ドクター・オルゴール
緑が鮮やかな住宅街。川沿いでは、犬の散歩をしている人がちらほら見えるこの町に、一風変わった診療所が存在する。
薬は一切出さない。患者は医師とコミュニケーションを取った後、隣の建物へ移動する。そこにはバーテンダーのような格好をした人が立っている…。
そんな噂を聞きつけ、興味本位でやって来た。
薬ではなく、患者一人一人に合ったオルゴールを渡すという変わった診療所があると知ったのは、ほんの数年前のことだ。
確かに、オルゴールの音色は美しい。だがそれを聴くことで病気が治ったり、体調が良くなるなんてことがあるのだろうかと、半信半疑で向かった。
ト音記号が表記された看板が目印。「ドクター・オルゴール」と手描きされており、どうやら医師が自身で描いたものらしい。「カラン」と鳴る、喫茶店のような入り口。コーヒーの香りまでするので、本当に喫茶店と間違えたのかと不安になったほどだ。
タッチパネルで必要事項を入力。ホテルのチェックインと似ている。しばらく待つと、名前を呼ばれた。
医師からは様々な質問をされたのだが、とても心地よく穏やかな気持ちになった。よく見る白衣ではなく、先程タッチパネルで「好きなもの」に、とあるプロ野球のチームを入力したからか、医師はその球団のユニフォームを身にまとっていた。
いつの間にか問診が終わって、触診へと移り、医師は笑顔で一枚の紙を渡してきた。「フォーミュラ」と書かれた紙には、オルゴールの種類と曲名が記載されていた。これを持って、隣の建物へ行けば良いらしい。
言われたとおりに建物に入ると、まるでバーのような雰囲気で、ジャズが流れていた。そこにはバーテンダー…ではないのだろうが、どこからどう見てもバーテンダーの人物がいた。そしてそれは、先程まで会話していた医師だった。
フォーミュラを渡すと、奥から小さなオルゴールを持ってきた。バーテンダーの格好をした医師は、オルゴールの扱い方と、どんな時に音色を聴くと良いかを説明してくれた。「こちらもお持ち帰りくださいませ」と、一緒にパンフレットも渡してくれた。そこには、「オルゴールとは何か」「この曲を聴いて、実際にドクター・オルゴールが得た効果」など、これまた手描きで記されていた。ドクター自身の体験談も交えた、コラム付き処方箋だ。
「行ってらっしゃいませ」と声をかけ、深々とお辞儀をする医師の姿に、私は笑顔になっていた。




