第6話 現実へ、そして名古宵を想う
目を開けると、見慣れた天井があった。
一瞬、自分がどこにいるのか、わからなくなる。
カーテンの隙間から差し込む、朝の光。
静かな部屋。
規則正しく刻まれる、時計の音。
「……夢?」
茜は、ゆっくりと上半身を起こした。
胸の奥に、まだ、あの温もりが残っている。
石畳の感触。
やわらかな灯り。
そして、自分と同じ顔をした少女。
あまりにも鮮明で、
ただの夢だとは、どうしても思えなかった。
枕元に置いたスマートフォンを見ると、時刻は午前七時。
いつもと変わらない朝。
けれど、心だけが、まだ、あの夜の続きを歩いている。
洗面所で顔を洗い、鏡を見つめる。
そこに映るのは、いつもの自分。
少し眠そうで、少し不安げで、
それでも、確かに、ここに存在している現実の私。
「……本当に、あったんだよね」
誰に言うでもなく、呟いた。
通勤電車の中、窓に映る街並みを眺めながらも、
意識は、何度も、あの場所へ引き戻される。
見知らぬ夜の街。
やさしい灯り。
そして――名古宵市。
その名前を思い出すだけで、
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
名古宵。
なぜ、あんなにも懐かしかったのか。
なぜ、帰ってきた、と思えたのか。
仕事中も、数字を追いながら、
ふとした瞬間に、思考が途切れる。
キーボードを打つ指が、止まる。
「……」
ため息をひとつつき、気持ちを切り替える。
けれど、心の奥では、
確実に、何かが変わってしまったのを感じていた。
昼休み、屋上に出て、空を見上げる。
澄んだ青。
流れていく雲。
その向こう側に、
あの街が、確かに存在しているような気がしてならない。
「……また、行けるのかな」
口にした瞬間、
不安と、期待が、同時に胸に広がった。
もし、もう一度行けたら。
あの少女と、ちゃんと話せたら。
あそこは、いったい、何なのか。
自分と、どんな関係があるのか。
知りたい。
でも、少し怖い。
それでも――
確かめずには、いられなかった。
名古宵市。
その名は、いつの間にか、
茜の心の中心に、そっと根を下ろしていた。
(つづく)




