Private aqua Room
一緒に出掛けてくれる?
日曜日に?
…自惚れるな自分、きっと夕飯の買い出しとかだ。
橘と遊びに行けるなんて、幻想に決まってる。
期待するだけ無駄だわ。
わはははは。
そんな事を3日前の私は思っていたわけで、現在進行形の私がどこにいるか予想できなかった。
in水族館。
傍らに橘。
幻想だわよ、橘が私とデートまがいの外出をしてくれるなんて。きっと親が子供を連れていくみたいな感覚なんだろうね。
でも――海に沈む太陽を砂浜から眺めたり、非常に穏やかな時間を過ごして今は7時過ぎくらい。
夜の水族館は見渡せばカップルばかりだった。
私と橘はそーいう関係でもなく、ただ主と世話人という立場であるから館内にうようよいるカップルが妬ましかったり羨ましかったりするわけで――
でもこんな感じの環境にいて時間をゆったり過ごしているんだから、そんな気分になってしまう。
私達ってはたから見たらカップルだよね?
傍らでイルカを眺めている橘にそう尋ねようとした――が、ふと我に返る。見上げるつもりが、俯いた。
わはははは、結局自惚れてるじゃない自分。カップルじゃないのに、契約上の関係なのにね。周りの人なんか他人を気にする余裕なんてないわよね好きな人と一緒にいるんだもん。他人を気にする余裕のある私とは違うんだもん。あーあなんかもう期待させないでよバーカバーカ。
ぼーっとイルカを見つめる橘は私がこんなに複雑な心境なのにきっと気づいていない。その綺麗な顔の滑らかなほっぺたをつねってやりたい。
私はこんなに橘に期待してるのにーって。ほっぺたをつねられるなんて期待してないでしょ?私も橘となにもない事を期待してないのよーって言いたかった。
――でも、できない。
勝手に隔たりを造ってるのは自分なんだけど。自分で造った隔たりなのに、後悔してるんだもん。バカバカしいわよ自分が。あーバカバカ。気づけよバーカ、朴念仁め、なんでも出来る癖になんで私の気持ちは読み取れないのよバーカバーカ。
心の中で悪態をついていると、ふと、橘が肩を抱き寄せた。そんなことを予想しなかった私は盛大に橘によろける。私は文句を言おうと首をねじって橘を見上げる。端正な彼の、長い前髪に陰る瞳が見えた。
――バカバカ言う自分がバカだった。
橘の目は、いつもの目とは違う。なんとなく――真剣な目のような、そんな気がした。
すごくドキドキした。いつもの橘じゃない気がしてしまう。
絶対に今の自分の気持ちはばれたくない。
さっきとは反対の事を考えながら私は橘の目を見つめた。
視線がかちあう。やっぱり、目が違った。しかし橘はつ、と視線を外した。
「ほら、お嬢。」
そして青い水槽の中を指差した。
私は橘の指差した方向――いきなり水泡をまとってイルカが飛び込んできた。
「いま上でショーがあっているみたいです。上にいきませんか?」
飛び込んできたイルカはまた水槽から姿を消した。私は視線を水槽から周囲に移した。
確かに周りを見れば店の人くらいしかいない。上に人が集まってるのだろう。
つまり水槽前は私たちのプライベートスペースだ。
「…橘は行きたい?」
わがまま、言っていいのかな?
確かこの回で今日のイルカのショーは終わる。今行かなければ次ここに来ない限り見れない。
「お嬢にお任せしますよ。」
にっこりと笑って橘はそう言ってくれた。その言葉を橘が私のわがままを許してくれたと認識した。
私は橘の手に触れた。筋張った男性的な、でも綺麗な手だ。私はすぅっと深呼吸してから、橘に本音を打ち明けた。
「****ましょう。でも**って****して。」
橘は驚いたような目をした。しかしすぐに柔らかく微笑んで私を後から強く抱き寄せた。
「そんなお願いなら早く言ってくださいよ。喜んでさせてもらいます」
背中に感じる、橘の体温。彼の確かな熱を感じる。
――今くらいだ、橘と擬似的恋人になれるのは。
イルカのショーなんていつでも見られる。今は橘を独占したい。
「人が来たら行きますよ。いいですね、一紗」
後ろから聞こえる橘のその言葉に嬉しくなる。
うふふふふ。
苦しゅうない苦しゅうない。
「構わないわ。帰っても続けてくれる?」
その問いには、ぽんと頭に置かれた手が返事として返ってきた。
わははは。冗談で言ったのに。嬉しすぎて涙が出るわ。
イルカは上にいるカップル達を楽しませている。
そして私たちは、イルカ達によって出来たプライベートな空間にいる。
他人から見ても、自分から見ても恋人だと思われたい。本当はこんな自己満的なことは許せなかった。
でもいまはただ、こうしていたい。すごく幸せだ。
どうしよう、幸せすぎて涙出てきた。鼻の奥がツーンとする。
私は少し浮いた涙を橘に気取られないようにそっと拭った。