Eyes on me
三連休!
今日から三連休だ!
前回の休みは、大榧さんとデート…なんて言えるものではなかった…。
次の日の朝、「椚田君おはよう」といつものように笑顔で言ってくれたけど…。
「昨日はありがとう」とも言ってくれたっけ。小声だったけど…。
なんだか恥ずかしくて、あれから大榧さんと普通に話ができなかったな…。
一緒に歩きませんか?
なんて言ったくせに、本当に歩いただけで。
何周も何周も公園の中を歩いただけで…。
アウターの胸ポケットから
《いつまで歩くの?》と言うヤシタさんの声がなければ、僕は夜中まで歩いていたと思う。
これが耐性のない僕の性なのだろうか…。
(耐性 = 颯太の場合、女性に対する意味)
「いつまでもイジケるでない! 今日はツーリングで温泉だぞ!」
隣に座るバゲットさんに、突然話しかけられた僕は、全身でビクッとした。
そうだ!
今日は僕のバイク、GB 250 ClubManが、修理から帰ってくるのだ!
そして 久々のツーリングに行くのである。
今は修理を依頼したバイク屋へ バスで引き取りに向かっている。
「そうですね。今日はツーリングですもんね」
「うん! で颯太、この ぺるぺっと はまだ被らないのか?」
人間の姿になっているバゲットさんが、屈託のない笑顔で僕に聞く。
人間の姿といっても、耳が尖ってなくて牙が小さくなっただけだが、僕はそんなバケットさんの話し方にキュンときた。
「ぺるぺっとだ! まだか?」
「ヘルメットですよ。バスや電車、お店や銀行で被ってはダメです」
僕はクスっとして言う。
「ふぅーん」
車窓から外を眺め、楽しそうに返事をするバゲットさん。
初めてのバスにウキウキのようだ。
そしてヤシタさんはと言うと。相変わらず日中は寝ている。
昨夜は vitaでProject DIVAをやっていたようだ。
夜中に『グゥーーレイトーー!』と言う初音ミクの声に、何度も起こされた。
バゲットさんは鼻唄を歌いながら外を眺めている。
バゲットさんのお気に入りの曲は 深海少女だ。これもProject DIVAに収録されている曲。
「なぁ颯太! ぺるぺっと屋はまだか?」
バゲットさん…。僕のキュンキュンゲージは、とうとうMAX状態です!
「バイク屋ですよ。もうすぐ着きますよ」
僕とバゲットさんの会話に、車中の人達は興味津々のようで、通路を挟んだ隣の女性は微笑ましい顔をしている。
真紅の瞳で、白銀色をした長い髪。日本人に見えない女性が、こんな田舎のバスに乗っていたら珍しい。
しかも日本語を上手に話している。小さな男の子も、身を乗り出してこちらの様子を見ている。
《次は◯◯道路。次は◯◯道路 お降りの方は………》
ピンポン!
バゲットさんは車内アナウンスが終わる前に、嬉しそうに降車ボタンを押した。
「さぁ着いた! 降りよう!」
「まだですよ。バスが停まったら席を立つんです」
「うん!」
へっ? うん!って…。
今日のバゲットさん、何かが違う…。
そしてバスは ◯◯道路のバス停に到着した。
バゲットさんは通路側にいた僕を跨いで、弾んだ足取りでバスを降りていった。
「スミマセン。大人二人分でお願いします」
僕はSuicaを読み取り部へあてた。
ピピッという音にバゲットさんは反応し、これもまた興味津々の様子。
バスの運転手さんが、ニコッとして
「お気をつけて」と言ってくれた。
僕はバスを降りて、振り返り「ありがとうございました」と返した。
走り去るバスの窓際に、先ほどの少年が手を振ってくれている。
僕も手を振ってあげた。バゲットさんも手を振っている。
「今日のバゲットさん、なんだかいつもと雰囲気が違いますね」
「そぉかなぁ~。いつもと同じだよん」
答えたのはヤシタさん。
「やっと起きたか…」
呆れた口調だが、バゲットさんの顔はニコニコとしている。
「セルス様やルシエール様の前でもこんな感じよ。あっ! あとアリゼーもね」
僕の知らない名前が出てきた。
ヤシタさんは それって誰? と聞いて欲しそうだ。
だが、ヤシタさんは僕の問いかけの前に話しを始めた。
彼女達は僕ら人間の心を いとも容易く探ることができる。
心を他人に読まれるのは、普通は恐怖でしかない。でも何故だろう…彼女達には恐怖を感じない。
そんな事を思っていると、バゲットさんはこちらを見て、ニコッとした。
やっぱ…怖いです…。
「じゃあまず、ルシエール様ね。ルシエール様はバグエのお母さんでぇ~。私たちエルフ族の女王様なの。 そしてセルス様はバグエのお父さん。バンパイア族の王様。トゥルーバンパイアだぞ~。 最後にアリゼー。彼女は北の山に住む魔女。こっちの世界でいう 警察や病院みたいなもの。通称 微笑の魔女って呼ばれているわ。怖い顔をした魔女よ~」
怖い顔をした魔女よ~。って…。魔女ってだけで怖いです…。
「ところで颯太。 お前が先程から言っているキュンキュンって何だ?」
バゲットさんは またもや、興味津々なようすで質問をしてきた。
「あ~! それは私も知りたい~」
「なっ!? 何でも無いですから!」
僕は恥ずかしさのあまり、早足になった。
「おい颯太! 私にキュンキュンゲージがMAXとは何だ? 教えろ颯太ぁ!」
お願いします!
道行く人が僕を見ているじゃないですか!
後で説明するので、大声で話すのはやめてください!
どうせ、今も僕の心を覗いているんでしょ!
「何だ? もしかして恥ずかしい事なのか?」
はい…結構、恥ずかしいです…。
「そうか、じゃあ後で教えてくれ」
「あと、あまり僕の心を覗くのは…」
「そうだな…颯太は たまに、イヤらしい事を考えているから、これからは控える事にする」
と言いながら、バゲットさんは頬を赤らめた。
「え? えぇーーーー!」
イヤらしい事って…。
◇
バイク屋に到着。
「おぉ! 颯ちゃん!」
大声で出迎えたバイク屋の社長。
「ヘルメットも新しいぜ! 苦労したよ、レストンなんてさ」
(レス・レストン = les・leston。1960年代 英国モーターアクセサリーのメーカー。Yahoo!等のネットショップで、高値で取引されている)
「探してくれたんだ! ありがとう社長」
僕は嬉しさのあまり、左側にいたバゲットさんの肩を抱き寄せてしまった。
「あっ! すっすみません! つい…」
一瞬、驚いた顔をされたが、
「あぁ…別にかまわない…」
と言って下を向かれてしまった。
そんな中、社長の話は続く。
「修理箇所はフロントフォークとクランクケース、後は前後のウインカー。ダンパーも歪んでいたから交換だ。ダンパーは保険外だったから俺のをつけておいた・感謝しろよ」
マジかぁ!?
「社長ぉありがとう!」
「まったく…ガソリンスタンドでダンプにあてられるなんて、お前もついてなかったな…」
作業終了書類をペラペラと捲りながら、話しをする社長。
「ところで颯太。その…そちらのお嬢さんはアレか? その…彼女か?」
「ああ、バゲットだ」
ちょ…まっ…バゲットさん!?
心の中まで語彙力がない。
「美人さんだね。颯太を宜しくね」
嬉しそうにバゲットさんに話しかける社長。
「任せてくれ。今日はこれから温泉に行くのだ! 榛名湖畔にある、颯太のお父さんの友人のところだ」
「おぉ! マグミのところか? こりゃアイツ喜ぶな! 日向ちゃんも行くのか?」
「私はアイツは嫌いだ! 私の事をガキと罵ったからな!」
「ハハハハ! 相変わらずだな日向ちゃんも…。そんな事は気にするな! おじさんはお嬢ちゃんの見方だ! ホレ、サインくれ」
そう言って終了書類を僕に渡した。
「はい、 ありがとうございました」
「うん、それじゃ気をつけて行ってこいよ。 あと、お嬢ちゃんにはこれをあげよう」
と言って、貼るタイプの携帯カイロをくれた。
「寒いからな。 まだ雪はないと思うけど油断するなよ」
「はい! それじゃ行ってきます!」
僕はClubManに跨がり、セルをまわした。
久しぶりだ!
冬の寒さで硬くなった50オイルが、軟らかくなっていくのがわかる。
さぁ出発だ!
社長はお店の前で立っている。
バゲットさんは振り向きながら手を振っていた。
よし! いざ榛名湖!