第7話 邂逅 ― ふたりの茜
気づいたとき、私は、見知らぬ夜の街に立っていた。
石畳。
やわらかな灯り。
胸の奥を、そっと包み込むような、静かな空気。
――この景色。
なぜか、知っている。
初めてのはずなのに、
ずっと前から、ここに来ていたような、不思議な感覚。
足元に視線を落とすと、淡い光が、私の影を縁取っている。
「……やっぱり、来てくれたね」
背後から、やさしい声がした。
振り向く。
そこに立っていたのは――
私と、同じ顔をした少女。
黒い髪。
やわらかな瞳。
少しだけ幼さの残る笑顔。
あの日、
最初にこの街で出会った、あの子。
「……あなた……」
言葉にした瞬間、胸の奥が、きゅっと締めつけられた。
懐かしさと、安心と、戸惑いが、いっぺんに込み上げてくる。
「うん。名古宵の、篤羽 茜」
少女は、そう名乗って、にっこりと微笑んだ。
「あなたの、もうひとりの私」
心臓が、大きく跳ねた。
「……どういう、こと?」
問いかけると、彼女は、少しだけ視線を伏せる。
「全部を一度に話すと、混乱しちゃうから……ゆっくり、ね」
そう言って、石畳の上を、私の隣に並んで歩き出した。
「この街は、心が疲れた人が、無意識に辿り着く場所」
「……私も?」
「うん。とても」
即答だった。
「あなたは、優しすぎるくらい優しくて、
我慢強くて、責任感が強くて……
だから、自分の心を、いつも後回しにしてしまう」
胸が、ちくりと痛む。
何も言えずにいる私に、彼女は続けた。
「名古宵は、そんなあなたが壊れてしまわないための、
“もうひとつの居場所”」
「……じゃあ、あなたは?」
彼女は、足を止め、静かに私を見つめた。
「あなたの心の一部。
そして、この街が生んだ存在」
言葉の意味は、すぐには理解できなかった。
けれど、不思議と、怖くはない。
「ここに来ると、少し楽になるでしょ?」
そう言われて、思い出す。
胸の奥がほどけていく感覚。
深く、深く、息が吸えるようになった、あの瞬間。
「……うん」
小さくうなずく。
「だからね」
彼女は、そっと手を差し出した。
「ここでは、無理しなくていい。
泣いてもいいし、立ち止まってもいい」
その指先に触れた瞬間、
胸の奥に、言葉にならない安心感が広がった。
――帰ってきた。
あのときと、同じ感覚。
「現実に戻ったら、また、がんばらなきゃいけない。
でも、ここに来れば、あなたは、あなたでいられる」
灯りが揺れる街並みを見つめながら、彼女は言う。
「ここは、名古宵市」
静かな声。
「あなたの心が、還る場所」
その言葉を聞いた瞬間、
胸の奥で、すべてが、すとんと繋がった。
最初にここで聞いた、あの言葉。
断片だった記憶。
夢と現実の境界。
すべてが、この場所に、収束していく。
「……また、来てもいい?」
少し震える声で、そう尋ねる。
彼女は、迷いなく微笑んだ。
「もちろん。ここは、あなたの帰る場所だから」
石畳の先で、無数の灯りが、静かに揺れている。
まるで、
「おかえり」と囁いているみたいに。
私は、その光の中で、
初めて、自分の心が、確かに救われているのを感じていた。
(つづく)




