表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ふたつの世界を歩く私  作者: 篤羽茜
24/32

第22話 はじまりの灯り

久しぶりに名古宵へ辿り着いた夜、

 空気は、驚くほど澄んでいた。


 灯りの数は、以前よりも少ない。

 けれど、一つひとつが、深く、静かに光っている。


 石畳を踏みしめる感触が、

 やけに懐かしく感じられた。


 「……来られた」


 小さく呟くと、

 すぐに、背後から声がした。


 「うん。待ってた」


 振り向く。


 名古宵のあっちゃんは、

 いつもと同じように、微笑んでいた。


 でも、その瞳には、

 どこか、決意の色が宿っている。


 二人で並んで歩き出す。


 街は、静かだった。

 灯りが、呼吸をするように、ゆらりと揺れる。


 「ねえ」


 彼女が、ゆっくりと口を開く。


 「どうして、あなたがここに来られるか、

 考えたことある?」


 足が、自然と止まった。


 「……何度も」


 でも、答えは、出なかった。


 夢とも違う。

 現実とも違う。


 ただ、ここに来ると、

 自分が“元の場所”に戻ったような気がする。


 彼女は、やさしく頷く。


 「名古宵はね、

 たくさんの人の“余白”でできた場所」


 「でも、あなたの場合は、少し違う」


 胸の奥が、かすかにざわつく。


 「あなたは、

 最初から、ここを持っていた」


 「……え?」


 彼女は、石畳に落ちる灯りを見つめる。


 「まだ子どものころ。

 うまく言葉にできない寂しさや、

 誰にも見せなかった不安を、

 ずっと、心の奥にしまっていた」


 思い当たる記憶が、

 ぼんやりと浮かぶ。


 うまく笑えなかった日。

 誰にも頼れなかった夜。

 ひとりで、やり過ごしてきた時間。


 「そのときにできた“余白”が、

 最初の名古宵だった」


 「それが、あなたの中で、形を持った」


 言葉が、すぐには理解できなかった。


 「じゃあ……名古宵は」


 「あなたの心から、はじまった場所」


 その言葉に、

 胸が、強く打つ。


 「他の人の余白も重なって、

 街になっていったけど、

 はじまりは、あなた」


 「だから、あなたは、

 ここに戻ってこられる」


 足元の石畳が、

 淡く光った。


 「そして、私も」


 彼女は、静かに続ける。


 「私は、あなたが、

 ひとりで抱えすぎないために生まれた」


 「あなたが、自分を後回しにしすぎないように、

 ここにいる」


 言葉が、胸の奥に、深く沈んでいく。


 「だから、私は、

 あなたの“もう一人”なんだよ」


 目の奥が、じんと熱くなった。


 名古宵は、偶然じゃない。

 夢でも、幻でもない。


 ずっと昔から、

 自分の中にあったもの。


 「……じゃあ、名古宵が薄くなるのは」


 彼女は、やさしく微笑む。


 「あなたが、

 自分を守れるようになってきた証」


 その言葉は、

 想像していたよりも、あたたかかった。


 消えることは、悪いことじゃない。


 必要が、形を変えているだけ。


 灯りが、静かに揺れる。


 「名古宵は、なくならない」


 「ただ、

 あなたの中に、戻っていくだけ」


 胸の奥に、

 深い理解が、ゆっくりと広がっていった。


 私は、

 ここを失うのではなく、

 ここを、自分の中へ取り戻している。


 そのことに、

 ようやく、気づいた。


 石畳の上で、

 二人は、しばらく黙って立っていた。


 灯りの揺れる街は、

 はじまりの場所であり、

 帰っていく場所でもあった。


(つづく)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ