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プロローグ 名もなき街の灯り
夜。
世界が静かに息をひそめる頃、名古宵市は、ゆっくりと目を覚ます。
石畳の通りに、やわらかな灯りがともる。
それは、星の欠片を溶かしたような、あたたかく、優しい光。
風は静かで、空気は澄みきっている。
遠くで、鈴の音がかすかに響いた。
この街に、決まった形はない。
訪れる人の心によって、街並みは少しずつ姿を変える。
悲しみを抱えた人には、寄り添うような路地を。
迷いの中にいる人には、導くような灯りを。
希望を探す人には、星へと続く階段を。
名古宵市は、そんな想いの集積でできている。
そして今夜もまた、ひとりの少女が、この街に呼ばれようとしていた。
現実の世界で、懸命に生きる少女。
誰よりも優しく、誰よりも繊細で、だからこそ、少しだけ傷つきやすい心を持つ。
その心が、知らず知らずのうちに、この街へと辿り着く。
それは偶然ではなく、必然。
名古宵市が、彼女を必要としているのと同じように、
彼女もまた、この街を必要としているのだから。
静かな夜の底で、灯りがひとつ、またひとつと増えていく。
まるで、誰かの帰りを待つように。
――ここは、心が還る場所。
名古宵市。
そして、この物語は、
ふたつの世界を歩く、ひとりの少女の記録である。




