とある雑貨店の話。
その店は、狭い通路の先にあった。
知る人ぞ知る、小さな小さな雑貨店。
其処で売られているのは、他では置かれていない珍しい物ばかり。
昼間でも薄暗い店内は、人の気配がほとんど感じられない。
店主の茜は、いつも暇そうにカウンターで分厚い本を読んでいる。
滅多に客が来ないのに、果たして儲かっているのか?
そんな素朴な疑問が湧いてしまう。
しかし今現在未だに店は開いているのだから、きっとある程度の利益は得ているに違いない。
或いは、全くの趣味で店を開けているのかも知れない。
「―こんにちは」
僕は意を決して、茜さんに話し掛けた。
「……こんにちは」
すると茜さんは読んでいた本から少しだけ目を離して、ぺこりと軽く頭を下げてくれた。
―これが、僕と茜さんのファースト・コンタクトだった。
それからというもの、僕は毎日のようにその雑貨店を覗きに来ていた。
「こんにちは、茜さん」
「…またお前か」
そうして決まって店の奥にいる茜さんと、少しの間世間話を繰り広げる。
茜さんは素っ気ないけど、僕の話をきちんと聞いてくれる。
そんな茜さんが、僕は大好きで。
そして、彼女も満更でもないようで。
「―ねぇ茜さん。僕、考えたんですけど」
だから僕は、少しだけ意地悪な台詞を言う。
「?何だ?」
彼女は不思議そうに顔を上げる。
それに合わせて、僕はにこりと微笑む。
―そして。
「―僕、今求職中なんです。何でもしますから、雇ってもらえませんか?」
彼女は驚いて、小さく息を吸う。
そして少しだけ考えてから、こう返すんだ。
頬を少し染めて、
「…好きにしろ」
…って。
「はい」
僕はそんな彼女に応えるように、もう一度笑う。
今はまだ、恋人未満な淡い関係。
でもこんな関係も、悪くないから。
「よろしくお願いします、茜さん」
一人から二人になった、小さな雑貨店。
今日も静かに、けれど温かな空間を醸し出している。
「いらっしゃいませ!」
―ほら、今日扉を開ければ、其処には。