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第20話

「お世話になります」

 草一郎が行儀よく、旅館の主人に頭を下げた。

 翌朝の午前6時すぎ、旅館の前には5人の姿があった。

 只見線を撮影するベストスポットの一つ、第一只見川橋梁のビューポイントのすぐ近くにある「道の駅尾瀬街道みしま宿」まで、主人が送りのSUV車を用意してくれたからだ。


「ごめんね、帰りは迎えに行けないけど」

「あ、いやホント、お世話になります。行きだけでも十分です」

 第一橋梁を列車が通るのは7時台に上り、下りの一本ずつ。幻想的な川霧が発生するのも早朝なので、そのチャンスに賭けるしかない。

「さあ、乗った乗った」

 三脚などの荷物を後ろに積み終えた日菜がみんなをせかした。

 陸人はぐっすり眠れたのだが、昨晩のことが気になっていた。

(あれ、夢だったのかな……でも、俺、あの時ホントに目が覚めてたような気が……)

「どうしたの、山下……君。まだ眠い?」

 白いワンピース姿の空太が近づいて声をかけた。

「うわ! あ……ああ、なんでもない」

「何驚いてるの? 早く乗ろ!」

「あ、ああ……」

 「大好き」とつぶやいた空太の声が頭の中でリフレインして、陸人は空太の顔をまともに見られない。


「きょうはボクの隣、いやじゃないでしょ?」

「あ、あ、うん……」

「じゃあ、後ろの二人席ね」

「あ、うん……」

 助手席には草一郎が座り、二列目にはカメラバッグを持った日菜と森が座った。

「あ、じゃあお願いします」

 草一郎が言った。車はゆっくり走り出した。


 車はきのう日菜たちが撮影した「アーチ三兄弟」の一つ、県道の橋を渡って只見線の下をくぐり、国道に出るとあっという間に道の駅に着いてしまった。距離は2キロぐらいしかないから当たり前だが、歩くとなるとけっこうつらい。帰りは下り坂だから、多少はましになる。


「ありがとうございました」

 みんなが車を降りた後、草一郎は旅館の主人に礼儀正しく頭を下げた。

「さ、あっちだよね」

 カメラバッグを持ち上げた日菜がトンネルの方向を指差した。

「へえ。ここ、東京オリンピックの聖火リレーが通ったんだね」

 日菜の指した先にあった記念の看板を見た空太が声を上げた。

「市内でも新明通りをランナーが走ってたよね。小学4年の春休みだったから、よく覚えてるなあ」

 草一郎がさらに続けた。

「そう言えば、星野とはあの頃、小学校違ってたね」

「あ、ああまあね。あの頃……ボクの黒歴史が始まったというか……」

「中学でも一度も一緒のクラスにならなかったから、俺、それ知らないんだけど」

「はは。ボク、ずっとぼっち陰キャやってたからさ」

「今の星野からは想像もつかないけど……この間までのあれってことだよね」

「うん。まあ、あしたもマスクして学校行くかもしれないけどね」

「ええ? そうなの?」


「君たち、いつの間にそんなに仲良くなったの?」

 日菜がちょっと驚いた顔で聞いた。

「え? あ、はい……あの、きのうの夜ちょっと……」

 草一郎が恐縮した顔で答えた。

「ふうーん。男子って単純でいいなあ。あ、でも時間ないから、行くよ」

 陸人はまだぼーっとしていたが、後ろからトボトボとついていった。

「少年、また何かあったのか?」

 後ろに続いた森が聞いた。

「あ、いや……なんでもありません」

「そうか。空のことならなんでも言ってくれよ。注意しとくから」

「あ、いや、そうじゃないんで……大丈夫です」


 トンネルの脇に木で組んだ階段状の土の道の上り坂があった。一つ目の展望台の所から一行は右手にみ、さらに坂を上った。

「けっこう急だね」

「空ちゃん、弱音吐かないでね」

「弱音じゃないよ、靴汚さないように歩くの大変なんだから」

「あ、そうか。ごめんごめん」


「よかったあ!」

 ちょっとした広場のようになったビュースポットCと呼ばれる場所に着き、日菜がうれしそうに叫んだ。

「誰もいない。みんな上に行っちゃうからね」

 一番上の展望台よりは高度感がないが、少し開けていて人物を入れて撮影するのはベストな場所だ。下り列車が来る7時23分まで一時間近くあるので、観光客もまだ来ていないようだ。

「でもまあ、川霧は出てないか。まあ、晴天だからよしとするかな。じゃあね、撮影のセット始めて、一ノ瀬君」

「は、はい、承知いたしました!」

 草一郎は少し高くなった場所に行き、三脚を広げ始めた。

「なかなかわかってるじゃない。さすが助手ってとこかな」

「あ、ありがとうございます!」


 陸人はまだぼーっとしていた。

「カメラマンはお眠かな?」

 日菜がちょっと意地悪っぽく言った。

「え? あ! いやあの俺、すいません……」

「カメラのチェックしといてくれる? 私は構図を確認するから」

「あ……はい」

「空ちゃんは森に髪を整えてもらっておいてね」

「あ、はーい」


「あれえ? 君たちも高校生?」

 坂道の方から声がした。高校生ぐらいの男子4人の集団が立っていた。声をかけたのはリーダーのようだ。

「もしかして、君たちも県のコンテストの一次審査を通った口かな?」

 慣れ慣れしい口ぶりに、日菜の顔が曇った。

「何か聞くのなら先に名乗るのが礼儀ではないでしょうか」

 ぶっきらぼうに日菜が言葉を吐いた。

「あ、ああ、ごめんね。僕ら、郡山西高の動画部なんだ」

「で、きょうは撮影ですか」

「え? そりゃあそうだけど」

「それにしては撮影機材がないようですが」

「ああ、僕らはさ、スマホで撮るんだ。ほらiPhone17 Pro Max。ヘタなカメラよりよっぽどよく撮れるからね」

 そう言ってリーダーらしき男子はズボンの後ろのポケットからスマホを取り出して見せた。

「スマホ……話になりませんね」

「ええ!? 今どき何言ってるの? 8K動画だって撮れるんだけど。それに、僕らが撮るのはタテ型ショート動画だから」

「タテ型……はあ……」

「なんか君たち、三脚まで立てて気合い入ってるけどさ、今のトレンドはタテだからね。ヨコ動画なんて誰も見ないよ」

「ああ、わかりましたから邪魔しないでください。私は映像美を追求してますから」

「ぷっ。映像美って……これ、プロモーション動画だよ。たくさんの人にリーチしなきゃ意味ないでしょ」

「あの、ホントに邪魔しないでほしいんですけど」

 草一郎がいつの間にかリーダー男子に近づいて、ちょっと押し殺した声ですごんだ。

「なんなの君? あ、そうだ。そっちは名乗ってないでしょうが」

「俺たちは会津三葉高校の活動写真部です。動画と写真に命を懸けてるんです」

 草一郎はそう言ってにらんだ。

「活動写真? 命? なんか古臭いなあ」

 草一郎から目をそらしてリーダー男子がつぶやいた。

「古臭くて結構です。私たち、負けませんから!」

 日菜がちょっと大きな声を出した。

「はは。別に勝負挑んだわけじゃないけどさ。まあ、頑張ってね」

 リーダー男子がそう言い残して、四人は山道の階段を昇って行った。


「なんかやな感じだったね」

 森と一緒に黙って後ろから見ていた空太が口を開いたが、相変わらずぼーっとして手に握ったカメラを見つめている陸人を見つけて声をかけた。

「んん? どうしたの、山下……君」

「え? あ、ああ、俺、考え事してた。何かあったの?」

「何かあったじゃないでしょ、もう、役に立たないカメラマンだなあ」

 日菜が呆れた声を出した。

「あ、えーと、誰か来てました?」

「ええ!? 大丈夫? 山下君?」

「あ、はは、大丈夫です。ええ、はい……」

「まあいいや。じゃあね、撮影はきょうも私がやる」

「え?」

「今思いついたけどね、山下君はきょうも空ちゃんの幼馴染になって出演してもらうから」

「ええ? そんな急に……」

「だってぼーっとして列車が来る撮影機会逃したら困るから」

「あ……はあ」

「それに、何がタテ型動画だっての! 私が撮るのは映像詩だからね。もう、あんなやつらに絶対負けるわけにはいかないんだから!」

「はあ……」

「山下君、空ちゃんとキスシーンやってもらうから」


「え……ええええ!?」


「シルエットにするから、口はつける寸前でいいからいいでしょ?」

「そんな急に無茶な」

 日菜の無茶振りには逆らえないことを陸人はもういやというほど知っている。

「ボクはOKだよ!」

 空太が無邪気に叫んだ。


「え? 星野までまたそんな気軽に……」

「じゃあそういうことで。ちょっとそこで待機していてね」

 陸人は呆然と立ち尽くすしかなかった。

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