只今漂流中。
気付くと僕は、ただぼんやりと空を漂っていた。
ふわふわと何処か頼りなく、けれど不思議と心地いい。
でも僕は自分が何故こんなことになったのか、皆目検討もつかない。
第一、こうなる以前のことを、全くもって覚えていなかった。
まるで今しがた生まれたばかりのようで、でもそれにしては色んなことを知っていた。
僕はきっと、記憶喪失というヤツなのだろう。
そう冷静に判断して、状況を整理してみることにする。
…とは言っても、今僕にわかることは、自分が空を漂っていることだけだ。
それ以上も、それ以下もない。
これじゃ結局、全然わからないじゃないか。
状況は全く変わっていない。
…そうだ、周りの景色を見てみるのはどうだろう?
何か手掛かりになるものがあるかも知れない。
僕は出来る限り、辺りを見回した。
するとどうだろう?
僕の遥か下方に、一件の家が見えた。
赤い屋根が特徴的な一戸建てだ。
家の周りには広い芝生が広がっていて、牛や羊が放牧されている。
どうやら牧場のようだ。
もう少し詳しく見たくなって、僕は其処へ近付いてゆく。
すると牧場の片隅に、犬を連れて歩く人の姿が見えた。
―あの人なら、僕のことを何か知ってるんじゃないだろうか?
そう考えて、僕はその人に話し掛けようと、更に近付いていった。
「…おや?今日は随分と雲が近いなぁ」
いつものように家畜の世話をしていた男は、びゅう、と強めに吹いた風に、被っていた帽子を押さえた。
ふと見上げた空。
真っ白な入道雲が、いつもより近く感じられた。