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学オケ

21.金星 平和をもたらす者 ー大平一貴・出雲碧目線ー (学生オーケストラ団員の箱詰めをどうぞ ~大学オーケストラ団員の恋愛事情~)

作者: 西坂 海

 一貴は練習場を飛び出してきょろきょろとあたりを見回す。

 やがてうつむいたまま速足で歩いている碧を見つけた。

 走って後を追う、大学の正門のところで碧に追いついた。


 一瞬ためらって一貴は碧の背中に声を掛けた。

「出雲」

「……」

 返事は無い。

「出雲」

「……」

 一貴は碧の横に並んだ。

「なあ、どうしたんだ」

「……放っといてください」

 碧の頬には涙がつたっている。

「今の君を見て、心配で放っとけないかな」

「……」

「ごめん。おせっかいだとは自覚してるんだけど。一緒に居てもいいか」

「何でですか」

「うまく言えない。とにかく放っとけないと思ってる」

 二人は並んで歩き出した。


 ちょうど公園があり、人気もなかったので一貴はそこのベンチへ座ろうと碧を誘った。

 歩いたことと、一貴が勝って来たお茶を飲んで碧は少し落ち着いて来た。


「やっぱりわかりません。何で私を追って来たのですか」

「まあ、秋良は相棒だし。親友だからな。やつに関係することなら、気にかかるよ」

「私を責めにきたのですね」

「まさか。俺は親友とその周りの人たちには仲良く過ごして欲しいんだ。それだけ」


「あいつは良いやつだよ。ただ、ちょっと天然なところがあって。無意識に周りを巻き込んでしまうところがある。君もたぶんその巻き込まれた一人」

「よく見てるんですね」

「そりゃあね。相棒だから」


 碧はふーっとため息をついた。


「私、中学の頃、先輩との仲を疑われたことがあって」

「うん」

「その子は、その先輩のことが好きで」

「なるほど」

「まあ、そのせいで疑われるようなことはしないように努めて来たんです。でも、私はその子よりもっとひどいことをしてしまって……」

 碧は悔やんでいた。

「今になって思うと、私は何でそんなことをしてしまったのか、そもそも、私は椎木先輩のことを本当に好きだったのかも分からなくなりました」

「そう」

「自分がこんなことをしてしまうなんて……。梅香崎先輩にも合わせる顔が無いです。ただ、羨ましかったんです」

 碧は俯いて地面を見つめている。

「事情は分かった」

「君は反省しているし、後悔もしている、だろ?」

 碧の目からまた涙が溢れ出した。両手で顔を覆い、そしてそのまま、強く何度もうなずいた。

「それならいいんじゃないか。そして、君はもう同じことを繰り返さないだろう?」

 碧はうなずく。

「自分が嫌でたまらないです」

 一貴は思わず肩を抱きたくなったが、ぐっとこらえた。

「きっと今回の事は君にとって大失敗の事例になるんだろうけど。君は運がいい」

「……」

「だって、秋良と親友の俺がこうして話を聞いたのだから。とりあえず後は任せてもらっていい?」

「え、でも」

「もちろん時期がきたら君が直接話す必要があると思う。でも、今のところは俺が二人に話をしておくから」

「大平先輩は何でそんなに」

「もう関わっちゃったし、それに、君と梅香崎って仲良かったじゃん。また仲良くなって欲しいし。梅香崎は今回のことで君を突き放す性格でもないと思う」

 自分でも何でこんな事をしたのか分からない。確かに碧のことが気になっていたのだが、今回の大胆な行動については理由は分からない。


 一貴は碧と朱音のやり取りを時々居合わせた時に見ていて、小気味いい碧とややおっとりとした朱音のやり取りはよい組み合わせだと思っていた。


「少し落ち着いた?」

 碧は無言でうなずいた。

「じゃあ、途中まで送るよ」


            ◆


 一貴は碧を送った後秋良のアパートに来ている。荷物を預かっていると連絡が来ていた。

「すまん。楽器を片づけてもらって。荷物まで」

「いや。俺の方こそすまん。巻き込んでしまって。俺の問題なのに」

「あ、いや」

「それで……」

「ああ、ま、何と言うか、梅香崎が羨ましかったんだと」

「そう、か」

「それで、今回の件で自己嫌悪になってる。梅香崎の方は何か言ってたか」

「いや、驚いてはいたけど、特には何も」

「そうか……。な、恐らくだけど、出雲はお前が好きというより欲しかったんだろうと思う」

「んん」

「羨ましい梅香崎先輩のものが自分も欲しくなった。そういう感じじゃないかな。本人もお前のことが好きなのかどうかわからなくなったと言っていたし」

「うん」

「で、だ。この件は俺たち4人しか事情を知らないから」

「分かってる。大げさにはしないし、朱音も同じだろうと思う」

「うん。少し時間がかかるとは思うけど、今度4人で飯でも食べながら話をしよう」

「分かった。朱音にも伝えておく」


            ◆


「碧ちゃん、おはよう。もう体調はいいの?」

 翌日の練習で、朱音は何事もなかった様に話しかけて来た。

「あ、はい。大丈夫です。ご心配おかけしました」

「よかった」

 碧は朱音に声をかけられてドキリとしたが、いつもと同じ朱音の様子にすこし安心した。

「もういいのか」

 秋良と一貴もやって来た。

「あ、はい。大丈夫です」

 碧はペコリと頭を下げた。

「よかった、よかった。なあ、一貴」

「え、ああ。そうだな。じゃ、俺練習にもどるわ」

「お、そうか。じゃ、俺ももどろ。それじゃ」

 秋良も戻って行った。

「あの、朱音先輩」

「なあに」

「この度は……」

「何の事?」

「いえ、いろいろご迷惑をおかけしてしまって」

「なによ、よそよそしい。気にしないで。その件はもうおしまい」

「でも」

「私、碧ちゃんと仲良しでいたいのよ。いつも通りでいいわ」

 朱音は小径の微笑み砲を発砲する。

「うっ」

 碧は小径とは言え、直撃を受けた。

(やっぱりかなわないな)

「わかりました。じゃあ、いつも通りで」

「そう来なくちゃ」

(私、先輩たちに恵まれている)

 ああ、何て馬鹿なことをしたんだろう。

 碧は身に染みた。

 そして、こんなに恵まれた今を大切にしよう。碧はそう思った。


 でも、この余裕なのはちょっと……。

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