ライバル!?(2)
※2018.7.8改行等とスー→サラに修正しました。
「あんたが女剣士だなんて、わらっちゃうわね。そんなフザケた格好で剣士が勤まって? 剣の腕よりも、せいぜいその下品なお色気を磨くくらいしかしなんでしょうけど。ほーっほほほ!」
マリスは、サラと同じポーズで高笑いを返していた。
(売られたケンカを、しっかり買ってる!)
ケイン、クレアは、ますます固まった。
「バカにして! 私はね、剣の腕だって、結構立つんだからね! それに、色気だって、私ならではの立派な武器じゃないの! 磨いてどこが悪いのよ? あんたみたいな小娘には、逆立ちしたって無理でしょうけどね!」
多少の色仕掛け技を使えるマリスを知るケインとしては、その挑発に簡単にマリスが乗るとは思わなかったのだが──
「ムネがデカすぎる女は、頭が悪いって相場なのよ!」
「なんですって! この男女!」
「露出狂!」
二人の女戦士たちは、妙なことでケンカになっていた。
傍観していたケインたちの間に、いつの間にか、マリリンが割り込んできていた。
「このおにいさんも、このおにいさんも、ス・テ・キ♥」
マリリンは、身体をくねらせながら、ケインとカイルに、ぽ~っとした視線を送ってくる。彼ら二人は、二、三歩後退る。
「ねえねえ、サラちゃん、この人とこの人と、どっちがいいと思う?」
マリリンは、ケインとカイルの腕の間に、勝手にぶら下がっている。
「うるさいわね! 今取り込み中──!」
振り向きざまに、サラは、はっとしたように口を噤んだ。
彼女の視線は、ケインたちを通り越し、その後ろにいたヴァルドリューズに、釘付けになっていた。
サラは、うっとりした目でヴァルドリューズを見つめ、思わず溜め息と言葉を漏らした。
「……ス・テ・キ♥」
(ひえっ!)
マリスたち一行は、ヴァルドリューズ以外、皆、固まってしまっていた。
その場では、マリリンのきゃっきゃ笑う、楽しそうな声だけが聞こえる。
「なんて知的で美しい男……! 見たところ、どうやら魔道士のようね」
サラが、ケインたちを押しのけてヴァルドリューズに近付き、片手を腰に当て、その豊満な胸を突き出すようにしながら、流し目を送る。
ヴァルドリューズの方は、眉一つ動かさず、いつもの冷たい視線を注いでいるのみであった。
「だめーっ! ヴァルのおにいちゃんは、ミュミュのなんだからーっ!」
ミュミュが、ヴァルドリューズとサラの間に、パッと現れた。
ピンク色の髪に、ピンク色の瞳をつり上げている。
「ひゃっ! 何よ、これ!? よ、妖精!?」サラが驚いて、後退った。
「きゃあっ! コワイー!」マリリンも、ケインとカイルの腕に夢中でしがみつく。
「コワイだとー!? 何で妖精をこわがるのさーっ!? かわいがれー!」
ミュミュが両手をぶんぶん振り回し、二人の間を飛び回る。
「いやあ~! 来ないでぇー!」
「シッシッ! あっちへお行き!」
「なんだとー!」
マリリンは泣き叫び、スーはミュミュを追い払おうとするので、ミュミュは一層怒って飛び回った。
「ちょっと、あなたたち!」
それまで圧倒されていたクレアが我に返る。
「出会い頭に人は殴るわ、ケンカはするわ、馴れ馴れしく甘えるわ、非常識も甚だしいわ! まずは、助けてもらったお礼を言うのが、人としての礼儀ではなくて?」
「そうだ、そうだ! クレア、もっと言ってやれーっ!」
ミュミュがヴァルドリューズの盾になっているつもりなのか、彼の前からは離れずに、クレアにエールを送る。
「『親しき仲にも礼儀あり』と言うでしょう? ましてや、初対面なら当然のことです! いいですか? そもそも、挨拶というものは、昔々──」
クレアが語り始めたばかりであったが、
「ふぇ~ん、おにいさん、助けて~」
ケインに、マリリンが泣きながら抱きつく。ケインがよく見ると、嘘泣きのようであったが……。
「ちょっと、あんた、いちいち泣かないっ!」
マリスが、マリリンの首根っこを引っ掴んだ。
「うきゃーっ! サラちゃん、助けてー!」
マリリンが手足をバタバタさせて、余計に泣き声を立てた。
「乱暴はよしなさいよ! 男女っ!」
「露出狂!」
事態は、また振り出しに戻っていた。
わけのわからない女どものケンカに、ケイン、クレアがうんざりしてきた時、
「あのさあ、お取り込み中、悪いんだけど……」
カイルが初めて口を開いた。
「きみたち、誰?」
「私は見ての通り、美人女剣士のサラ」
長身の彼女は、手を腰に当て、長い黒髪を、色っぽい仕草でかきあげて言った。
「はぁ~い、美少女魔道士のマリリンでぇ~す」
金髪巻き毛少女は、手をグーにして、ブリブリ腰を振りながら、にっこり笑う。
「実はぁ、マリリンたちぃ、町の人に頼まれてぇ、魔物退治してるんですぅ。だけどぉ、道に迷っちゃってぇ、しょうがないから眠ってたんですぅ」
マリリンは、両手を組み合わせる。
道に迷うというと、ケインは、ある人物を思い出さずにはいられないのだが。
「ね、眠ってた!? どう見ても、あれは、行き倒れだったぞ!?」
驚いているケインに向かって、マリリンはきゃっと笑った。
「よく言うわよ。あんたたち、寝ている間に、私に変なことしようとしたくせに!」
サラが、じろっとケインを睨む。
(だから、ぶたれたのか。ひどい誤解だ……)
ケインの左頬には、スーの手の跡が、まだうっすらと残っていた。
「よく寝たからぁ、何だかぁ、体力も復活しちゃったみたいですぅ。うふっ、ラッキー♥」
マリリンが、小さい手でピースをしてみせる。
「どうでもいいけどね、あんた、そのたるい喋り方、なんとかなんないの?」
マリスに睨まれて、マリリンは、「きゃっ!」と、しゃがみこんで大袈裟に耳を塞いだ。それには余計にマリスが何か言いた気であったが。
「その、魔物退治を頼んだ人たちの町っていうのは?」
「トアフ・シティーよ」
ケインの質問には、サラが威圧的態度で答えた。
「結構大きい都市だよな。だけど、ここまで遠いんじゃないか? ウマでも数日かかるだろ? なんで、こんなところまで?」
「トアフ・シティーでは、魔物を倒した者には、その魔物の死体と交換に賞金が配られるのよ。もうあの周辺には魔物がいなくなったから、賞金稼ぎたちは、皆遠出をするようになったの」
「早い話がぁ、マリリンたちも賞金稼ぎなのでぇ、魔物の出る噂のところを捜しているうちにぃ、こんな辺鄙なところにまで来ちゃったんですぅ」
ケインたちは、顔を見合わせた。
「おい、どう思う? あいつら、魔物を倒せるほどの腕があるってことか?」
ケインは、隣にいたカイルに、小声で言った。
「さあな、魔物を斬るには、それ専用の剣がいるだろ? っていうと、あのおねえちゃんの持ってるロング・サーベルは、対魔物用ってことか」
「あっちのマリリンって子の方も、魔道士だって言ってたけど、あんなんで本当に魔法が使えるのかな?」
「魔法に関しては、俺も全然わかんねえからな。ただ、俺が思うに、あんな風にひけらかしているのよりは、ほのかに漂う色気の方に、ずっと魅力を感じるってことだな」
ケインは、カイルを不審な目で見つめる。
「……おい、何の話だ?」
「だから、あの色っぽいけど高飛車なおねーちゃんよりは、もうちょっと露出は抑えててもいいから、やさしくて、しとやかなオトナの女の方がいいってことだよ。あの『コドモ』は問題外だな」
「誰が、お前の好みの話なんかしてるんだ?」
カイルは、目をパチクリさせた。
「俺は、自分のわかることだけ答えたんだよ」
(……こいつに聞いた俺がいけなかったらしい)
カイルとケインのやり取りには気付かないクレアは、笑顔になっていた。
「あなたたちの目的が、魔物退治ということなら、私たちと一緒だわ! お互いに情報交換したり、協力して、頑張りましょうよ!」
「なんですって? あなたたちも魔物退治をしてるっていうの?」
サラは、嫌そうな顔で、じろじろと一行を見回した。
「人数が多かったら、それだけ賞金の分け前が減るじゃないの。冗談じゃないわ!」
ぷいっと、サラは横を向いた。
「それなら安心して。私たちは、賞金のためにやってるのではないんだから」
クレアは、にこやかに答えた。
「じゃあ、何のためにやってるっていうのよ?」
訝しそうに、スーがクレアを見る。
「もちろん、正義のためです!」
クレアは、きっぱりと言い切っていた。クレアのきらめく瞳を、スーとマリリンは、怪訝そうな顔で見る。
「世の中、金を越えるものがあると思って? 正義なんて金にもならなきゃ食えもしないじゃない。そんなもののために魔物退治をしてるなんて、おかしいんじゃないの?」
サラの言葉に、クレアはショックを受け、その場に硬直して動かなくなった。
「そうだよ、世の中、お金よぉ! お金を貯めて、素敵なドレスやアクセサリーをいっぱい買うの! そうして、お金持ちの王子様に見初められて、マリリン、結婚してお姫様になるのぉ~!」
マリリンは、きゃっきゃはしゃいでいた。
ケインもカイルも、青ざめた顔で、引いていた。
「……てことで、私たちは、あんたたちとは手を組まないわ。今回は見逃してあげるけど、今度会った時は、商売敵として容赦しないから、覚悟なさいよ」
サラは、威圧的に一行を見下した。
「そぉ~よぉ~、マリリンたちぃ、すっごく強いんだからぁ、あんまりナメないことね~」
マリリンもブリブリしながら続く。
「覚悟するのは、そっちだわ」
腕組みをしたマリスは、いつもの不適な笑いを浮かべる。
「そうよ、正義をバカにするなんて、人として許せないわ!」
クレアも、キッと二人を睨む。
四人の女たちの間では、今や火花が飛び散っていた。
ミュミュも、ヴァルドリューズに、ぴとっと、くっつきながら、例の二人を睨んでいるが、男達にとっては、実に、どうでもよかった。
「マリリンちゃん、引き上げるわよ」
「うん、スーちゃん」
マントを翻し、ぷいっと、彼らとは反対方向に歩き出した二人であったが、すぐに戻ってくる。
「ウマ一頭くらい、譲ってくれてもいいんじゃなくて?」
スーは、両手を腰に当て、威張って言った。
この荒れ地を歩いて行こうなどとは、自殺行為に等しいと言えた。自分たちの命にかかわることでもあるというそんな時でも、やはりスーは高飛車なのだった。
またケンカにならないうちに、ケインは乗っていたウマを下りて、譲った。
「お礼は言わないわよ」
サラとマリリンは、さっさとウマに跨がると、土煙を上げて、ものすごい勢いで行ってしまった。
「まったく、なんて人たちなの? あれが人にものを頼む時の態度かしら? お礼も言わないし」
「そうだよ、ケインも、なんであんなヤツらに、すんなりウマを引き渡しちゃったのさ? あんなの、ほっとけばいいのにさー!」
クレアとミュミュは、目を吊り上げて、ぷりぷり怒る。
ケインは、カイルのウマに乗せてもらおうと向かうと、マリスが言った。
「あたしがそっちに移るわ。男二人の体重は、ウマにはキツいわ。ケインは、あたしのウマにクレアと乗ってあげて」
あれほどのケンカ(?)の後ではあったが、彼女は、もういつもの表情に戻っていた。
ウマの綱をケインに預け、カイルのウマに乗る。
ケインも、クレアの後ろに乗り、偵察の時に見つけた、草の生えた場所目指して進んだ。
口にこそ出さなかったが、出来れば、この先、あの妙な二人組とは、会わずに済ませたいものだと、誰もが思っていた。
「……なんでいるのよ」
カイルと同じウマの上で、マリスが呆れた声を出した。
「だぁって、マリリンの水晶も、こっちだって言ってるんだも~ん」
例の女剣士と少女魔道士が、一行とウマを並べていた。
ケインの譲った一頭に、マリリンと、その後ろにはスーが乗っている。
マリリンは、首から下げた、てのひらサイズの水晶球のネックレスを、自慢気に揺らせてみせた。
「そっちがマネしてるんじゃないの?」
長身の美人剣士が言う。
「じょーだんじゃないわよ! あんたたち、淋しいんなら、素直にそう言ったら?」
「淋しいだなんて、見損なわないでちょうだい! 私たちは、そんなことで、会いたくもないあんたたちに、我慢してまでも、こうして追いかけてきたわけじゃないんだからね!」
サラが、つんけんしながら、マリスに言い返す。
「まっ、やっぱり、私たちの後をつけて来たんだわ!」
馬上で、ケインの前に乗っているクレアが、嫌そうな顔を向け、小声でケインに言った。
「あんたたち、不思議な飴を持ってるでしょう? ちょっとくらい、くれたっていいんじゃなくて?」
馬上で、スーが手に腰を当てた。
(ああ、おなか空いてたんだな……)
ケインは、目を丸くしていた。
「マリリンのクリスタルが言ってたよお。体力回復出来る飴なんだってねぇ? どんな味なのぉ~?」
マリリンが人差し指を、物欲しそうにくわえている。
「……腹が減ったんなら、そう言いなさいよ……」
呆れて怒る気力もおこらなかったマリスが、いくらかうなだれて言った。
「それよりも、きみたち、この先には、何があるか知らないか? 砂漠で魔物が出たとか、そういう噂とか聞かないか?」
ケインが尋ねると、スーが手を腰に当て直し、踏ん反り返った。
「ほーっほほほ! そんなこと、この私が知るわけないでしょう!」
「えへっ、マリリン、知ってるよぉ。だけど、賞金取られちゃうから、教えてあげなぁ~い!」
マリリンは、にっこり笑った。
賞金目当てでないことは知らせてあるにもかかわらず、同業者でライバルだと思っている一行に対して、すんなり情報を提供する彼女たちではなかった。
「ほら」
諦めたように、飴玉を別の小袋にいくつか移し、マリスがそれを渡そうと手を伸ばす。
「ほーっほほほ! 礼は言わないわよ!」
サラは、ひったくるようにして小袋を奪うと、二人の乗ったウマは、土煙を上げて、素早く遠ざかっていった。
「あぁ~ん、サラちゃぁ~ん、マリリンにも早くちょうだぁ~い!」
「うるさいわね! 今開けてるんでしょ!」
二人の会話は、微かに、それだけ、一行に聞き取れた。
今後ちょこちょこ登場する二人組です。