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アルタイア興亡記  作者: JAKUSUI
序章 海の帝国
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第二節 海の帝国(1)


白波を割く艦船の色は陽射しの中青く輝き、鋼鉄の力強さと冷ややかさを、ただその身に宿していた。


遠征の第一目標は、パガン王国。

チロク・サムナク海峡を通過するための外交儀礼が必須であった。総旗艦「王狼」の艦橋。その艦隊司令部に、彼らは集まっていた。

「遠征最初の目標は、パガン王国との交渉です。陛下はその理由がお分かりですか?」

海軍司令長官、ジェン・ヘのその問いに、皇帝タカネは「分からない」と頭を振る。

「パガンとの交渉を行う理由は、海峡通過が海上交易の重要事項だからです。陸と陸との間にあって海が狭くなる要所は、その海域保有国にとって有利になります。チロク・サムナク海峡においては、パガンがそれに当たります。パガンが海峡通過を容認すれば、安全に、かつ最短距離で次の海洋へと進出できます」

その説明に、タカネは目を見開いた。

「通過許可を得られなければ、迂回路を探さなければならなくなる、と?」

「そういうことです。この海峡通過、何かに似ていると思いませんか? 遊牧民たる陛下には、馴染み深いものかと思います」

ジェン・ヘの問いかけに、タカネは考え込み、そして答えた。

「大陸公路のオアシス国家に似ている。水の補給なしに、砂漠は越えられない…」

ジェン・ヘは大きく頷いた。

「ご理解頂けて、何よりです。我らは軍人故、政策の具体的案については発言を差し控えますが、もし今後海上交易を国家戦略に組み込むのであれば、海峡を有する国々との関係を、まず考えた方がよろしいかと」

その言葉に、タカネは頷いた。

「政策実務については、宰相と外務尚書にまず任せてみよう。具体的法案については、議会に」

軍人たちは、その皇帝の言葉に肯定も否定もしない。ただ「海洋戦略の基本」を述べたにとどまる。

タカネは立ち上がると、艦隊の士官たちに一礼した。

「学びになりました。ありがとう。これからも何かと教えてもらえたら、こちらも助かります」

「御意のままに」




タカネは建国帝として、また外交使節団の長としてこの度の遠征に同行していたが、遠征自体は海軍の指揮下で行われる。その立場故に、艦隊運用に関しては海軍司令長官たるジェン・ヘに一任している。

「素人が口出ししては、上手くいくものも上手くいかなくなるから」

というのは、タカネの言である。昼に一度艦橋に顔を出し、航海状況の報告を受けるのみであった。

「皇帝臨席の閲兵式だとでも思ってくれ。やり辛い部分もあるだろうが、いつも通り職務に取り組んでほしい」

出航に当たっての、タカネ自らの訓示である。

それ故に、タカネへの敬礼も省略され、タカネ自身、軍の許可なく細部に立ち入ることはしない。一日の大半を士官室の片隅で過ごすのみである。タカネ自身の仕事は、この度の遠征で立ち寄る諸国の情報と儀礼作法一覧に、一つずつ目を通すことである。

建国にあたり、タカネが本来取るべき作法を守らなかったため、後に侍従長と女官長から「折檻」されたことは公然の秘密であり、国民にとって「酒のつまみになるほど」の笑い話である。

もちろん、文化的摩擦が、外交摩擦に発展する懸念を踏まえての対策ということもあり、同行する使節団の人員から、外交作法を学ぶことも忘れてはいない。


「お茶をどうぞ」

昼下がりのことであった。侍女がタカネに差し出したのは、シナモン茶であった。侍女の祖国の飲み物だという。

「ありがとう、アヌシュカ」

タカネは微笑とともに、対面の椅子を指し示す。

「お言葉に甘えて」

侍女アヌシュカとの、二人きりのお茶会であった。

この度タカネがアヌシュカを伴ったのは、「最低限の侍従は連れてほしい」という宮内省側の要望と、使節団側の「皇帝専属の通訳をつけたい」という思惑に、彼女の能力が合致したからであった。

そのためか、タカネの、アヌシュカとの会話は、各国の文化や言語、風習など多岐にわたる。タカネ自身が、「知識や経験のある人を呼び寄せて、話を聞く」ことを好んだため、侍従職や侍女職には学識を買われた人物が多い。アヌシュカ自身、タカネの指示で、外交官と変わらぬ衣装を着用している。

半刻ほど話し込んだだろうが。

「楽しい時間をありがとう、アヌシュカ。お茶、美味しかったです」

タカネは、とても満足げに微笑んでいる。

「またお茶しましょうね、陛下」

アヌシュカもまた微笑み返し、執務に戻る。

その背を見送り、タカネは窓の外へと視線を向けた。ヤシマ列島付近に差し掛かった船団は、梅雨の中を進んでいく。音もなく窓を叩く雨は、涙の色にもよく似ていた。



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