シデン vs エッジ
冒険者、銀のシデンと骸骨剣士エッジの戦い
シデンは長剣を持ったスケルトンと向かい合った。
すぐに襲ってこない相手に警戒を深める。
「やはり知能があるのか、不浄者め」
その罵りに反応するように、スケルトンは剣を片手に垂直に立て、頭上に掲げた。
「剣に誓いを」
その姿勢は、騎士が剣に誓いを立てるポーズにそっくりだった。
怒りで目の奥が脈打ち、頭髪が立っていくような感覚が全身を襲う。
「…冷静になれ」
自身にそういいきかせ、シデンは地を蹴った。
剣士は素早く長い剣を振り下ろす。
シデンは左手で受ける。
素手の左手と、剣が当たると、ガチンと金属同士が当たる鈍い音がする。
右手で腰から抜いたダガーを逆手に持ち、踏み込む。
狙いは、剣を握る手首。
しかし、剣士は剣のポンメル、丸い柄頭で弾く。
さらに距離を詰め肉薄するシデン。
体が接触するような距離まで素早く潜り込む。
少し腰を落とした姿勢から左手で肘うちを放つ。
スケルトンは後退して躱した。
そのままトントンと後退し距離をとるスケルトン。
両手で剣を握り、正眼に構えるスケルトン。
シデンは「冷静になれ」と再度、自身に言い聞かせる。
心が無になっていく感覚がわかる。
対応している。勝機はある。
しかし、スケルトンは動かない。
僅かに焦れて前に構えている左足を踏みなおす。
同じようにスケルトンも左足を少し滑らせている。
こいつ…
風
正眼の構えから、疾風のような刺突がシデンの眼前に迫る。
シデンは目を逸らさず、左手で切っ先を掴む。
「…早いが反応できる。しかし威力が」
刺突の勢いは弱まったが、切っ先は顔面に伸びてくる。
頭を逸らす。
唐突に剣を握る手を離したが、スケルトンはバランスを崩さない。
構わず左手で殴りかかると、剣で防御した。
右手のダガーで剣を握る指を狙うも、またポンメルで弾かれる。
黒い影のように滑らかな動きで、直剣を振るうあいつ。その剣筋は風を切り裂く音を残し、こちらに迫るたびに冷たい汗が背中を流れるのを感じた。
しかし、攻防の中で、一度だけシデンの左手が、スケルトンの上腕に触れた。
手刀を躱しきれず、その身で防いだのだ。
掠る程度だったが、スケルトンの腕から煙が上がった。
「…浅いか」
スケルトンは気にも留めていないようで、攻防が繰り返される。
突如、スケルトンの動きが変わる。
実直な剣術から、ポンメルを片手で握り長剣を一度旋回させた。
手首の関節もありえない角度に曲がり、うなりをあげる剣の竜巻が発生した。
左腕と右手に握るダガーで防御する。
「なんとか防げている。しかし、防戦一方になるのは不味い」
隙を作るべく、大きく後退し、腰から聖水の小瓶を取り出し、口に含む。
苦い味が広がったが、強引に接近しスケルトンに吹きかける。
しかし
一歩飛び退ったスケルトンは、両手に握りなおした剣で霧状の聖水を切った。
何度剣を振るったのかは、数えられなかった。
「…ばかな、水を切るだと…」
何事もなかったように、スケルトンは正眼に構えなおし、シデンの前に立つ。
「霧を切った」という動揺を押し殺し、強化薬を飲む。
この体には生身よりも効果は薄いが、使用するなら今だろう。
腹の中から熱い活力が湧き上がる。
切っ先を地に垂らす姿勢でスケルトンはじっと見ている。
あの構えは「待ち」なのか?余裕で俺を見ているのか。
精神を集中しろ。のまれるな。あがけ。
踏み込む。
右上から袈裟の斬撃。
体を回転させスケルトンに背を向け左肩で受ける。
そのまま、左手の裏拳を顔面に向け放つ。
素早く引いた剣の腹で受ける。
しかし、右手のダガーでの追撃。
まただ。またポンメルで受けた。
最初に対峙したときよりも、スケルトンのその動きは「正確」になっているように感じる。
背後の戦闘音が消えた。
しかし、歓声も支援も、背後からの襲撃もない。
目の前には、両手で剣を握り、上段に振り上げた姿勢で待つスケルトン。
風の音。
それも止み静寂。
呼吸音と心臓の鼓動だけが騒がしい。
スケルトンは構えを替え、右手一本で剣を握った。
そして左手を広げ、こちらに突き出し、顔の横で剣を握っている。
開いた手の親指と人差し指の間に切っ先が見える。
窮屈そうな姿勢だが、見たことがある構えだった。
王宮剣術
はじめから、遊ばれていた。
シデンは、理解してしまった。
「死ぬな、あがけ、生きろ」
ばばあの声が聞こえた気がした。
「すまんな、ばばあ。いや、師匠。すまなかった、ハイケ、ファビオ。ありがとう」
今日一番の鋭い踏み込みから、シデンは左拳を放つ。
狙いは、スケルトンの持つ「剣」
その剣を砕く。
がしゃんという、思っていたよりも軽い音がした。
スケルトンの刺突に合わせて当たった拳は、砕けた。
手首の手前までが、ひしゃげてしまった。
しかし、スケルトンのもつ直剣も半分程度の長さで折れた。
「…貴様も道連れだ、骸骨」
距離を取って、そう宣言した。
スケルトンは折れた剣を眺めている?
そして、折れた剣を右手に、腰から抜いたシミターを左手に構えた。
なんで、あの剣を眺めていたスケルトンに攻撃しなかったのだろう。
今になって思う。
何故、勝てないと悟った時に逃げなかったのだろう。
最初に見たときに感じた「自分よりも強い」という本能に従えば、ハイケもファビオも…
見えない速度で動くスケルトンに切り飛ばされ、宙を舞う左手を見上げていた。
「…今から、俺だけでも…」
一瞬、そう思った。
しかし数秒のうちに、残りの手も、両足も失っていた。
墓地にはいつもの静寂の帳が降りた。
四肢のない遺体には折れた剣が墓標のように突き立てられていた。




