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Dragon Sword Saga3『砂漠の謎』  作者: かがみ透
第Ⅶ話 時空の歪(ひず)みと辺境
18/19

地上への脱出!

 ヴァルドリューズが、草の上に座り、目を閉じている。精神を統一し、ミュミュと

カイルの居場所を探っているのだ。

 彼にとっては、ミュミュの気配は探知しやすく、魔力ゼロのカイルは、彼の魔法剣

の魔力を辿るということだった。

「どうやら、ミュミュとカイルは一緒にいるらしい。おそらく、彼らは、今、地上に

いる」

 地中に埋没した帝国跡を、探し回っている最中に、ヴァルドリューズが、地上から

僅かにミュミュの羽音が聞こえたというので、五人は、地上へ脱出作戦を立てること

にした。

「マリス」

 (しお)れたようになっているマリスを、ヴァルドリューズは呼び寄せ、耳打ちす

る。マリスは、時々頷いていた。

「サンダガー、今のあなたの力で、そこの『次元の穴』を塞げるか? 」

 ヴァルドリューズが尋ねる。

 重なり合った時空の歪みから、砂漠に出現していた次元の穴を見つけるのは、地上

にいた時よりも容易(たやす)かった。

「さあな。本来の俺様ならわけないが、今は、『ヒト並み』だからな」

 身体の大きさも能力も、人間並みだという獣神は、両手を腰に当てて返した。

 出来ないことでも、堂々と威張って言うのが神の尊厳だとでも言わんばかりである。

「では、少しだけ、あなたの魔力を解放する。それくらいは、今の私にも出来そうなので」

 ピクッと、サンダガーの眉が動く。

「ほほう、俺様の能力(ちから)を? その次元の穴を塞げば、地上に出られるっての

か? 」

「おそらく」

「待ってください! 」

 クレアが進み出た。

「私、ヴァルドリューズさんから頂いた魔道書を、無くしてしまったんです。もう

少し、探してみてからでもいいでしょうか? 」

「けっ! 散々探したけど、見つからなかったじゃねえか。魔道書なんかに頼んなく

たって、魔法くらい使えるようになれよ」

「そ、それはそうだけど……あの魔道書は、ただの魔道書ではなくて、今は、もう

この世に一冊しかないという、チャール・ダパゴの魔道書なの。それも、ヴァルド

リューズさんが、私の勉強のために、苦労して手に入れてくださったのだから」

 クレアとサンダガーがにらみ合う。

「クレア、悪いが、あきらめてくれ。魔道書なら、他のものも出ている。そのうち、

また手に入れる」

 ヴァルドリューズにそう言われ、彼女は引き下がったが、後ろ髪を引かれる思いで

いるには違いなかった。

「俺のバスターブレードは、マリスが見つけてくれたから、助かったよ。下手したら、

捕まって、処刑されてたかも知れないのに、俺の剣、一生懸命取り返してくれたもん

な。ありがとな」

 ケインは、素直に感謝の気持ちを表した。

「別に、あたしは、命張って、ケインの剣を取り戻そうとしたわけじゃないんだから。

みすみす捕まる気なんて全然なかったわよ。連行されてる最中に、どっかで剣奪って、

暴れてやるって思ってたんだから」

 マリスは、ツンとそっぽを向いた。

 そんな彼女の頬が、うっすら紅潮しているのを見付け、照れ隠しだとわかる。

 どこか可愛らしいその様子は、演技――武遊浮術の愛技ではないと、彼には思えた。

「素直じゃないなぁ。お前、もうちょっと本心出した方がいいんじゃないの? せめ

て、王子に会っておけば良かったのに」

「よけーなお世話よ」

 あえて、怒ったように眉を吊り上げたマリスは、憎々し気にケインを睨むと、ぷい

っと獣神の方へ向かった。

(マリスが否定しようがなんだろうが、あの時、彼女は、確かに俺のバスターブレー

ドに対する思いを理解してくれていた。もし、ただの伝説の剣だったとしたら、あそ

こまで取り返そうとはしてくれなかったかも知れない)


『巨人族に取られちゃうことより、形見がなくなっちゃうことの方が辛いじゃない? 』


(あの言葉が、嬉しかったんだ! )

 いつか、バスターブレードの持ち主だったレオンのことを話そうと、ケインは思っ

た。

 サンダガーに命令しているマリスの、不機嫌そうな横顔を見つめながら、ケインは、

心の中で語りかけた。

(いつか、ホントに全部片付いたら、ベアトリクスに行って、お前を王子のもとへ

送り届けるから。それまで、俺は、お前の剣になろう。お前の戦いでは、必ず頼りに

なる剣に、すべてを任せられる剣になってやる! )

 ……と、我ながら、格好いいことを思いついたのはいいが、同時に、彼女の無鉄砲

な戦い方についていけるのか、という不安が、すぐさま湧き上ったのだった。


「それじゃあ、いくぜー! 」

 サンダガーは元気一杯、不気味な空間の中に出来た次元の穴の前に、仁王立ちに

なった。

「時空の歪みの影響で、次元の穴がまた移動してしまうかも知れない。なるべく、

短く決めてくれ」

「わかってるぜ」

 ヴァルドリューズには、サンダガーが首だけ向けて頷いた。

 まずは、ヴァルドリューズが、サンダガーの力を少しだけ解放するということだ。

 彼の掌からは、白い湯気のようなものが沸いて出て、それを獣神に浴びせている。

「よーし、なんか元気が出てきたぜー! 」

 サンダガーは、両方の掌を、時空の合間に見える、ぽっかりと開いた、ヒトが通れ

るほどの黒い穴――次元の穴――に翳した。

 その掌からは、バチッ、バチッと、電気のようなものが走り始めたのだった。

 それがまるでどこからともなく集まってくるように、次第に大きな放電となって

いくと、やがて、ヒトの頭ほどもある大きな光の球を中心に、かなり広範囲に及ぶ

放電が起こる。

 ヴァルドリューズは既に獣神に湯気を注ぐのをやめ、ケインたちのところへ行き、

皆、身体を寄せ合った。

「頑張って、サンダガー! あなたなら出来るわ! 」

 マリスが応援する。

「そうよ、頑張って! こんなことは、あなたにしか出来ないわ! 」

 クレアも一緒に叫ぶ。

 なんだかわざとらしく聞こえたケインであったが、獣神の方はまんざらでもなさ

そうに、薄ら笑いを浮かべていた。

「よーし、そろそろいいだろう! 」

 既に、彼の身体の半分ほどにまで膨らんだ電光の球は、びりびりと音を立て、風ま

でもが、荒々しく吹き荒れる。

 ヴァルドリューズが、彼らの周りに、緑色の薄い膜を張る。

「くらえっ! 」

 獣神が球を発射させた。光の球は、バチバチと放電したまま、次元の穴に突進した。

 強い光の乱射と暴風が巻き起こる! 

 ヒトサイズのサンダガーとはいえ、ヴァルドリューズの防御結界がなければ人間

などは吹き飛ばされていたに違いない。


「はーっはっはっはっ! 俺は、この瞬間を待っていた! 今こそ、地上で大暴れ

してやるぜーっ! 」

 サンダガーが、揺らめく空間の中で、そう言っているのをケインは聞いた。

「なんてヤツだ! それを狙って、わざとヴァルに、ちょっとだけ術を解かせたの

か!? 」

 やはり、彼は邪神なのか!? そうケインが思っていると――


 ごおおおおおおおおお! 


 光球の攻撃を受けた次元の穴が、みるみる縮んでいく。

 その縮んだ中に、根っこごと抜けた草や木、巨大な岩までもが、勢いよく転がり

込んでいった。

「うぎゃあああああああ! なんだこりゃああああ! 」

 獣神の身体までもが、そこに吸い込まれかけた。

「マリス、ヴァルドリューズ! て、てめえら、またハカリやがったな!? 」

「あんたの考えることなんか、最初っからお見通しよ! 人間界を暴走しようったっ

て、そうはさせないわ。その勢いに任せて時空を通って、さっさと自分の巣にお帰

り! 」

 マリスが勝ち誇ったように言い放った。

「ちくしょう! 覚えてやがれー! 」

 いつもの捨て台詞を吐き、サンダガーの姿は見えなくなってしまった。

 と同時に、地響きが起きる。

 結界の中にいる彼らにも、充分伝わる。


 ぼごわあっ! 


 彼らの立つ草むらの地面の底から、異様な音がすると、ヴァルドリューズの結界は、

地面から浮き上がり、丸い級の形へ変化していった。


「どんどん上昇してるわ! 」

 クレアが、結界の外を指し示す。

 彼女の言う通り、それまでいた砂漠の地下――失われた帝国の、白い迷路のような

壁、草原などが、いっぺんに抜け、舞い上がっているのだった! 

「次元の穴が消滅したことによって、砂漠の土地が、元に戻っているのだ」

 外から響く轟音で遮られがちではあったが、ヴァルドリューズの隣にいるケインに

は、彼の説明が聞き取れた。

 まさに、埋没していた土地は、もとあった高さのところまで上昇しようとしていこ

うとするのだった。



 結界である緑の膜は解かれ、白い石の遺跡が、砂漠の上に忽然(こつぜん)と姿を

現していた。

 ケインたちが歩いていた時は暗くてよく見えなかった天井もあり、それを支える

円柱もあり、ところどころ破損してはいるものの、もとは立派な美しい神殿であった

ことは一目瞭然であった。

 彼らから見ても、数百年以上も前に建てられたことは想像がつく、古い様式で造ら

れた、白い石の神殿であった。

「なんて綺麗な……! 」

 思わず、クレアが呟いた。

 クレアとケインが歩き回っていた白い壁は、神殿と少し離れたところに現れていて、

町の面影がある。

「迷路みたいに、壁であちこち仕切られてたのは、こうして見ると、人が住んでいた

家の仕切りだったのかも知れないな」

 ケインの言葉に、クレアが頷いた。

 砂漠に突如現れた、地下に埋もれていた古代の建物の数々は、容赦なく照りつける

火の光に照らされ、思わず、解けてしまうのではないかという気にさせる。

「……サンダガーは? 」

 マリスの額に手をかざしてから、ヴァルドリューズが、ケイン、クレアに答えた。

「もとに戻ったらしい」

「どうやら、あいつ、脳ミソまでヒトサイズになってたらしいわね」

 マリスがころころと笑った。

「神を(あざむ)くとは……! (おだ)てて(だま)して、次元の穴だけ塞がせて、

もう怒って出て来てくれなくなっちゃわないか? 」

「さあ、どうかしらね」

 心配になったケインであったが、マリスは大して気にも留めていないようだった。

「ひえー、なんだこりゃあ? 随分とまた馬鹿デカイもん持って来ちゃったなあ! 」

「カイル!? 」

 いきなり天から舞い降りてきた、金髪傭兵が、肩に小さな妖精を乗せて、着地した。

「無事だったか! 」

「おう! 」

 僅か半日あまりであったが、ケインとカイルはじゃれ合って再会を楽しむ。

 ミュミュは二人の周りをしばらく飛んでから、ヴァルドリューズに頬を擦り寄せた。

「そうだ、クレア、落としモンだぞ」

 そう言いながら、カイルが、服の中から、古びた本を取り出す。

「こ、これは……! チャール・ダパゴの魔道書!? 」

 マリス、ケインも、クレアの声に驚き、彼女の手元を覗き込む。

「どうやって、これを? 」

 クレアが、カイルを見上げた。

 大事な魔道書が見つかり、喜ぶ前に、驚きの方が強いようだ。

「地割れに巻き込まれた時に、俺の近くに飛んで来たから、慌てて取っといたんだよ。

大事なモンだったんだろ、それ? 

 ついでに、ミュミュも近くにいたから、必死で掴んだんだ。ほら、こいついれば、

どこでもいけるじゃん? はぐれちゃっても、みんなのことも探せるしさ」

 カイルが、にこにこと微笑みながら説明する。

「カイルってば、乱暴にミュミュのこと掴んだんだよ。ミュミュ、とっても痛かった

の」

 ミュミュは、両隣にいるケインとヴァルドリューズとに、耳打ちした。

「ありがとう……! 」

 クレアは魔道書を大事そうに抱きしめ、瞳を潤ませた。

 カイルは、得意そうに笑ってみせる。

「それはいいとして、……あんた、随分さっぱりしてない? 」

 マリスが、カイルに顔を近付けて言った。

「ああ、俺たち、この先の村まで行って、一風呂浴びさせてもらってたんだ」

「なんですってぇ? 」

 ピクッときた彼らの心の動きを代表して、マリスがカイルの襟元を掴んだ。

「どーゆーことよ? 」

「私たち、あなたたちのこと必死で探したのよ? 魔道書を預かってくれて、本当に

感謝してるけど、私たちのことを探してくれようともせずに、悠長にお風呂なんかに

入ってたっていうの!? 」

 クレアもマリスと並び、背後に精神的炎を燃え上がらせた。

「えっ!? いや、そんなことないよ! さ、探したよ、俺たちだって。なあ、ミュ

ミュ? 」

 カイルが尻込みしながら、ミュミュに訴える。

 ミュミュは、ヴァルドリューズの肩に座り、こくこく頷いた。

「ミュミュが『お兄ちゃんたち探そう』って言ったら、カイルが『じゃあ、俺はお姉

ちゃんたち探す』とか言って、村に連れてけって言った」

「わーっ! バカッ! なんてこと言うんだ! 」

 ケインが溜め息を吐く。

「お姉ちゃんたち……」

 マリスとクレアは、三白眼でカイルを睨む。

「あんた、まさか……お風呂入って、綺麗になって、ついでに綺麗なお姉ちゃんたち

と、遊んでたんじゃないでしょーねー!? 」

「私たちのことを探しもしないで、よくもそんなことを……! 」

「なっ、なんにもしてないってば! 綺麗なお姉ちゃんなんか、あの村にはいなかっ

たしさ」

「そーゆー問題じゃないっ! 」

「わあっ! 」

 カイルは、二人に攻撃されていた。

 ぎゃあぎゃあと騒々しい場所から遠のいたケインとヴァルドリューズは、しばらく

ぼーっと立っていた。

 そんな中、ケインが切り出した。

「あの時、なんでマリスのこと、連れ戻さなかった? 」

 彼は、まだ完全には信用し切っていない目で、ヴァルドリューズを見た。

 対するヴァルドリューズは、暑い日差しの下であるにもかかわらず、涼し気な目を、

彼に向けていた。

「マリスが、もし、セルフィス王子に会いに行ってしまったら、サンダガーの召喚も、

ゴールダヌスの使命も――もしかしたら、魔王が降臨してきても倒す手段が何もなく

なるかも知れなかったっていうのに、なぜ止めなかった? 」

 それが、今回の彼の行動で、ケインには不可解に思えた。

 降臨した魔王と対決するかまではわからないが、ゴールダヌスの計画は、マリス

抜きでは考えられないもののはず。

 ゴールダヌス派ではないというヴァルドリューズは、もしかすると、それを成し

遂げまいとしているのかも知れない、とケインは疑問を抱いていたのだった。

「私には、彼女を連れ戻すほどの魔力はなかったのだ」

 意外な返事であった。

「それなら、もっと早く俺に命じることだって、出来たはずだろ? 」

 ヴァルドリューズは、少し置いてから、答えた。

「彼女が、王子に会っても、いいと思ったのだ。彼に会うことによって、自分のいた

場所へ帰りたくなってもいいと――戦いから足を洗おうと決めてもいい、とすら思っ

た」

 ケインの深い青い瞳が、ヴァルドリューズの碧い瞳を、じっと見据えるが、本心か

らかどうか、それだけではわからない。

「彼女が戦いから引けば、ゴールダヌスの計画とやらは達成出来ないだろう。むしろ、

そうなった方がいいっていうのか? 」

 ミュミュがぱたぱたっと、ケインの前に飛んできて、頬を膨らませた顔で睨んだ。

「ケイン、ヴァルのお兄ちゃんのこと、疑ってるのっ!? お兄ちゃんは、ちゃんと

世界のことも、マリスのことも、考えてるよ。なのに、ひどいよー! 」

「ミュミュ」

 ヴァルドリューズは、やさしく手でミュミュを制した。

「ゴールダヌス殿の計画を達成させるのは、マリスの使命であると共に、私の使命だ。

額のこのカシスルビーが証拠だ。これがついている限り、使いの魔道士は、その主人

に絶対服従を誓うのだ。そういうものだ。

 同時に、マリスは、いずれ、ベアトリクスに帰るべき人間なのだ。それも、私の

受けた指令でもある。だが、それは『いずれ』であって、『今』ではない」

「『今』じゃないと思うんだったら、なおさら、なんでマリスが戦いから抜けても

いいなんて思ったんだ? 」

 ケインの質問に、彼は、一瞬、瞳を揺らせた。


「それは、……マリスを、かわいいと思うからだ」


 すざざざーっ! 


 ケインは、思い切り、後退っていた。

「か、かわいい? マリスが? ……お前が? 」

 予想外の言葉に、ケインはしばらく混乱していた。

 気が付くと、ミュミュが「こらー、ケイン! 失礼だぞー! お兄ちゃんだって、

人間なんだぞー! 」といいながら、ケインの頭をポカポカ殴っていた。

「以前、お前に言われたように、一年も一緒に行動していれば情も湧く。始めのうち

は、彼女のことは扱い慣れず、随分苦労したものだが、今では、それほどでもなくな

った」

 そう打ち明けたヴァルドリューズの瞳は、いくらか和んでいる。

「お前にしてみれば、ミュミュはかわいい存在だろう? それと同じことだ」

「そ、そうか。なるほど、ミュミュみたいな……。世話は焼けるけど、放っておけな

い感じの。女としてかわいいっていうより、コドモとか、ペットみたいな……そっか、

そういうことかぁ! 」

「ミュミュは、ペットなんかじゃないでしょー! 」

 ミュミュがケインの頭の上に乗っかり、髪をぐしゃぐしゃにする。

「それじゃあ、……信じていいんだな? お前のこと」

 上目遣いに、ケインがヴァルドリューズを見る。

「それは、お前の勝手だが、……私は、お前を信じている」

 そう言ったヴァルドリューズの碧眼は、どこかやさしく、どこかからかうようにも

見える、不思議な色合いに輝いていた。

 その端正な顔立ちも、さらっとなびいた黒髪も、彼の(まと)う東方系の神秘的な

雰囲気も手伝って、男のケインでさえ、しばらく見蕩(みと)れてしまうほどであった。

(ずるい。こいつって、結構、ヒトを味方に引き込むの、苦手なようで、うまいかも

……? )

 ちょっとだけ、彼のことを信じてみようかという気になった、ケインであった。



エピローグ


「なんか、ダグラはいなくなっちゃったけど、村まではもう少しなのよね? それ

じゃあ、出発! 」

 マリスが、元気よく拳を上げかけるが、

「あっ、そうだわ。その前に、せっかくだから、散々世話になったこの砂漠に名前を

付けましょう! 」

「はあ、名前ねえ……」

 彼女の思いつきに、皆、顔を見合わせる。

「だって、今まで地図にも表記できないところで、埋没してた国だって、こうして

遺跡となって現れてるわけだし。そういうのって、大抵、発見者が名付けるもので

しょう? 」

 マリスは、自分の思い付きに酔いしれ、うっとりと、白く輝く石壁を、見回して

いた。

「正義の白い騎士マリユス・ミラー命名――いいえ、歴史に名を残すんだったら、

本名の方がいいかしらね」

 こほんと咳払いをし、彼女は言い直した。

「正義の白い騎士マリス・アル・ティアナ命名、この砂漠の名は……」

「ちょっと待てよ」

 カイルが手で制した。

「もう、名前掘られてるぜ」

「なんですって? 」

 カイルが壁の一部を指差した。


 『この神殿を、「獣神サンダガーの神殿」と定める。

 これが存在している砂漠は、「ポペの砂漠」と命名する。

 変更したヤツは死ぬ。』


 誰が掘ったものかは、一目瞭然である。

「なんなのー? このラクガキはーっ!? あいつ、このあたしを出し抜きやがった

わねーっ! 」

 自分のことは棚に上げ、マリスは怒り出した。

「ふざけた名前つけちゃって! なにが『ポペの砂漠』よ! ネーミングにセンスの

カケラもないわ! 」

「案外、お前といい勝負じゃないか? 」

 思わず漏らした言葉を聞き逃さなかったマリスは、ケインをじろっと睨んだ。

「『変更したら死ぬ』だって。不吉だよなー」

「ほんと。これが、神様の考えることかしらね? 」

 カイルとクレアも、ほとほと呆れていた。

 そのタイミングで、ケインの服のポケットで何かが震え出した。

「どうしたのよ? 」

 マリスが、まだ機嫌の悪い顔で、ケインの手元を覗き込んだ。

 バヤジッドからもらったペンダントが握られている。

 ペンダントを開けると、彼の肖像画が、ぼわーっと実写に移り変わっていった。

「皆さん、こんにちは! お久しぶりです! といっても、まだほんの十日足らず

ですけど」

 元気のいいヒト離れした声がしていた。

 彼は、木の枝分かれしている手で、身振り手振りを交えながら、黒いフード姿で、

ペラペラと喋っていた。

「魔力を妨害する時空の歪みがなくなったおかげで、また交信ができるようになった

ようだな」

 横から、ヴァルドリューズが言った。

「このペンダントって、向こうからの受信機能もあるのか。しかも、バイブ!? 」

 ケインを始め、皆も感心するというより、驚いた。

「いくら交信を試みても、どういうわけか、なかなか出来なかったものですから、

心配しちゃって……。皆さん、大丈夫でしたか? 」

「おう! いろいろあって大変だったけどさ、もう大丈夫だぜ! 」

 バヤジッドに、カイルが笑顔で答えた。

「時空が入り組んじゃってて、それで、魔力が遮断されてたらしいんだ」

 ケインが付け加える。

「そうでしたが……。なるほど、そういうこともあるのですねえ。……ああ、なるほ

ど、そういうことでしたか」

 彼は、同じことを繰り返したのち、納得したのか、両手をポンと打った。

「それで、あのー、……私のハトは、そちらに届いたでしょうか? 」

 木の魔道士は、遠慮がちに切り出した。

 その言葉で、一行は、オアシスを出る時、食料も何もかもが全部揃った後に、彼の

ハトが栄養の飴を運んできてくれたことを思い出す。

「そういう事情では、皆さんが、いくら私にお礼の連絡を取りたくとも出来なかった

わけですね。いやあ、飴が届いたのかどうか、ずっと心配だったのですが、そういう

ことならわかりました。とんだ災難でしたね」

「あ、ああ」

 彼らは、曖昧に笑っていた。誰も、彼に礼を言おうなどとは思い付かなかったのだ

った。飴をもらったことすら、その場から忘れ去っていたのだから。

「あの、お礼が遅くなって、申し訳ありませんが、本当に、ありがとうございました。

あの飴があって、私たち、非常に助かりました」

 クレアが、バヤジッドの顔色を伺うように、笑いかけながら、言った。

「そうですか、そうですか! 今はもう在庫がないんですけど、お気に召したのなら

ば、作り次第、またそちらにお届け致しましょうか? 」

 バヤジッドは、嬉しそうな声を上げるが、一行は、顔を見合わせた。

「まだ余ってるし、幸い、近くに村もあって、食料には当分困らないと思うから、

しばらくは大丈夫だわ」

 マリスが作り笑いで答えた。

 満腹感が得られず、彼女に限らず、皆にも、あの飴は物足りなかったのだった。

「そうですか。それでは、また何かあった時にでも。

 ……ああ、そうそう。皆さんが紅通りを整理して下さってからというもの、治安が

良くなったおかげで、観光客が増えてきましてね、国内はおろか、なんだか近隣の国

からも注目されてるみたいでして。もしかしたら、これからフェルディナンドは景気

が良くなるかも知れませんよ」

 彼は、嬉々として喋っていた。

(だけど、あそこって、ニセ物ばかり売ってなかったっけ? 大丈夫なのか? )

 ケインを始め、皆、少々心配にはなった。

「それから、フェルディナンドの宮廷魔道士の代表が、魔道士参謀のダミアス様に、

お礼のために、改めてアストーレを訪問するそうです。皇后陛下もご一緒で、しばら

くはアストーレにご滞在なさるようです。多分、こちらは、アストーレの第三王女

アイリス様の花嫁修業もあるのではないかと思われます。もちろん、これは、私の

密かな見解ですが、もしかしたら、姉君である皇后陛下が、王女殿下の花婿を、ぱっ

ぱとお決めになってしまうかも知れませんね。私と致しましては……」

 そこで、マリスの手が、ケインの手の中にあるペンダントの蓋を伏せた。

(俺を気遣ってる? そんな必要ないのに……)

 ケインは無言でマリスを見つめた。

「しかし、モンスコールは野蛮だし、デロスは第一王子なので婿には向かないし、

そもそも決闘の結果、結婚しないと約束されてるし……」

 バヤジッドは、閉じられたことに気付きもせず、喋り続けているが、声はフェイド

アウトしていき、やがて消えていった。

「中原は、相変わらず、のんびりやってるみたいね。ま、あたしたちとは住む世界が

違うのよ。勝手にやらせておきましょう」

(『住む世界が違う』って、もともとは、お前だって『そっちの人間』だったんじゃ

ないか)

 何気なくそう言ったマリスに、ケインは思わず、くすっと笑いを漏らした。

(たいしたもんだよ、王女のくせに)

「なに笑ってるのよ? 」

 マリスが眉をひそめて、ケインを見る。

「いや、マリスって、やっぱ変わってるなぁって、思って」

「失礼ね。そんなこと言うの、ケインだけだわ」

 マリスは少しだけ頬を膨らませた。だが、それほど嫌そうではなかった。


 魔力を妨害するものはなくなったことで、ヴァルドリューズの空間移動術が使える

ようになった。

 一行が一カ所に集まると、周りには、見慣れた薄い緑色の結界が張られていく。

 カイルとミュミュが一足先に訪れた村を目指し、彼らは、新たな気持ちで繰り出し

たのだった。


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