旅立ち 1
鳥のように自由に空を飛びたいと思った。
どこまでも果てのない空を自由に。
何にも縛られることなく。
自由に。
リュグドは一つため息をつくと、空を見上げていた視線をおとし、窓を閉めた。
いつもならば飽きることなく何時間でも空を見上げ、鳥を観察するのだが、どこまでも青く晴れ渡った空は今日の陰鬱な気分とあまりにもかけ離れていて、見ているのが苦しくなったからだ。
ふらふらっと歩き、目の前のベッドに倒れこむ。何も考えず顔から倒れこんだため、少し鼻が痛かった。慣れ親しんだ家の匂い。もうすぐこの匂いともお別れだと思うと、またさらに気分が陰鬱になった。
リュグドの住むグロリア王国では13歳になると王立の全寮制の学校に入学しなければならないという義務がある。貴族だろうと平民だろうとはたまた王族だろうと関係なく13歳から18歳になるまでの5年間は学校に在籍しなければならない。学校をきちんと卒業しなければ、財産の相続や、結婚もできない。つまり、きちんとしたグロリア人の大人として見てもらえないのだ。したがって、来月にはリュグドもどこかしらの学校に入学しなければならなかった。
「いやだなぁ…」
なかでも、リュグドが行くことになったスコーリアと呼ばれる学校は厳しいことで有名だ。
グロリア国の首都メビアナにあるスコーリアには、数多くの貴族はもちろん、他国からも多くの留学生が入学する。国際的にも有名な学校だ。詳しいことはよく知らないが、どんな教科でも学べる体制が整っているらしい。
リュグド自身は地元に数多くある学校のどれか一つにと考えていたのだが、普段あまり干渉しない父が譲らなかった。
「憂鬱だ…。」
出発は明後日ともう時間がない。
出来るだけのんびりと過ごそうと心に決めるリュグドだった。
学校に行かなければいけない日。
本当の出発予定日は2,3日前だったのだが、ごねてごねてごねた結果、随分と遅れてしまった。てっきり馬車で行くものと思っていたリュグドだったのだが、連れてこられたのは屋敷の裏にそびえる森の奥にある崖だった。高さにして30メートルの直角の崖である。下から冷たい風が吹きあがる。ここから落ちたら命はないだろうということは容易に想像できた。しかし、その崖に向けてためらいもせず父は進んでいく。
「リュグド、急げ。」
「ちょっと待って父さん。そこは崖ですが?」
リュグドが怪訝そうに父を見上げると、父は五月蠅そうに眉をしかめた。
「お前が、どうしてもというから。日程を遅らせた。だが、今朝の通達によると各国から入学者が集まるスコーリアで、どうもまだ到着していないのはお前だけらしい。今から馬車で行っては先方に迷惑がかかる。」
「え、だからってなんで崖なんですか?」
「行くぞ」
「えっ、ちょっと」
がっしりとした大きな手がリュグドの手を取る。この手に手をつながれたのは何年ぶりだろうか、たしか母様がまだ生きていた頃だったかなと、突然の危機訪れた生命の危機についていけず現実逃避していると、手を強引に引かれ、飛び落ちた。