前編
久しぶりに、この駅に舞い降りた。
駅前の待ち合わせ場所に急いで走っていくと、息子の博が両手をポケットに入れて、ぼんやりと駅前の電光掲示板の画面を眺めているのが見えた。
日が傾くのが早くなり、葉が落ち切った街路樹の影がもう伸びている。駅からでてくる人の波から少し離れて立つ博の姿に、私は目を細めた。
遠目に見て、あぁ小さいころは母親似っていわれる子だったのに、だんだん父親に似てくるんだなぁと宗司の姿――博の父親の姿と重ね合わせて苦笑してしまう。首の曲げ方とか、ポケットに手を入れる角度とか、足の開き具合とか、妙なところで宗司のシルエットなんだな。
「ひーろーしーくん」
近づいてちょっと甲高い声を出して呼びかけると、夕焼けのオレンジ色の空を背にして、困った顔して振り向いた。
「母さん、その声で呼ぶのやめようよ。振り返りづらいよ」
ふふ、その眉のひそめ方も若いころの宗司にそっくり。
私の薄茶の髪と宗司の黒髪の色を混ぜ合わせてできたような、茶色の柔らかそうな髪。目の黒は父親を引き継いで、頬骨から肩にかけてのラインは、成長途中だからまだ華奢だけど、いずれがっしりしていくんだろう。
まだ13歳で160センチの身長の彼は165センチの私を見上げてくるけれど、あと一年もすれば私を見下ろすようになり、きっとますます宗司に似てくるのかもしれない。
「待たせたね、風邪ひいてない?」
そう声をかけて、私は意識的に微笑んだ。ちょうどひんやりとした風が私の紺色のワンピースの裾を揺らしていく。
「別に、そんなに待ってないから大丈夫」
ふいっと博は目をそらす。
そのちょっとした弱気なしぐさを見ると、まだまだ少年なんだなぁという気がする。
「お父さんの誕生日ディナー作り、楽しみすぎて、昨日は眠れなかったよ」
私が言うと、博は呆れた顔で、
「……何言ってんの母さん、いつもちょっと手伝うだけじゃん…。それより買い物は駅前の商店街でいいよね?」
と、流されてしまった。
本当に楽しみだったのに。
宗司の誕生日を祝う夕食メニュー。献立は、5年前に宗司から直々リクエストされたもので、それ以来変更はない。
彼の好物を息子と二人で作る、一年に一度の特別な日。
「うん…。商店街、ひさしぶりだな。店は変わってないのかなぁ」
「そのまんまだと思うよ」
腕の時計を見ると、4時半を過ぎたころ。約束は四時半だったから、たしかにそう遅れてはいないのかもしれないけれど、沈みはじめる太陽に気持ちが焦ってくる。
「宗司さんの帰宅って……」
そう私が口を開きかけると、
「今日は7時に帰るってメールあったよ?毎年、そうでしょ?」
と、かぶせるように博が言ってきた。
「うん、そうだね。急がなきゃ、帰ってくるまでには、仕上げたいしね」
鞄から、透明ファイルに挟んだ手書きのレシピと材料の買い物用紙を出す。中の紙はもう5年もたっていて、少ししなびてしまっている。
汚さないように透明ファイルに入れているけれど、そろそろラミネート加工するかして保護した方がいいかもしれないな……と思っていると、横から博が「八百屋からだよね?」と声をかけてきた。
あわててレシピの一番前に書いてある材料の買い物一覧を見る。書かれている字は、いつ見ても丁寧で宗司らしい優しげな読みやすい文字だ。
「うん、毎年このレシピ通りに作るのに、なかなか材料が覚えられないんだな……」
「それは母さんが料理ベタだからでしょう。僕は覚えたよ」
「だって、宗司さんが料理上手だったから母さんが上手になる必要がなかったし……」
「それは違うと思うんだけど」
ちらっとこちらを見た博の目に何か言いたげなものを感じたけれど、私は素知らぬふりをした。
「ま、料理に明るく頼もしい博くんがいるからさ!私はアシスタントに徹するよ!」
「……はいはい、じゃあ僕がメインでせいぜい頑張らせていただきます」
「優秀な息子をもって、母さん嬉しいなぁ」
「ほんと、調子いいんだから」
オフホワイトのパーカートレーナーを着た肩をひょいっとすくめて、博は苦笑した。
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買った食材は調理台にのせきらないので、私はカウンターに並べていく。
葉がギュッとしまって、葉先まで瑞々しさをたたえている冬キャベツ。
淡い茶色の皮にほどよいハリがある玉ねぎ。
少し土をまとっていて、皮にカサつきがない人参。
真っ赤で艶々としたハリのある林檎。
大きなブロックのベーコン、ひよこ豆の缶詰。
宗司さんが好きな銘柄のワインに、博が飲むための炭酸ジュース。
並べ終えて、私は周囲を見渡す。
2LDKのマンションに、広いとはいえないキッチンだけど、丁寧に磨きこまれている。調理台はいたってシンプルで流し台にスポンジと洗剤があるくらい。どうやら、鍋や菜箸やお玉などはシンク下におさめられているようだ。
「宗司さんが、ここまで綺麗にしているの?それとも博?」
私がキッチンを見まわしながらたずねると、
「それ、去年も聞いてたよ、母さん」
と、博がキャベツの外葉をはずしながらそっけなく言う。モスグリーンのエプロンがしっくりきている立ち姿に、心の中で『かっこいいぞ!』と拍手しつつ返事する。
「そうだっけ?」
「そうだよ」
「……で、答えは?だれが綺麗にしてるんだっけ?」
「僕に決まってるだろ」
「……そっか」
几帳面な性格は誰ににたんだろうと思いながら、私は磨かれたテーブルや調理台を眺める。
そうやってしばらくいろんなところに目をやっていたものの、私はちょっと立っているのが辛くなって、椅子にこしかけた。
すぐに、博の声がかかった。
「母さん……商店街の人の多さに、疲れた?横になる?」
「大丈夫。座っていれば、落ちつくから。商店街、まだまだ活気があるね……」
野菜を買い求めた商店街の八百屋があった通りを思い浮かべる。
威勢の良い掛け声、品物を吟味するお客さんや、自転車や歩いて通り過ぎる人々。目を瞑っていると、重なり合う音や声、さまざまなものが混じる匂い、気配が頭のだけでなく全身をかけめぐるかのように、私の中でこだまする。
「来年からは、先に僕が材料を用意しておこうか?」
博のこちらを気にするかのような声がした。
目を開けると、こちらをじっと見つめる博の瞳があった。
その真剣な色あいに、私は心があたたかくなるのを感じる。
「心配しないでね。それに、商店街、好きなの。この世界の音や匂い、気配……好きよ。だから、来年もいっしょにまわりましょ?」
私がそう言うと、博はふっと息をついて、
「母さんがそういうなら、それでいいんだけど」
と小さく言って、またキャベツの処理や野菜の下洗いにとりかかりはじめた。
宗司が書いてくれたレシピの紙は、博が透明の袋に入れてくれて、テーブルに置かれている。調理中に汚れてしまわないように気をつかってくれたんだろう。私は座りながら、それに目を通し、今の私でも手伝えることを探す。じゃがいもの皮むきくらいなら出来るだろうか。
そう思って見回すと、博とまた目があった。
「母さんは、見ててくれたらいいよ。もう、調理は僕ひとりでやった方が手早いし」
「……ひろしくん」
「何、母さん」
座っていると、博のことは見上げなければいけなくなっていた。
見上げた角度で博をのぞきこむと、その眉から鼻にかけてのラインや、唇を引き結んで調理している姿がますます記憶の中の宗司と重なって、胸がきゅっとなる。
「博君、一年で、かっこよくなっちゃったね」
「は?」
「ううん。少年なんだけど…青年期にも足を踏み入れ始めているっていうか」
「……成長期だからだよ。何言ってんだか。それよりも母さん」
博はじっとこちらを見た。
私はテーブルに肘をついて、見上げる。
「ん?」
「母さんは……あんまり、かわらないな」
「そう?」
博は、一度、息をのんでからゆっくり吐きだすようにして言った。
「母さんの住む世界も……、ここと時間の流れは一緒なんだろ?」
私は、博のまっすぐにこちらに向けられる視線をうけとめる。
こんなにはっきりと住んでいる「世界」について訊ねられたのは初めてだった。これも成長といえるのかもしれない。
「うん……時間の流れは、ほぼ一緒だよ」
私が博の目を見つめながらそう答えると、博の瞳は少し揺れた。そして、少し息をのんでから、
「言葉は?」
と、たずねてきた。
こんな風に未知の世界を背負った私に対して、覚悟をもって向き合ってくる姿は頼もしくもあり、昔の宗司の姿と重なった。
私はわかりやすく伝えようと、言葉を選びながら答える。
「話している言葉は完全に違うね。今、私は翻訳機を飲みこんでいるから、聞き取りも発語もスムーズだけど、本来もっとたどたどしい日本語しか喋られないし、聞き取れないわ」
「でも……母さん、僕が生まれて育った時も含めて9年もこっちの世界にいたんだろ?少しくらい話せなかったの?」
博の言葉に、私は頷く。
「言語体系というか、発声や聴音の具合が違うみたいでね。私の身体がうまく順応しなくて、翻訳機なしでは聞き取りも話もできなかったわ……日本語も英語やフランス語もね」
「そうなんだ…。さっき言ってたけど、『翻訳機』って機械を飲みこむの?」
「そうのみ込むの。でも、機械っていっても、こちらでいう薬みたいな小さなカプセルなの。設定してる言語が聞き取れてしゃべられるようになる機械で、使用を終えると溶けて排出されるし、身体への安全は確認されているの」
「……ふぅん」
「イメージつかない?」
「うん」
すなおに、博はうなづいた。
それからまな板でキャベツをきりはじめ、本当にてぎわよくみじん切りが出来上がる。
そろそろ立ち上がっても大丈夫なくらいに回復した私は、椅子から下りて博の横に並ぶ。
「何か、手伝うよ」
「……じゃ、冷蔵庫からガラス器に入ってるサーモンのマリネを出して。マリネをこの大皿に盛りつけておいてくれると助かる」
「うん」
私は言われたとおりに冷蔵庫に手を伸ばす。
博とは背中あわせにキッチンにたつことになった。
皿にマリネを盛り付けていると、
「異世界というとさ……」
と、博に声をかけられた。
「異世界?」
「うん、母さんが住むところも、この世界の未来というよりは、世界が違うんだろ?星が違うというより、本当に存在する『世界』が。父さんが言ってた」
「まあ、そうね」
「こちらのファンタジー小説とかでね、異なる世界を『異世界』っていうんだよ」
「そうなの?」
「うん。それでね、もちろん物語だし、いろんな設定があるわけなんだけど、異世界の方が文明が遅れている物語も多いんだ」
「遅れてる?」
「う~ん、厳密にいうと遅れてるわけでもないんだけど……。剣と魔法の物語だとかさ、文明がいまのここほど進んでいないというか」
「なるほどね…。私の住むところには、この世界でいう『魔法』みたいなこともあるけれど、それは魔法の理が解明されて科学と重なり合っているところがあるの」
私が今のみこんでいる翻訳機もカプセルとしての目に見える物質としての機械は科学であり、そこに施されている身体への不快な影響を失くす波動は魔法のようなものだった。
その組み込み方は、まだこの「世界」では用いられていない。
それは目に映るいろいろなものからわかる。こちらでは、目に見えない波動のことわりをまだほとんど使いきれておらず、目に映る物質を追いかけてきた文明の進歩といえる。それが博や宗司が生きる、この世界。
私が少し黙っていると、博がちょっと声を落として言った。
「母さんからみたらさ、僕らの世界って、すごく古臭い世界にみえるのかな……」
「古臭い?どうだろ……文化が違うなぁとはたくさん思うよ。たとえば、ほらアレ」
私はキッチンにつながる居間の壁に飾られる『夜の海とぽっかり浮かぶ月』の写真を指さす。背後の博がふりかえり、私の指さす方向を見た。
「私の世界は、月は二つなの。大きい衛星と小さい衛星がずれた周期でまわってる。だから、ああいう写真や絵はありえない。夜空を描くなら月は二つだわ」
「月は二つ……」
「そう。月って、いろんなところにモチーフにされているでしょ?この世界でも。たとえばこういう壁飾りにしても、キーホルダーにしても、アクセサリーにしても……。そういうの、私の住む世界では、月は二つで作られる。それに満ち欠けの形も違うわね」
「そっか」
「そうなの」
また、博も私も自分の作業する場所に戻る。
サーモンを盛り付け終えた私は、博に指示されてテーブルセッティングにかかる。
こんな風に世界の違いを話したのも初めてのことで、ますます博の成長を感じていく。
一年……離れていた一年に、どんなことがあったのか。
この、会うたびに大きくなる博の中で、私という人間はどこに位置するのか。
『母さん』と呼んではくれるけれども、この世界でいう『母親』らしいことは何もできなくなった私が……。
「母さん?」
呼びかけに、我に返った。
「手が止まってるよ?」
指摘されて、あわてて自分の手元を見る。私はフォークを手にして固まっていたらしい。
「ごめん、ごめん」
私は慌ててテーブルセッティングを再開した。
テーブルに並べるフォークやスプーンを見て博が言った。
「母さんの分もちゃんと並べてよ」
「あ……」
「これ、去年も一昨年もその前も言った気がするけど?」
「……うん、ごめんね」
私は博と宗司の分の配膳に、自分のカトラリーも追加していく。
私の世界では食物を口にはするけれど、こちらの世界のような大地の恵みの原型をとどめた形ではない。
いわば薬、栄養剤、サプリメント……とこちらでは言われるような形に凝縮させたバランスの良いエネルギー剤を一日に一回ほど摂取する。
吸収率が良く、衛生的でバランスも良いにこのエネルギー剤に慣れた結果……私の世界の住人は、消化器官の機能がこちらの世界の人間よりも衰えており、食物をもとの形で食べても受付けない。
それでも私はこちらの世界で9年生きた中で、かろうじてジュースや果物をほんの少し摂ることはできるようになっているけれど……でも、それだけだ。博が作った料理を私は楽しめない。それでも共に夕食時間をわかちあいたくて、私は栄養剤を持参してきているんだけど、配膳の習慣がなくてつい博と宗司のものだけを並べてしまっていた。
こちらの世界を離れたのは、5年前。博が8歳で小学二年生になった頃。5年の間、毎年宗司の誕生日にこちらに戻ってきても、自分の中でどんどんこちらの風習が抜けていくことに、足場が崩れてくるような寂しさを感じる。
鍋がカタカタとなり、煮立つ音がした。
鼻をくすぐるのは、玉ねぎや人参、キャベツとベーコンが重なり合ったスープの香り。鍋をのぞくと、ちゃんと宗司の好きなひよこ豆もスープの中を泳いでいる。宗司のリクエストレシピに書かれたメニューの一つだ。
「母さん、ホワイトソースたのんでいい?」
「うん、大丈夫だよ。そもそも毎年、私が宗司の書いてくれたレシピ通りに野菜スープとマカロニグラタンつくってきたのよ~」
私が宗司の書いてくれたレシピの紙をヒラヒラさせて見せると、博はちょっとため息をついた。
「でも母さん…ホワイトソース味見できないから、自分が作った味、知らないよね?」
「……」
「いや、そんなにショックな顔しなくても、まぁそこそこに食べられる状態だったから大丈夫」
そんなフォローといえないフォローをよこしながら、博は私に牛乳と生クリーム、小麦とバターをのせたトレーを渡した。
「計量はしてあるから」
と、ひと声添えて。
「ありがと……」
私は受け取って、ガス台の前に立った。
ホワイトソースに小麦粉のダマができないように念入りに木べらで練りつつも、時間が気になって壁際の時計を見た。
もう六時三十分を過ぎている。
宗司さんの帰宅の七時が近づいてきていて、一瞬指先が震えた。
「ホワイトソース、完了したよ。……宗司さん、七時帰宅だよね」
「そうだよ」
「早くなったり、遅くなったりしないかな」
「しないよ。毎年、七時きっかりに帰ってくるでしょう?」
私の質問に、断言するように答える博は、レタスをガラスの大皿に盛り終えてカリカリに炒めたベーコンをふりかけている。
私は、となりのコンロでちょうどゆであがったマカロニをザルにあげ、作り終えたホワイトソースにからめて、グラタン皿に盛った。
ベーコンやゆでて小さく切っていたブロッコリー、チーズを上にのせ、オーブンへと運ぶ。
「母さんさ、気付いてないかもしれないけど…」
オーブン前で温度と時間の設定をしていると、背後から声をかけられた。
「何を?」
「……父さん、毎年、この母さんが戻ってくる日は、仕事休んでいるんだよ」
「え?」
驚いて振り返ると、調理器具を洗い始めながら博は、うつむきかげんでこちらをみずに話し続ける。
「なんでちゃんと仕事を休んでるのに、僕と一緒に駅で母さんを待たないのかって……一緒にごはんつくらないのかって聞いたんだ。少しでも、長く一緒にいたいんじゃないの?って思って」
手元のシャボンの泡にくるまれたタワシを休みなく動かしていきながら、博は言う。前髪が彼の目元を隠してしまい、表情ははっきりと見えない。
「宗司さんは、なんて?」
私がたずねなおす。
彼の心が少しでもしりたくて――博と宗司さんの心を。
「『そりゃ一緒にいたいよ』って笑ってた。でも、僕と母さんの二人の時間も邪魔しちゃいけないって思うんだって……」
「……」
「母さんがこっちにいられるのは、父さんの誕生日の夕方から翌朝の4時ごろ。夜が明けるまでだろ?夜七時までは僕と母さんの二人の時間。七時からは家族の時間。僕が寝てからは父さんと母さんの二人の時間、なんだって」
博の言葉の中にあった『家族の時間』という言葉に胸がきゅっと締めつけられた。
「か…ぞく」
私がつぶやくと、
「そうだよ。父さんも、僕だって……母さんのこと『家族』だって思ってるよ」
「一年に一度揃うのが精いっぱいでも……家族って言ってくれるの?」
うつむきかげんだった博が顔をあげてこちらを見た。真剣にこちらを見つめてくる瞳に、私も目がそらせなくなった。
「母さんは、僕らのこと、そう思ってないの?」
「まさか!思ってるわよ……思ってるに決まってるんじゃないの!」
こらえていた……気付かないように、やりすごすようにしていたはずの、目に溜まったものが、あふれるようにしてポロリと流れるのが自分でわかった。
頬を伝うものをあわててぬぐいながら、
「泣かないって決めてるのに、もうっ!博くん、本当に大きくなっちゃったんだから!」
と、言うと、「え、その涙、僕のせいなの?」とちょっとおどけた口調で博は答え、博と私は顔を見合わせて笑い合った。
博の母親として、私は何も博に役立つことを『できない』かもしれない――……でも、いまここで『存在すること』はできてるから。
今、この瞬間を大切に過ごして……笑顔で、宗司を迎えて、家族でこのひとときを宝物のような煌めく時として過ごせるように。
私は流れてきそうになる涙をすべて拭った。
ちょうどそのとき、ピンポーンとインターホンが鳴った。