけど、次第にその元気が本物のものになっていき、半年も経つとむしろ弾んでるようにすら感じるようになりました」

 頭の中で何かが噛み合っていく。まるでパズルのピースがはまるように。

「でも、小学校を卒業する前に、姉の一番の友達はどこかに引っ越してしまい、姉の声に寂しさが混じるようになりました。それからすぐに、姉は倒れました」

「……」

 宮ちゃんが駄菓子屋の前で何を言い掛けたのか、今なら分かる。あの時、彼女はきっと……。

「その後、入院生活を余儀なくされた姉は、父と共に街の方に戻ってきました。皮肉な事に、姉との距離が近くなった事によって、それから私は毎日のように姉と会えるようになりました」

 そう言って、宮ちゃんが微笑(ほほえ)む。とても悲しい表情で。

「姉は色々な事を私に話してくれました。向こうでの生活の事、友達の事、そして、一番の友達だった男の子を。結局、姉はその約半年後、一度も退院しないまま……」

 死んだ。

 美琴がそんな状態にあった事を、僕はその(しら)せによって初めて知らされた。

 確かに、手紙の返事が来なくなってはいた。だけど、その時の僕は、引っ越した先の生活に慣れるのに精一杯で、手紙の返事が来ないのは美琴が僕の事など忘れて向こうで楽しくやっているんだろうと思っていた。寂しかったし、苛立ちも感じていた。だけど、仕方ない事だと自分に言い聞かせ、考えないようにしていた。美琴が頑張っている事なんて、露知らず……。

「死ぬ直前、姉は私に約束の事を話しました。一番の友達だった男の子と、再会の約束をした、と。姉の十六の誕生日の日に、二人であの木の下で会うのだ、と。そして――」

 宮ちゃんが、ズボンのポケットから何かを取り出す。それは駄菓子屋で売っていた、小さなおもちゃの指輪だった。

「指輪を交換して、二人のそれぞれの指にはめ合う。それが、二人の……」

 最後はもう言葉になっていなかった。宮ちゃんの瞳からは大粒の涙が流れ、口からは嗚咽(おえつ)が漏れていた。

「姉自身、もう自分が助からない事は分かってたんでしょう。指輪を私に渡し、こう言いました。私がいかないと、彼はいつまでも待ち続けてしまうかもしれないから、その時はあなたが伝えて欲しい、と。私の事はもう忘れて、約束は果たせないからって」

「……」

 不思議と涙は零れなかった。

 悲しいという感情よりも、何か別の感情が僕の中に込み上げていたから。それは、ようやく会えたという思いであり、懐かしさであり、言葉で言い表せない何かだった。

「それ、貰ってもいいかな」

「え?」

 自分のズボンのポケットから、指輪を取り出す。

「同じ場所に保管しておきたいんだ」

「……はい」

 宮ちゃんの手によって、指輪が僕の手の平に置かれる。

 その指輪が転がり、もう一つの指輪に当たる。まるで寄り添う夫婦のように。

「大事にするよ、ずっと」

「はい。ありがとうございます。姉と仲良くしてくれて、姉と出会ってくれて」

 むせび泣く宮ちゃんの正面で、僕はふと空を見上げた。

 美琴の笑顔がそこに見えた気がした。

「宮ちゃん」

 彼女が落ち着くのを待って声を掛ける。

「はい」

「今度、美琴のお墓に参ろうと思うんだ」

 美琴が死んだ事をどうしても受け入れきれず、今まで一度も行く事が出来なかった。

「きっと、姉も喜ぶと思います」

「だけど、まだ少し、勇気が足りないんだ。だから――」

「はい。お供します」

 僕が言うより先に、宮ちゃんがそう答える。笑顔と涙の入り混じる顔で。

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