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第3話

「列車が来る前に演出の確認しましょう」


 日菜が声を上げた。


「はーい」


 空太がかわいい声でそう答え、空太と陸人は立ち上がって日菜たちの方に歩きだした。ところが、空太は慣れないヒールでつまづいて転びそうになり……。


「危ない!」


 陸人は空太の前に回り込んで抱えたまま、ホームに背中から倒れ込んだ。


「あたたた」


 そう言って目を開けた陸人の目の前に、キスしそうなくらい近い空太の顔があった。


(近い近い近い近い!)


 陸人は心の声が口を突きそうになったが押しとどまった。空太の体は思った以上に軽い。やっぱり女の子みたいだ。


「ごめんなさい! 大丈夫? 山下くん」


「あ、うん、俺は大丈夫」


(なんか今朝も似たようなことがあったような気が……)


「それより、星野けがしてない?」


 陸人はなんとか平静を装った。


「うん、山下君がクッションになってくれたから。え…と、もう手を離しても大丈夫だから」


「あ、ごめん」


 倒れる時、思わず空太の両肩をつかんでしまっていた陸人はさらに顔が紅潮していくが、隠すすべがない。


「よいしょっと」


 男の子らしくひょいと立ち上がった空太はポンポンとワンピースに付いたほこりを払った。


 倒れた時、陸人は夢とは違って空太の胸を図らずも確認していた。


「やっぱ、男だよな……」


 ぼうぜんとして虚ろな目でつぶやきながらも、ドキドキは納まらない。


「大丈夫? 空ちゃん」


 駆け寄ってきた日菜が空太に声を掛けた。


「うん、ボクは何ともないよ。山下君がクッションになってくれたから」


「良かった。気を付けてね」


「うん」


「ほらクッション君! ボケっとしてないでカメラ回して!」


 日菜の声で、陸人はようやく我に返った。自分のことは心配してくれないのかと思ったが、文句を言うわけにもいかない。


「あ、はいすいません」


「空ちゃんはそこのホームの端で、ゆっくり帽子を脱いで胸に当てて。それから首を傾けてほほ笑んで。自然な感じでね」


 日菜が演出する。


 「分かった」


 空太が再びかわいい笑顔を見せた。陸人はやっぱり女の子にしか見えないと思いながら、焦点の定まらない視線を向けた。




 この日の撮影に使うのは、日菜愛用のミラーレス一眼レフ。助監督と言っても、陸人の仕事は録画ボタンを押すだけだ。


「準備いい? それじゃあ、キュー!」


 日菜が撮影開始の合図を出した。


「バシャバシャバシャバシャ」


 連写音が響いた。


「うわー、何やってんの山下!」


 レフ板を持った草一郎が叫んだ。モニター越しの空太を見て、陸人はついカメラのシャッターボタンを押してしまっていた。


「ああああ、ごめんなさい。俺、いつもの癖で……」


「ふーん」


 日菜が意味深長な顔で陸人の顔を覗き込んだ。


「な、何ですか?」


 怒られるかと思ったのに、ほほ笑む日菜に陸人はうろたえた。


「今のは後でうちでプリントしてあげる。確かに空ちゃんの笑顔、かわいかったね」


 日菜がいたずらっぽくほほ笑んだ。


「そ、そういうわけでは……」


 日菜の家は市役所近くの写真館だ。写真のプリント料金が安く済むので陸人たちも助かっているが、陸人にとって今回はヤブヘビだ。


「じゃあテストやり直しね」


「はーい」


 空太が明るく答えた。




 2回ほどのテストの後、列車が入って来る本番では結局、日菜が撮影を担当し、陸人の出番はなし。横で見ているしかなかった。


「暑いですね」


 草一郎はかいがいしく、動画の確認を続ける日菜をうちわであおいでいる。陸人と空太は先ほどのベンチに腰掛けた。


「ね、山下君」


「ふ、ふあい!」


 沈黙の後に突然、空太に声をかけられ、陸人は変な声を出してしまった。


「あはは、何それ」


 そう言って笑ったものの、すぐに空太は顔を曇らせた。


「ボクってやっぱりヘンかな?」


「え? 何?」


 会津鉄道の下り列車が到着し、陸人は少し空太の声を聞き取れなかった。


「あ、うん……ボク、小さい時からかわいい格好が好きで、森ちゃんのお古とかよく着てたんだ。最近はあんまり着てなかったんだけど、やっぱりかわいい服着るとしっくり来るというか……でもボクは男子だし」


「……」


「ホントはどうしたいのか、最近、自分でも分からなくなるんだ……」


「……」


「かわいい服が好きな男子って、山下君はどう思う?」


 観光客数人がホームに降り、会津鉄道の列車が出発した。


「えっ? ど、どうって、ほ、ほ、ほしのがそうしたいなら、俺はいいと思う。っていうか、何というか……星野は、か、か、かわいいと思うよ…って、いやいや! 今のなし、なしなしなし!」


 突然の直球質問に陸人はろうばいした。女の子にしか見えないなんて言えるわけがないが、ついかわいいと言ってしまって陸人はあわてた。列車の音で今の言葉が聞こえていなければいいと思ったが……。


「少年、空がかわいいのは当然だ」


 いつの間にか後ろに森が来ていた。


「あ、森ちゃん、用事済んだの?」


「うん。空のスタイリストをしなきゃならないからね。後で髪直そう。それより少年、ちょっといいかな。空、少し待っててね、彼と話があるから」


 そう言って森は陸人を少し離れた場所に連れて行った。




「マスクは空にとって渡りに船だったんだ」


 自転車置き場の横で森が真顔で切り出した。


「空は小学校の中学年になった頃、クラスメートに『ホントは女の子だろ』とか『スカートのが似合うぞ』とか言われるようになってね。でも、ソーシャルディスタンスなんて言ってみんな距離を取るようになって、マスクするようになったらいつの間にか言われなくなったんだ。それからずっと、空は学校ではマスクをしてる。メガネはもともと近眼だからだけどね。でも、学校では小さな頃の元気さはなくなって、一人でいることが多くなって……そんな空がずっと気になってたんだ」


「……それで女子の制服を?」


「空が生き生きしてるの、君も分かったでしょ? だから実は、きのう君に声を掛けられたのも幸運だったなって気がしてる」


「え?」


「空が女の子の服を堂々と着られる理由になるからね」


「はあ……でも、コンテストで賞なんか取ったら……」




「もう、またボクを置いてけぼりにして!」


 後ろからの空太の声に驚き、陸人は言葉をのみ込んだ。


「空のこと、よろしくって言ってたの」


「えー、もうとっくに友達だよ。ね、山下くん!」


 空太は明るく微笑んだ。


「ああ、はは。まあね」


 陸人は困惑しつつも笑ってみせるしかなかった。

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