第27話 朝の中の灯り
目が覚めたとき、
部屋の中は、やわらかな朝の光に包まれていた。
カーテンの隙間から差し込む日差しが、
床の上に、淡い影をつくっている。
しばらく、天井を見つめたまま、
体を動かせずにいた。
夢を見ていたような気がする。
けれど、内容は思い出せない。
ただ、胸の奥に、
あたたかい余韻だけが、静かに残っていた。
ゆっくりと起き上がり、
窓辺に立つ。
外の街は、いつも通りの朝を迎えている。
車の音。
人の気配。
遠くの電車の走る音。
そのすべてが、
はっきりと、現実だとわかる。
それなのに。
胸の奥に、
やわらかな灯りが、ひとつ、灯っている気がした。
名古宵の灯りに、似ている。
石畳の感触は、もうない。
やわらかな夜の空気も、感じない。
それでも、
呼吸が、驚くほど、深い。
何も考えなくても、
心が、穏やかな場所に戻っている。
洗面所で顔を洗いながら、
ふと、鏡の中の自分を見る。
変わらない顔。
でも、どこか、
少しだけ、やわらいでいるように見えた。
「……大丈夫」
小さく、そう呟く。
誰に言うでもない。
けれど、その言葉は、
確かに、自分に届いていた。
朝食の準備をし、
コーヒーを淹れる。
湯気の立ちのぼる様子を、
ぼんやりと眺める。
この時間も、
どこか、名古宵と似ている。
静かで、
やわらかくて、
心が整う時間。
違うのは、
もう、どこかへ行かなくても、
ここで、それを感じられること。
窓の外の光が、
ゆっくりと強くなる。
その明るさの中で、
胸の奥の灯りが、やさしく溶け込んでいく。
消えるわけではない。
ただ、
日常の光と、ひとつになる。
それだけ。
支度を整え、
玄関に立つ。
ドアノブに手をかけた瞬間、
ふと、足が止まった。
名古宵のことを、思い出す。
石畳。
灯り。
並んで歩いた夜。
懐かしさはある。
でも、寂しさはない。
胸の奥に、
あの街が、確かにあるから。
「いってきます」
静かな声で、そう言って、外に出る。
朝の空気は、少し冷たい。
けれど、心は、あたたかい。
歩き出す足取りが、軽い。
名古宵は、もう外にはない。
でも、
その灯りは、
確かに、自分の中に残っている。
それだけで、十分だった。
(つづく)




