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第6話

 時間を少しさかのぼった只見線の列車内。


「山下君、大丈夫かな」


 4人掛けの席に着き、空太は心配そうな顔でそう言い、草一郎が答えた。


「きっと間に合うよ。ああ見えてけっこう根性あるから。俺だったらへばって無理だろうけど」


「日菜、ちょっと無茶ぶりが過ぎるんじゃない?」


 森がたしなめた。


「うーん。山下君て、何だか試練を与えたくなっちゃうのよね。そして、しっかり答えてくれるし」


「へえ。信頼してるんだ」


「えー、部長、俺はー? 俺にも試練をくださいよー」


 草一郎が不満そうな声を上げた。


「君は乗り鉄だから」


「え? え?」


「まだちゃんと写真撮ってないでしょ?」


「それはそうですけど……一応勉強はしてるんですよ」


「じゃあ、カメラ出して」


「え?」


「写真はとにかく実践あるのみだから。撮影してみてくれるかしら」


「部、部長の写真を撮っていいんですか!?」


「私を撮ってどうするの。間もなく遠くに磐梯山が見えてくるから、窓の外を眺める空ちゃんと車窓風景を撮ってみて」


「えー、部長を撮りたいんですけど」


「いーちーのーせーくーん」


 日菜が怖い声を出した。


「はい! すいませんやります!」


 日菜が草一郎に貸しているコンデジは1型センサーの高級機で、適当にオートモードでシャッターを押しただけではいい写真は撮れない。しかも走る列車内と外の風景をうまく撮るのは簡単ではない。さらに、朝の時間帯、磐梯山方向は思い切り逆光だ。


「えーと、これでいいよな」


草一郎はカメラのダイヤルを操作しだした。


「あと、露出補正で少しアンダーにしてっと」


 パシャパシャパシャ。連写の音が響いた。設定を変えながら、何度が撮影を続けた。


「どうでしょう、部長」


 ベストショットだと思える写真をモニターに映し、おそるおそる草一郎は日菜にカメラを差し出した。車内は暗いが黒つぶれせずにかろうじて空太の姿が右側に映り、外の風景も白飛びしていない。


「うーん。まあ初心者としては上出来かな。ただ、構図はもう少し勉強しましょうね」


「やったー。ありがとうございます! 部長」


 喜ぶ草一郎を横目に、空太は浮かない顔で外を眺め続けていた。


「空、どうしたの?」


 森が気づいて声を掛けた。


「うん……何でもないんだけど」


「空ちゃん。会津坂下で降りるときの演出をしましょうか」


 日菜が割り込んだ。


「あ、はい」


「しぐさは任せるけど、とにかく、カメラを持ってる山下君の方に、にっこりと笑いかけてあげましょうね」


「え……」


「こないだの一件から気まずいんでしょ?」


「……うん。山下君に悪いことしちゃってる」


「今度こそ、ちゃんと仲直りしよ」


「うん……」




    ◇




 会津坂下駅の2番線ホームに一両編成の車両はゆっくりと停車し、ドアが開いた。麦わら帽子を持った空太がホームに降り立った。決然とした様子で帽子を深くかぶり、つかつかと陸人の方に歩いて来るが、動きはぎこちない。帽子のつばで隠れて顔も見えない。


 空太は陸人の目の前に来たところで顔を上げたが、笑顔がぴくぴくと引きつっている。


「な、ななな何?」


 とりあえず撮影を続けながらも、陸人はろうばいした声を上げてしまった。


「やっぱり笑顔なんてできないよ」


「あ……えと、俺のせいかな」


「そんなわけない」


「え?」


「ボクが悪いの!  笑ってる場合じゃないんだ」


「ど、どういうこと?」


「……教室で、山下君のことシカトした」


「え、と、話はしてたような気が……」


「してないよ」


「うーん、少しは話したよね」


「もー、それじゃボクが謝れないじゃないか」


「え?」


「ごめんなさい」


「え?」


「あれから、山下君と話するの怖くなっちゃって、またマスクに逃げてたんだ。家に帰ると反省するんだけど、山下君の顔を見ると言葉が出なくって……」


「……じゃあやっぱり、俺が悪いんじゃないかな」


「もう、違うって言ってるでしょ!」


「俺のせいだよ」


「違う!」


「俺が悪かったんだって!」


「違うってば!」


「違わない!」


「あー、しつこい! じゃあさ、もっかい聞くから答えてよ。こんな服着てるボクのこと、ホントのとこ、どう思ってるの?」




「あのー、仲裁に行った方がいいのではないのでしょうか」


 列車を下りた草一郎がそう言ったが、森は首を振った。


 「もうちょっと様子を見ましょう」


 日菜は先ほどからどこ吹く風で、駅舎をバックに停車中の車両を撮影し始めた。




「ど、どうって……」


「ドキドキする」と正直に白状するわけにもいかず、陸人はぐるぐる頭を巡らせた末に、何とか「ホント」の答えを導き出した。


「え、と、友達……だよね」


 しばしの沈黙の後、キハE120形のディーゼルエンジンの音が大きくなった。


「うん。ああ、そう……そうだね」


 空太は自分を落ち着かせるようにつばを飲み込んだ。


「それなら、今度こそちゃんと謝らせてよ」


「え、え、と何だっけ?」


 陸人がとぼけた。


「えー。またそんなこと言って」


 空太が頬を膨らませた。


「……俺さ、星野に嫌われたんだと思ってた」


 陸人は真顔になった。


「うん……ホントにごめんなさい。そんなわけないから……山下君って、やっぱり優しいんだね」


「え……」


 陸人はまたドキッとして言葉が継げなかった。


「おーい、空ちゃん。下りの列車が出るからそこにたたずむポーズ取って」


 いつの間にか改札を出て跨線橋の上に移動していた日菜が叫んだ。陸人にはグッドタイミングの助け舟だ。


「あ、はーい」


 空太はホームを戻って行った。


「はああ」


 忘れていた疲れと眠気が一気に出て、陸人はその場にへたり込んでしまった。


「こらー、山下君邪魔だぞー」


 日菜は容赦ない。




「そう言えば、君も不思議だね。空に最初からぜんぜん普通に接してる」


 唐突に森に聞かれた質問に、けげんそうな顔で草一郎は答えた。


「え、そうすか? いや別に服なんか好きなの着ればいいと思いますよ。誰に迷惑かけてるわけでもないですし」


 森は少しはっとしたような顔をした。


「あ、うん。確かに」


 駅員が短く笛を鳴らし、下りの列車が出発した。




   ◇




「あ、君、おつりね」


 改札で駅員が陸人に60円を返してくれた。


「鉄道研究会かい?」


「あ、えと……」


 陸人は口を濁したが、改札の外から日菜が声を飛ばした。


「活動写真部です!」


「ああ、そうなんだ。よく分からんけど何だか力が入っているみたいだね。線路に近づく危ない撮影や周りの人に迷惑を掛ける行為はだめだよ。最近はマナーを守らない人が多くてね。よろしくお願いします」


「もちろん。活動写真ですから!」


 日菜の意味不明の言葉に駅員は戸惑いつつも、「ん? まあ頑張ってね」と苦笑いした。


 次の下り列車までは1時間半以上ある。駅舎での撮影後、日菜は「ちょっと休んでいてね」と言って空太と森を駅舎に残し、「思い出の場所に付き合ってくれるかしら」と、陸人と草一郎を近くの農林高校の裏にある踏切に連れて行った。


 一面の田んぼの向こうで只見線が大きくカーブしている。鉄道撮影には絶好の場所だ。


「4歳の時、ここで父と一緒に『SL只見線奥会津号』を見たの。昔、国鉄時代に只見線を走っていたのと同じ蒸気機関車のC11で、すごくかっこいいと思ったことはなぜか鮮明に覚えてる。その時、父からカメラを借りて撮ったのが私の初めての鉄道写真なんだ」


 日菜は二人に子どもの頃のことを打ち明けた。




 2011年夏、只見線は豪雨災害に見舞われ、多くの区間で橋梁が落ちるなどして不通となった。SLの運行もしばらく中止となったが、2012年10月、日菜は父に連れられ、会津若松―会津川口間で走ったC11を見たのだった。

次もあした午後4時50分に投稿します

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