ケーキの初恋
真っ白なコック姿の彼は、いつも忙しそうに厨房と店内とを行き来していた。
すれ違った時ふわりと香るのは、いつも甘いお菓子の香り。
彼の手から生み出されたスイーツの数々はどれも美味しそうで、いつもどれにしようか迷ってしまう。
繊細に細部まで凝って創られたそれらは、最早芸術品。
食べるのが勿体なくて、箱から出したらしばらく眺めることにしている。
彼の大きな手のひらから生み出される、小さな宝石達。
それを毎日日替わりで買うのが、いつしか日課になってしまった。
毎日毎日、仕事終わりに少しの寄り道。
小さなその洋菓子店が、いつしかなくてはならない大切な場所になった。
彼と話すのは、いつも事務的な会話だけ。
でも、それだけで満足だった。
一年、二年と通い詰めて、やがて少しずつ世間話をするようになった。
始めは些細な日常話。
段々親しげに、プライベートな話まで。
―そしていつだっただろう?
彼は会うと笑い掛けてくれるようになっていた。
それはまるでケーキのように、甘い微笑み。
それを見る度に、胸の奥がきゅん、と切なくなる。
―ああ、この気持ちは一体、何なんだろう?
その答えを、彼はまだ知らない。