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一人百物語 動物編

音無

作者: 犬猫夜行
掲載日:2026/07/18


もう三十年以上も昔の話。

当時我が家では車に轢き逃げされて両目を失明した犬、龍之介を飼っていた。

しかし失明したのは龍が一歳の頃で、家の中やいつもの散歩コースなどはすっかり頭に入っていた様で、生活するには人間が心配する程不自由はしていない様だった。

異様に暑かった夏のある日。

龍は暑い日の真昼間だというのに散歩に行きたがった。

いつもならそんな時間帯には行かないのだが。

お腹でも壊してるのかと思い、龍に散歩綱を付けて連れて出た。

外はあたりがみな白く反射して見えるくらいの強烈な陽射しで、アスファルトの道路の上では陽炎までゆらゆらと踊っていた。

その中をとぼとぼと龍について歩いた。

いつもの散歩コースを。

そして気付いた。


音がまるでしない?


住宅街を歩いているというのに、コトリとも音が聞こえて来ない?

毎日、私が自宅庭先で鳥篭の掃除をしていると、鳥のエサのおこぼれ目当てに、私が外に出るとはいつもすぐに雀たちが何羽も飛んで来るのだが、その雀たちの姿も無い。

そして他の人間の姿も気配も。

自分の耳が突如聞こえなくなったのかとも思った。

しかしそうではない様だった。

唯一、龍と自分の足音は聞こえていた。

強烈な白い陽射しの中、他に動くものの気配も、音もない。


   ヤ   バ   イ


その異様さに、無条件に思った。

カンカンと真夏の焼ける様な陽射しの中にいるというのに、首や背中の毛が逆立って、ぞわりと寒けがした。

その周りの様子と、飼い主の恐怖を知ってか知らずか。

龍はスタスタと足音を響かせ、ぐいぐいと力強く綱を引いて、ただ真っ直ぐに道を歩いていた。

声を上げたり、走り出したりすると事態はもっと恐ろしい事になる様に思え、凍り付いた様になっている空気の中をただ黙って龍の後について歩いた。

そしてあるT字路の手前に来た時。

龍は足を止め、後ろを振り向いて、見えてはいない目でじぃっと何かを見つめた。

その時

ワッーーー!

と。

どこかのお宅の、テレビの音声らしき音が聞こえてきた。

当時開催されていたオリンピック中継の歓声の様だった。

目の前を、自転車に乗ったどこかのおばちゃんが通って行った。

私たちの前に何羽かの雀たちが舞い降りて来て、餌を催促した。

私は龍を見つめた。

龍も私を見上げ、尻尾を振った。

我が愛犬は。

何をどこまでわかっていたのか。

見えていない目で何を振り向いて見ていたのか。


あの、音が爆発的に復活した瞬間を

今も鮮明に覚えている。



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