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第8話

 列車は会津柳津駅に停車した。小さな駅舎に並び、白い屋根で守られるように置かれたSLが見える。


「あの『C11 244』は昔、東北中を走った機関車なんですよ。なんか東北中の鉄道を乗って回った俺みたいっすね。えへへ」


 妙な自慢をする草一郎に空太が聞いた。


「一ノ瀬君は『乗り鉄』なんだよね」


「そうだけど?」


「それって何が面白いの?」


 突然の核心を突いた質問にひるむかと思いきや、草一郎は動じない。


「何って、男のロマンでしょ。特に各駅停車の普通車。時間をかけて一つ一つ、駅に止まって路線をつぶしていく。鉄道に乗ったーって充実感。で、東北だけでもけっこうな路線があって……」


「男のロマン?」


「そうそう。で、福島県はなにげに鉄道王国で、JRだけでも東北新幹線、東北本線、奥羽本線、常磐線、水郡線、磐越東線、それに会津を走ってる磐越西線、今乗ってる只見線と8路線。民鉄は会津鉄道と野岩鉄道、福島から出てる阿武隈急行、福島交通飯坂線もあって…すごいでしょ?」


「うーん……。ごめんなさい、やっぱりボクにはよく分かんないや」


「そう言えば、星野の趣味って何?」


「え、ボク?」


 列車が会津柳津駅を発車した。


「ボクは……。趣味っていうほどのものはないかも」


「空、嘘ついちゃだめだよ」


 森が口を出した。


「空はね、料理が得意なの。会津料理だって作っちゃうくらいだから」


「え! そうなんすか? うち旅館なのに、親が料理ぜんぜん教えてくれないんですよ。今度教えてもらいに行っていいですか、先生!」


 草一郎が突然敬語になった。


「えええ? 別に趣味じゃないんだけど……。おばあちゃんに習ってるだけだし……」


「魚もさばけるし、ケーキも得意なの」


「もー。森ちゃん! 恥ずかしいから」


「えええ? ますます教えてほしい。マジ弟子にしてほしいっす」


「一ノ瀬君、ホントに調子いいわね。私の弟子なんじゃなかったの」


 日菜がチャチャを入れた。


「あ、いや、部長は別格というか、弟子なんて恐れ多くて……」


「じゃあもう教えてあげないかも」


「えー、勘弁してくださいよー」


「何か楽しいね」


 空太がほほ笑んだ。


「こうやってみんなでどこか行くのってすっごい久しぶりかも。去年の修学旅行もコロナにかかっちゃって行けなかったし」


「それだ。今回の旅は星野君の修学旅行のやり直しってことで、えー、ゴホン。わたくしが今乗っている只見線について解説いたします。只見線は1926年、会津線の名称で会津若松-会津坂下間で開業し、2年後にはさっきの柳津まで延びました。でも、新潟県のまで全通するのはけっこう遅くて1971年。そのため、SLが全線を走ったのはたった3年間だけ。その後の主力は気動車のキハ40形となりました。こちらは40年以上も走り続け、今乗ってるキハE120形にバトンタッチしたのでした」


 空太はまるで授業を受けるような顔で黙って聞いていた。日菜は珍しく草一郎のうんちくをしばらく止めなかったが……。


「さて、撮影の準備しますか。一ノ瀬君はまだ話していてもいいわ」


「えー、手伝いますよー」


「自然光で取りたいからレフ板いらないし」


「うぇーん」


「う、うーん」


 陸人は目を覚まさない。


 滝谷駅に着いた。列車はこの駅を過ぎると次々に橋梁を渡り、谷間を走る鉄道らしい風景が続く。


「空ちゃんは窓際に座って外を眺めていてね。橋のところで視界が開けるから、素直にびっくりして」


 日菜が指示した。


「素直に? 何かよくわかんないけど、わかった」


「森ちゃんは空ちゃんの髪、ちょっと直してね」


「はいはい」


 そう言って森はブラシで空太の髪を軽くすいた。


「あ、そうそう。一ノ瀬君はそっちで、自分のカメラで窓の外を動画で撮ってくれるかしら。上の窓を少しだけ開けてね」


「え…お仕事! ありがとうございます!」


しょんぼりしていた草一郎はとたんに元気になった。


「電池はそろそろ予備に入れ替えかな」


「わかっております!」




 滝谷駅を発車した列車はすぐに滝谷川橋梁に差し掛かった。はるか下を滝谷川が流れている。


「うわー、川だー。たっかーい」


 空太は思わず大きな声を上げてしまった。


 すぐに列車はトンネルに入った。


「えっとボク、つい大声出しちゃって……」


「ぜんぜんOK。素直、素直」


 日菜はにっこり笑った。


 トンネルの中でも草一郎は真面目に車窓の真っ暗な動画を撮り続けている。


「あ、一ノ瀬君、いったん止めて止めて」




 列車はすぐに会津桧原駅に着いた。


「さて、次はいよいよ第一只見川橋梁ね」


 陸人はまだ起きない。森も陸人の後ろの2人掛け席に座ってうとうとしている。


「そんなにすごい場所なの?」


 空太が聞いた。


「まあ、説明しちゃうと面白くないから。とにかく素直に、自然に、ね」


 日菜がほほ笑んだ。


 会津桧原駅を出た列車は再びトンネルに入った。すぐに抜けて木々の間を進んだ次の瞬間、窓の外の視界が大きく開けた。雲の切れ間から青空も顔を出している。


「うわー、大きな川。ひろーい」


 空太は目を輝かせた。


 梅雨時で水量が増えた只見川が周囲の緑を写し、とうとうと流れていた。遠くに鮮やかな緑の山並みも見える。


 ゆっくりと川を渡った列車は再びトンネルに入り、抜けるとしばらくして会津西方駅に着いた。


「う、うーん」


 陸人がようやく目を覚ました。


「う、え、西方!? 第一橋梁過ぎちゃったんですか?」


「まあねー」


 日菜がぶっきらぼうに答えた。


「す、すいません俺、寝込んじゃって……」


「気にしないで。空ちゃんのいい顔撮れたし。山下君はまだ休んでいていいから」


 日菜が妙に優しい。


「そうそう。俺が部長をフォローしますからね」


 助監督の地位を脅かすつもりらしく、草一郎のテンションは高い。


「山下君、大丈夫?」


 空太が心配そうに声を掛けた。


「あ、いや眠いだけだから、大丈夫だよ」


「さっきは無茶させてごめんね。ホントに会津川口まで寝てていいから」


 日菜の優しさがちょっと怖かったが、陸人は再び眠りに着いてしまった。


 本日の宿がある会津宮下駅で上り列車と行き違ったが、撮影はなし。次の駅までは4人席側、その後の会津水沼駅までは2人席側で、車窓から只見川の流れを見詰める空太を撮影した。


 「日本の原風景」と言われる昔ながらの家屋が立ち並ぶ金山町の大志集落を過ぎると、列車は大きくカーブする只見川のすぐ脇を走り、この列車の終点・会津川口駅に着いた。ここも脇を川幅の広い只見川が流れており、駅自体が絶景スポットだ。


「ここも川が広い。きれいなとこだね」


 ホームに降りた空太は感嘆の声を上げた。


「ほんと、ここは何回来てもいいとこですよね」


 そう言って草一郎は深呼吸した。陸人は何も言わず目をこすっている。まだ寝ぼけているようだ。


「ここから先はまた今度ね」


 日菜がそう言うと、


「まあ、次の列車は午後3時半ですからね」


 草一郎が続けた。


 陸人はまだ眠そうに目をこすっている。


「さて、と」


 日菜はホームの端でカメラを構えた。


「空ちゃん、列車からもっかい降りてきてくれる?」




「そろそろ行きますか」


 撮影を終え、日菜が空太に声を掛けたが、他の3人の姿がない。


「あれ、みんなは?」


「もう駅の外で待ってると思う。ここから観光タクシーに乗るの。さすがの一ノ瀬君がしっかり手配してくれて」


「へー。それにしても2人のこと、すごく大事にしてるよね、日菜ちゃん」


「え? まあ大事な大事な後輩ですからね。一瞬、下僕にしてるって怒られるかと思ったけど」


「えー 何で? 見てれば分かるよ」


「あはは。空ちゃんには勝てないわ。彼らには言わないでよ」


「言わないよー」




   ◇


 


 日菜と陸人、草一郎の出会いは2カ月前にさかのぼる。


「あの、活動写真部の部室ってここですか」


 4月。新入生の陸人はおっかなびっくり、日菜一人しかいない部室を訪れた。


「え!? 入部してくれるの?」


「あ、いや、写真やるのでちょっと話を……」


「そんなの後でいいわ。1年生でしょ。ここに名前とクラスを書いて。話はそれから」


「あ、いやあの」


「つべこべ言わないの」


「はい……」


 日菜の強引さに陸人はつい入部してしまったのだった。



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