第21話 守るということ
名古宵の夜は、静かだった。
石畳に落ちる灯りは、いつもと同じ色をしている。
けれど、その数は、確実に減っていた。
名古宵のあっちゃんは、通りの端に立ち、
街を見渡していた。
人の気配は、少ない。
それでも、消えてはいない。
ここは、まだ、名古宵だ。
「……大丈夫」
誰に言うでもなく、そう呟く。
灯りが揺れるたび、
街の輪郭が、わずかに薄くなる。
原因は、わかっていた。
彼女が、現実で前に進んでいること。
役割が増え、時間が削られ、
心の余白が、別の形に変わっていくこと。
それは、間違いじゃない。
名古宵は、
人を止める場所じゃない。
生き続けるために、
一時、立ち寄る場所だ。
それでも。
「……少し、急ぎすぎだよ」
風に紛れるように、そう言う。
返事はない。
彼女が来られない夜が増えるほど、
名古宵は、静かになる。
誰かの心が、余白を失えば、
街は、その分、息をひそめる。
それでも、
消えてはいけない。
名古宵は、
彼女の“逃げ場”ではなく、
彼女が、現実に戻るための場所なのだから。
通りを歩き、
灯りの一つひとつに、そっと触れる。
触れた灯りは、
一瞬だけ、強く瞬いた。
「……まだ、ある」
彼女が、ここへ戻ってくる理由は、
確かに、ここに残っている。
だからこそ。
名古宵のあっちゃんは、
自分の役目を、はっきりと理解していた。
引き止めない。
縛らない。
依存させない。
たとえ、
会える時間が短くなっても。
たとえ、
行き来が途切れがちになっても。
彼女が、
現実を生きるための余白を、
守り続ける。
それが、
名古宵の役割であり、
自分自身の存在理由だった。
「……来られないなら」
彼女は、空を見上げる。
「来られなくても、
戻れる場所でいよう」
街の中心に立つ灯りが、
かすかに揺れた。
それは、
了承の合図のようにも見えた。
名古宵は、変わらない。
変わらないために、
変わり続ける場所だ。
やがて、遠くで、
鈴の音がひとつ、鳴った。
彼女が、来る合図ではない。
それでも、
名古宵のあっちゃんは、
微笑んだ。
「……待つよ」
それは、
約束ではなかった。
期待でもなかった。
ただ、
守ると決めた者の、
静かな覚悟だった。
灯りの減った街の中で、
名古宵は、
今日も、息をしている。
(つづく)




