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第18話

 空太に背中を流してと先に言われないように、陸人は急いで洗い場の所に走り、桶をどけて鏡を前の椅子に座った。


「山下君、早い!」

 空太が右横に座ってそう言った。端の方で草一郎は黙って体を洗っている。


「あ、ああ、俺、体自分で洗うから……」

 陸人は横も見ずにそう言ったのだが……。

「ダーメだから」

 そう言って空太がボディーシャンプーのボトルを持って陸人の後ろに回って膝をついた。空太の顔が写る鏡を見ないように陸人は少し下を向いた。

「もう……しょうがないなあ。わかったよ」

 覚悟を決めたように陸人は言った。


「ひやっ!」

 陸人が声を上げた。

「あ、ごめんごめん。冷たかった?」

「あ、いや……」

 ボディシャンプーが冷たいのもあったが、空太の手が背中をさすったのがこそばゆく、陸人は声を上げてしまった。そして、とにかくドキドキしないように、陸人は念仏のように頭の中で言葉を繰り返した。


(こいつは男だから、男だから、男なんだから……)


「山下君、やっぱりいい体してるなあ。肩とかしっかり筋肉ついてるし」

 背中をさすりながら空太が言った。

「そ、そうか? 別に普通だと思うけど」

「ボクよりはずっと筋肉あるよ。ほらこれ、僧帽筋も硬いしね」

 空太は陸人の背中をさすった。

(こそばゆい……うう、我慢、我慢……)

「それはまあ、中学時代にあちこち自転車で行ってたから少しは……」

「そうだったね。でも、うらやましいなあ。ボクはさ、筋肉付かなくてホントに小学生みたいだから」

「あ、確かに」

「もう、傷つくなあ。オレだってさ、もっと鍛えるからな!」

「あ、またオレって言ってる」

「いいじゃん言ったって」

 オレと言ってくれたおかげか、陸人のドキドキは出てこなかった。


「流すね」

 空太は立ち上がり、右側のシャワーに手を伸ばした。視界に腰にタオルを巻いた空太の体が目に入ってしまい、陸人は目をつぶった。

(やっぱ男、男、男だから!)

「どうしたの? 山下君?」

 そう言いながら、空太は陸人の背中にシャワーでお湯をかけた。

「頭も洗ってあげようか?」

「え? ああ、それはいい……」

「じゃあさ、今度はボクの背中、洗ってくれる?」

「え? ああ……それはさ、一ノ瀬に……」

「拙者は遠慮しときまーす!」

 すかさず横から声が飛んできた。もはや逃げ場はない。陸人は覚悟を決めるしかなかった。


 陸人は目の前のボディシャンプーのボトルを握り、椅子をずらして空太の後ろに回った。

 空太の背には上から三分の一ぐらい、長い黒髪がかかっていた。

(う……男子だから男子だから男子だから)

「あの、星野……髪の毛……」

「あ、ごめんね」

 そう言って空太は髪を手繰りあげて両肩の手前に寄せた。細くて白い肩が見えた。

(ええい! もう知らん!)

 そう思って陸人はボディーシャンプーの口を空太の肩に向けて上からボトルの頭を強く推した。

「ひやっ! ホント、やっぱり冷たいや!」

 空太がかわいい声を上げた。


 陸人はちょっとドキっとしたが、深呼吸してなんとかおさめた。ボディスポンジもないし、自分の腰に巻いたタオルを使うわけにはいかないし……仕方なく陸人は空太と同じように、手で空太の背中をさすった。

「あれ?」

 陸人は思わず声を上げた。女の子みたいに柔かい……女の子のこと触ったことはないけど……と思ったのに、空太の背中は予想外に硬かった。

「どうしたの?」

「あ……星野、意外に筋肉質っていうか……あ、いや、変な意味じゃなくて……」

「ふうーん。やっとボクのこと、ホントに男って認めてくれたのかな。まあ、脇腹とかはさっき山下君から言われた通りさ、ぷにぷにだけどね。最近ちょっと肉ついてきたかもだし。触ってみる?」

「え? いやそれはちょっと……」

「そう? まあいいや。背中ちゃんと洗ってね」

「あ…ああ」

 そう言って陸人は空太の細い背中にボディシャンプーの泡を広げた。


「そうだ。山下君、後で前も洗ってあげるよ」

「え? それはさすがに……」

「いいじゃん。さっきみんな見ちゃったしさ」

「いや、みんな見ちゃったって……」

「男らしかったよね」

「……いやあの」

「いいじゃん、洗ってあげるから!」


「あたっ!」

 空太の頭に草一郎が軽くチョップした。

「星野君、またやりすぎだよ」

「うう……ごめんなさい、なんか山下君、かわいくて……」

「ええ? 俺がかわいい?」

 いや、かわいいのは星野の方じゃないかと思ったが、さすがに陸人は口には出せない。

「ま、確かに山下はかわいいけどね。拙者から見ても」

「な、なんだよ一ノ瀬まで」

 陸人はうろたえた。

「ま、そういうところかな」

「そうだね」


「なんだよお前ら、俺をおもちゃにしやがって」

「あはは、やっぱり山下君、かわいいや」

「くそー」

「さ、二人とも頭も洗ってもっかい暖まったら出ましょうね。そろそろ時間だし」

 草一郎はもはやお母さんみたいだ。

「はーい」

 空太は元気に答えた。

「くそー」

 そう言いながらも、草一郎の助け舟に陸人は心底ほっとしていた。



 その頃、隣の女風呂には日菜と森の姿があった。

「あの二人、だいぶ仲良くなったみたいだけど、山下少年、大丈夫かな」

「まあ、大丈夫じゃない? 山下君はもう、超が五個つくぐらい優しいやつだからね」

「ああ、確かにそうだな。でも空のやつ、そこに甘えて長い間ぼっち続けてたマグマが爆発してなきゃいいんだけど」

「はは、マグマね……それも受け止めちゃいそうだから、山下君は」

「確かにね。でも日菜はホント、後輩を信頼してるんだね」

「まあね」

「で、もう一人の方は?」

「もう一人? 一ノ瀬君?」

「ああ」

「まああれは……子犬みたいなものかな」

「何それ? 彼に失礼でしょ」

「ううーん、他に言いようがないけど……」

「でも日菜、彼とすごく相性良さそうだけど?」

「え? 一ノ瀬君と? それはないない……まあ、助手としてってならともかくね」

「はは、まあ、そういうことにしておくね」

「あ、森ちゃん、それ、どういう意味?」

「どうもこうもないでしょ」

「どうもこうもあるから!」

「はは、まあいいでしょ」

「もう、森ちゃんは……」


 少し沈黙が流れた。


「それより、空のホントのとこ、山下少年が理解するの難しいと思うんだけど、日菜、どう思う?」

「ああ……かわいいもの好きの女の子っぽいところと、ホントは男っぽい性格が当たり前に同居してるもんね、空ちゃん」

「空は男とか女とかそういうものを超越してるから」

「まあ、森ちゃんもそういうとこあるけどね」

「ああ……それはよく言われるけど」

「なんだ、自覚あったんだ」

「それは生徒会長だからね」

「何それ?」

「まあ、それがあるから、空にかわいい自分を存分にさらけ出させてあげたかった部分もあるんだけどね」

「あ、その自覚もあったんだ。でも、森ちゃんだってかわいいよ」

「え? それは言われたことないぞ。日菜の口からだって今初めて聞いた」

「そうだっけ? 私はいつも森ちゃんのことかわいいって思ってたから」

「うーん、なんか嘘くさいけど、素直に受け取っておく」

「あ、なんかひどくない?」

「日菜ほどではないぞ」

「う……まあいいや。そろそろ体洗いましょうか」

「そうだね」



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