第二話 前編「善意と欲望の天秤」
カーレス州襲撃事件から数分前。
リダネス国東部に位置するトラベック州では、各国の重鎮が集められ軍事会議が行われていた。
赤レンガが均一に建ち並び、煤けた外壁や補修が行き届かない道が、街の古い歴史を感じさせている。
しかし、一度大きな通りに踏み出せば、魔導加工で作り直された車道や街灯は、美しい魔力の光路を放っていた。
そんな大通りの並びに、赤レンガと白い窓枠が特徴的な建物が構えられている。
どこか古めかしい作りではあるが、気品と洗練されたデザインを感じさせる建物だ。
公会堂の警備を任されているのは、リダネス国軍の兵士達である。
スレートグレーの軍服に身を包んだ彼等は、鋭い視線で周囲を見張っていた。
厳重な警備が行き届いた建物の一室では、祖国の誇りを背負う軍服に身を包んだ五人の重鎮が円卓を囲っている。
自由と魔法の変革を掲げ、無限の可能性と魔力の恩恵を重んじる――リダネス国。
左胸に煌めく国章のワッペンが、スレートグレーの軍服に気品と愛国心の意を示すかのようである。
ホストを務める老元帥は、各国の代表たちを見定めるように、鋭い眼光を室内へと巡らせる。
その佇まいとオーラが、この室内で誰よりも威厳のある職位なのだと示しているようであった。
彼の補佐を務めるマグナス・ブラックウッド大佐は、U字型の円卓に投影されていた魔導ホログラムの電源を落とした。
手元の資料から視線を移し、各国の代表達へと向き直る。
「――以上を持ちまして、本日の全体会議を終了します。……閣下、閉会のお言葉を。」
「うむ。……では――」
老元帥が言葉を続けようとしたその時、慌ただしい足音と共に、会議室の重い扉が勢いよく開かれた。
誰一人、動揺した態度を見せることのない室内には、粛然とした空気が漂っている。
視線や耳だけを微かに動かし、音のする方へと意識が集中する。
下士官の様子に眉を顰めたマグナスは「取り込み中だぞ」と静かな声で指摘した。
自国の元帥と大佐の視線に応えるように、乱れた呼吸を押し殺し、すぐに姿勢を正す。
ただ事ではない部下の雰囲気を察して、老元帥は静かに下士官の男を見据える。
口元に蓄えられた髭が、低い声音と合わせて微かに揺れ動いた。
「……なんの騒ぎだ。」
「お取り込み中のところ、申し訳ありません。ですが、緊急事態です!カーレス州に無人型の魔導兵器が襲来!町が壊滅状態との報告を受けました!」
下士官の言葉に、その場にいる者達の目元が鋭くなった。老元帥の隣に立つマグナスは、険しい表情で部下の報告を仰いだ。
「どういうことだ?即応部隊はどうした、現場からの報告は!」
「近くに駐在していた即応部隊が直ちに急行しました。ですが、新型の魔導兵器による勢力に圧されており……一部、避難民の誘導で人員が足りておりません!閣下、大佐、至急増援と支援命令の許可を!」
各々がリダネス国軍の指示に耳を傾ける中、その空気を遮断するように立ち上がる者がいた。
人型の頭部に牛の耳と角を生やした男だ。
グラスグリーンの軍服から覗く彼の尾は、苛立ちを含んだように左右へ揺れ動く。
その種族にふさわしく、無数の傷がついた角、筋肉質な体躯が雄々しい姿を体現していた。
その肩には、百獣の誇りを掲げ、獣人の尊厳と調和を重んじる――アッディギン王国の部隊パッチが縫い付けられている。
筋張った首の襟元には、大佐の階級を示す二対の牙を模した銀飾りが付いており、部屋の明かりに照らされて鈍い光を放っていた。
配られた書類を適当に束ねると、我関せずという表情で扉の元まで歩み寄り、リダネスの下士官に向けて冷徹な視線を投げかけた。
「……通して頂こう。」
アッディギンの大佐の声が、重々しく響き渡る。
「え、しかし……」
慌てる下士官を他所に、牛獣人の男は老元帥とマグナスへと振り返り、心残りを感じさせない態度で口を開いた。
「会議は以上、ということでお間違いないのでしょう?申し訳ないが、我が国は許可無く他国の救援は出来ません。それに、別件で召集がかかっているため、急ぎ移動をしなくては。では、失礼。」
「お待ちください、まだ話は――」
獣人の背に声をかけるマグナスであったが、振り返ることなく扉の向こうへと姿を消した。
「――もし、お取り込み中でなければ。元帥閣下、少しだけお時間を頂いても?」
そんな中、大佐の失った言葉を掻き消すように、端麗な容姿の女傑が口を開く。
彼女の濃紫の軍服には目を引くような赤い装飾が走り、神秘的な色合いと艶やかさが溶け合うようなデザインである。
短く切り揃えられたなめらかな黒髪が、さらりと揺れた。
その耳たぶから垂れる漆黒のタッセル――忠誠を誓った少将としての証が怪しく揺らめいている。
ゆったりとした動作で席を立てば、背もたれに隠れていた崇高な国章が姿を現した。
天門の神託を掲げ、光闇の未知なる探求を重んじる――ガドルス帝国の威厳を、その背中が示しているようであった。
「お困りのようであれば、我が国の隊を救援に向かわせましょう。その代わり、殲滅した兵器の一部を、我が国に移送する許可を頂きたいのです。優秀な魔導研究官達が、必ずや貴公のお役に立てるかと……いかがです?元帥閣下。」
妖艶に微笑むガドルスの女傑は、甘い毒のような声音で慈悲深くすり寄った。
しかし、その背に刻まれたガドルスの証文が、彼女の“知識を独占したい”という強欲さを示しているようであった。
己の意志で、危険な罠にその身を投じる様を、今か今かと待ち望む狩人の様な瞳が老元帥へと向けられている。
その視線を一瞥した後、リダネス国の老元帥はゆっくりと瞼を閉じた。
彼女の言葉をおしはかるように、口を真一文字に結んだまま室内に静寂が漂う。
マグナスは元帥の意中を代弁するかのように、ガドルスの少将へ言葉を返す。
「……お言葉ですが少将、兵器の移送手続きには厳粛な手順があります。特に、新型とされる魔導兵器であれば尚のこと、取り扱いには慎重でなくては。今、この場で即答することは出来ません。」
「……そうですか、それは残念。苦痛と嘆きに対峙する国民と兵士への救済より、国の定性を優先されるのですね。勿論、無理にとは仰いません。私も軍を統べる者として、様々なしがらみや葛藤を理解しておりますから。しかし――」
残念、と零す唇とは裏腹に、その顔には品定めをするような色を瞳に宿している。
ガドルスの少将は、流れるような所作で机の書類をまとめると、ブーツのヒールをコツコツと鳴らしながら扉の方へと足を進めた。
開け放たれた扉の前で優雅に振り向くと、勝気な微笑みで会釈をした。
「必要ないとあれば、私はこれで。本日は有意義なお時間をありがとうございました。新型兵器について何かありましたら、いつでも、我が国の研究機関にお声かけ下さいね。では、失礼します。」
彼女の靴音に合わせるように、耳元のタッセルがシャラリと小さく揺れ動く。
高いヒールの音と共にガドルスの少将が遠ざかる中、部屋には重たい沈黙だけが残された。
マグナスが老元帥に耳打ちをする。
「閣下、最早悩んでいる時間はありません。」
「……。」
焦燥感を募らせるマグナスとは対照的に、老元帥は瞼を閉じたまま静かに思案するだけだった。
マグナスは指示を仰ぐようにもう一度口を開こうとした。
しかし、その言葉をかき消すように、瑠璃色の軍服に白い装飾が気品を漂わせる、眼鏡の男が音もなく席を立つ。
室内の明かりが、胸元のクロスタイを留めるアレキサンドライトのタイピンに反射して、角度によってその輝きに変化をもたらす。
その色調は、彼が中佐という階級にある証を輝かせていた。
胸元に施された美しい刺繍の国章には、不屈の守護を掲げ、碧き魂を焦がす騎士道を重んじる――ウララクラ国の証が縫い付けられている。
針のように真っ直ぐ伸びた背、綺麗に整えられた襟足の長さ、そして、角まで揃えられた書類の束が、男の厳格さを表しているようだ。
扉の元まで歩み寄ったウララクラの中佐は、ホストであるリダネス国の二人に振り返ると少しだけ頭を下げ、精悍な顔つきで声をかけた。
「我が国としても大変遺憾ですが、今は自国の防衛だけで手一杯なのが現状です。……申し訳ありませんが、本日はこれにて退室させていただきます。」
マグナスが声をかけるまでもなく、ウララクラの中佐は足早に扉の外へと姿を消した。
戦力が削がれてゆくような会議室からは、重苦しい焦燥感だけが募ってゆく。
他国が去り行く様子をただ一人、余裕のある微笑で見守る男がいた。
雪原のような純白の軍服には、塵の一つも付着していない。
装飾のように彩るアクアブルーの魔導回路が、冷静と気品さを象徴するように淡い光を放っている。
白い詰襟に光るそれは、生命の進化を掲げ、雪原に佇む魔導工学の技術を重んじる――ルシャ国を象徴する証であった。
その代表である男、アラン・デラクール・グラード。
後ろへと撫で付けられた柔らかな茶髪が、彼に不敵な余裕を与えている。
しかし、分かれた前髪の間からは、笑顔とは対照的に冷徹な視線を覗かせていた。
隙を見せているようで、その影から全てを見通すようなオーラを纏っているようだ。
「……やれやれ、時に人の決断とは、残酷なまでに冷淡でありますなぁ。そうは思いませんかな?アルベール大佐。」
呆れたような口ぶりで、アランは大げさに肩を竦めた。
まるで、彼の袖口で光る階級証を見せつけるように、准将の証である銀色の魔導回路が冷淡な色を放っている。
アランはどこか愉悦の色を含んだ声音で、斜め向かいに腰掛ける男へと視線を流す。
漆黒の軍服に施された金の装飾が、室内の光を重々しく跳ね返しており、ルシャ国との対極にあるような重厚感と威圧さを纏っている。
鉄柱のように不動の姿勢を貫いてきた男は、見下ろしていた書類からゆっくりと顔を持ち上げた。
腰まで伸びるロイヤルパープルの髪をさらりと揺らし、無機質なアイスブルーの瞳がアランを捉える。
魔導兵器の極点を掲げ、鉄の規律を重んじる――イルハナル国。
その国の代表である男、アルベール・フォン・アンダーブライト。
ルシャ国の雪のように白い軍服の詰襟で光る、国章へと鋭い視線を送る。そして、堅く閉ざされていた唇がゆっくりと開いた。
「……そうですね。しかし、それが人の常ということでもあるのでしょう。それよりアラン准将、貴公の“玩具”が、いささか羽目を外しているようですよ。現場に行かなくてよろしいのですか?」
「おやおや、これは手厳しい。残念ながら此度の襲来については私も驚いております。そこの君、その兵器の特徴や魔法攻撃による報告はあるのかな?」
アランが穏やかな微笑みを浮かべながら、リダネスの下士官へと問いかけた。
下士官の男はその微笑みに緊張しながら、元帥とマグナスへと視線を移す。
つづく
【キャラ紹介】多い!
リダネス国
老元帥…リダネスで一番偉いかも。
マグナス・ブラックウッド大佐…規律正しく、厳しい軍人だけど、他国の色が強すぎて普通になり下がるかも。
ガドルス帝国
女少将…言葉の端々に「私が上」感がある。取引好きかも。
アッディギン王国
牛獣人の大佐…冷たく感じるけど普通のことしか言ってないかも。
ウララクラ国
眼鏡の中佐…几帳面さを前面に出しました。祖国が心配かも。
ルシャ国
アラン・デラクール・グラード…准将ネチネチおじさん。コンタクトが渇いてきたかも。
イルハナル国
アルベール・フォン・アンダーブライト…無口おじさん。アランとそりが合わないかも。




