旅立ち 2
訪れるであろう衝撃は思いのほか軽く、恐る恐る目を開くと大きな広間の真ん中にいた。
見上げると、かなり高いが天井がちゃんとあり、破って入ってきた形跡はどこにもない。足元には、黒い大理石の上にリュグド達を真ん中にして大きな円が描かれているだけだった。
「魔法…ですか?」
「いくぞ。」
戸惑っているリュグドを一瞥すると父はすたすたと前を歩く。いまだつながれたままの手に引っ張られるようにしてリュグドも前へと進んだ。
「魔法を使えるなんて、知りませんでした。」
「…」
「一般人は魔法は使えないんじゃないんですか?」
「…」
「答えてください!」
リュグドが訪ねても、父は一切答えることはなかった。
庭で鍛錬をしている他は、研究室にこもりっぱなしの父である。
魔法が使えるなんて聞いたことは一度もなかった。普段からあまり多くを語らない父であるが、そういう大切なことは教えて欲しかった。
一方的に質問をしている間も、大きな扉が勝手に開き、それをいくつか通り過ぎている。
クリスタルで覆われたような透き通った壁には灯される松明の炎が反射して赤く染まっていた。2人の靴音だけが不気味に反響していく重にも重なって聞こえた。後ろから誰かが追って来ているのではないかと、追われる身でもないのに得体のしれない恐怖に包まれる。
リュグドが父の歩くスピードに疲れたころにようやく歩みが止まった。
「あの…父さん?」
「この門の向こうにスコーリアがある。」
目の前には一際大きな天井と同じ高さの大きな門がそびえ立っていた。
「これ、開くんですか?」
「開きますよ?」
突如、耳元でささやかれた声に驚き、体をのけぞらせると父にぶつかった。
「お久しぶりですね、ルシラン卿」
人物はリュグドの身長に合わせて屈んでいた姿勢から向き直り、ほほ笑みかけた。くすんだ色の長い金髪に、赤い瞳。年齢は父より少し若いであろうか。微笑とは正反対の肉食動物のような隙のない視線に、リュグドは父の後ろへと隠れた。
「おやおや、怖がられてしまった。」
「わざわざ、すまないな。アルシュ殿」
「いえいえ。まぁ、この扉の存在自体、忘れられたようなものですからね。こんな場所、今の人は殆どしりませんよ」
苦笑を浮かべながらアルシェが言った。不思議とさっきまでの恐怖はなくなっていたが、リュグドは伺うように父を見上げた。戸惑ったような視線とぶつかるが、父の大きな手がリュグドの頭に乗せられた。
「その…なんだ。落ち着いたら手紙を出しなさい。」
「はい、父さん」
リュグドの答えに応えるように髪をくしゃくしゃと乱暴に撫でると、前へいくように軽く押される。その様子を眺めていたアルシェは耐え切れず、声を上げて笑い出した。父は不機嫌そうに眉をしかめる。
「なにがおかしい。」
「いえいえ。すみません。まるで父親みたいだなと思いまして。」
「父親だ」
あのルシラン卿がと言いながら一通り笑うと、涙を浮かべながら父と一瞬見つめあい、アルシェは背を向け、扉のほうに歩き出した。父に背中を強く押され、転びそうになったがリュグドも続いて前に進む。
父が何やら呪文を唱えると、扉が大きな音とともに開くのが分かった。そこから漏れ出す強烈な光に、思わず目を閉じそうになるが、あわてて後ろを振り返った。
「父さん!僕、頑張ります!!」
光に包まれ周りが真っ白になる直前、消えていく父の顔が歪に笑っているのが目に入った。