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第21話

「列車が来たら、二人で鉄橋の方を見つめてね」

 日菜が指示する。

「あ、はい」

 陸人が答えた。

「それでね、見ながらゆっくり手を握ってね」

「え?」

「で、列車が通過したら、お互い見つめ合ってね」

「……」

「なんかホントの恋人同士みたいだね」

 空太はうれしそうだが、陸人は言葉が出て来ない。

「……」

「手を握るぐらいなんてことないよね」

「え? ああ……」

 心臓がバクバクしてきた陸人はひきつった笑いをするのが精いっぱいだ。


「さ、そろそろそこに並んで」

 日菜が促した。只見川にかかる第一橋梁がよく見える。

 太陽光が川面を照らし始めた。もう川霧は望み薄だ。


「あと三分ですね」と時計を見ていた草一郎が言った。


 みんな無言のまま時間が流れていく。


「あと二分」


(時間がたつのが異常に長い……)

 陸人の頭の中はあの空太の寝言がぐるぐる回っている。

(大好きってどういう意味なんだよ)


「なんかさ」

 空太が口を開いた。陸人は頭の中をのぞかれたようで、ちょっとびくっとした。

「どうしたの?」

「あ、いやなんでもない……」

「すごい静かだね」

「あ、ああ」

「手握る練習してみる?」

「え? あ、いやいいよ」

「恥ずかしい?」

「あ、いやそういうわけでも……」

「日菜ちゃん、自然体って言ってたけど、ぶっつけ本番の方がいいのかな?」

「はーい、そうですよ。ぶっつけでいってね」

 日菜が声を飛ばす。


「あと一分!」

 草一郎が大きな声を上げた。


「緊張するね」

「あ、ああ……」

「じゃあ、カメラ回し始めるから、今から二人は幼馴染になってね」

 日菜が二人に演技を促した。


「はーい」

 陸人と空太は軽くうなづき合ってから、第一橋梁の方に視線を向けた。

「あ、来た」


 右側からカラフルな二両編成のキハE120が姿を見せ、空太が声を上げた。列車はゆっくりと橋梁を渡り、陸人は無言で見詰めている。空太はチラッと陸人の右手を見て、左手でその手を握った。

 陸人は一瞬、手をよけそうになってしまったが、ぐっとこらえ、手を握り返した。草一郎は頭の上にレフ版を掲げ、動かさないようにじっとこらえている。日菜はモニター画面に見入ったままだ。森は後ろの方で腕を組んで四人の様子を俯瞰していた。

 列車はゆっくりと橋梁を渡り、水面にその姿を映しながら、左側の木々の中に消えて行った。


 日菜に言われた通り、陸人と空太はお互いの顔を突き合わせた。

 目の前に空太の顔がある。やっぱり女の子みたいだと陸人は思ったが、なぜか心臓のバクバクは治まっていた。


 と、空太が口を開いた。

「あのね、山下君」

「え?」

「君に再会できてよかった……」

「は!?」

「ボク、ずっと前から君のこと……」

「え!? ………」

 また昨晩の空太の言葉が陸人の頭の中によみがえった。

(ホント、あれ、なんだったんだ……)


「あー、もう演技しなくていいからね」

 日菜がストップをかけた。

「はあ……今のも即興劇?」

「え? そうだけどさ、山下君やっぱり乗ってくれなかったね」

「あ、ああごめん」

「まあ、しょうがないけどね」

「さて、次の列車でもうワンテーク撮りますかね」

 日菜が告げた。


「あと十二分です」

 草一郎はしっかり時計係を務めている。


「次はそうね、手をつないだ後、二人は見つめ合って、もうちょっと近づいてくれないかな。もう本当にキスしちゃってもいいから」

「はああああああ!?」

 陸人が叫び声を上げた。

「あ、はは、冗談冗談。そんなに驚かなくてもいいでしょ」

「驚きますよ、もう」

 陸人は口を尖らせた。

「ボクはいいけど」

 空太がつぶやいた。

「え?」

 そう言って陸人は空太の顔を見た。一瞬、間があったが、空太が続けた。

「日菜ちゃんがそういう映像を撮りたいんならやるよ」

「いや、星野、それはちょっと……」


「あと十一分です」

 草一郎は時計係に徹している。


「ボクとキスするのいやなの?」

「いや、そういうわけじゃないけど……ありえないでしょキスとか」

「なんで?」

「は?」

「だいたい演技だし。いいじゃん」

「いやいやいやいや、演技でもまずいでしょ」

「だからなんで?」

「なんでって……」

「ボクとキスするとまずいの?」

「いや、まずくないけど……ってまずいって!」

 陸人が慌てた。


「そうかなあ?」

「だって……ファーストキスになっちゃうし……」

「あはは、なんだそこか。ボクだって初めてだよ」

「そうでしょ。だめでしょ、そんなの」

「でもボクはぜんぜんOKだけど」

「は?」

「山下君とならね」

「はあああああああ?」

「何驚いてるの? 演技なんだし、別にいいじゃん」

「いやよくないでしょ」


「十分前です」

 草一郎は時計係に徹している。


「空、山下少年が困ってるでしょ。日菜も何ほったらかしてるの」

 見かねたように森が声を飛ばして割って入った。

「ああ、ごめんごめん。空ちゃん、キスはなしね」

 日菜が続けた。

「ええ? 撮りたかったんじゃないの?」

 空太が不満そうに言った。

「うーん、幼馴染が再開していきなりキスはやっぱりないかな。さっきみたいに見つめ合ってくれればいいや」

 日菜はちょっと不満そうな顔をしたが、森に怒られそうなので妥協した。

「なんだ、面白くなりそうだったのに」

 なぜか空太も不満そうな顔になった。


「いや、俺は面白くないし」

 陸人は口を尖らせた。

「はは。まあいいや、じゃあキスはまた今度ね」

 そう言って空太はほほ笑んだ。

「いや、今度もないし」

 陸人は空太から少し目をそらした。

「そう? あるかもよ?」

「なんだそりゃ、あるわけないだろ!」

「あはは、山下君マジになってる!」

 空太はにっこり笑顔になった。


 それを見て、陸人は脱力した。

「あ、また俺のことからかったのか」

「はは、また引っ掛かったね」

「なんだよ、もう……」


「あと九分です」

 草一郎は時計に徹している。


「でもさ、ちょっとだけ本気入ってたかな」

「え?」

「なーんてね」

「はあ……星野……」

 陸人の頭の中で、昨夜の空太の寝言がまた回り始めた。


「あと八分です」



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