01.甲府戦乱 (9)克己
「闇良………」
「闇良くん………」
聖軍城塞・下層。
[建築]日向、[重力]沙美誰は沈痛な面持ちで、闇良の遺体を見つめている。
「……琴音は公安歴浅いし、仲間失うの初めてか」
「……目の前では、初めて」
「……そか」
静寂が、辺りを支配する。
「……なんであんな馬鹿なことしたんだろうな、コイツ。
死ぬ必要ねーだろ、こんなことで……」
「……私たち、そんなに薄情だと思われたのかな」
「……さあな」
二人が視線を落とした先には、虚ろな目の闇良龍真がいた。
手足はだらんと力なく放り出され、もはや生気の欠片もない。
「……どうする、こっから」
「……遺体を零城に持って帰ろう。
私がブラックホール作るよ。ちょっと待ってて」
「おう」
緊張の糸が切れているような緩慢な動きで、
のそりと[重力]沙美誰は立ち上がり、手をかざして、重力を凝縮し始める。
「……重力、凝縮………」
「召ッッッし上がれぇええええええええ!!!!!」
瞬間。
[重力]沙美誰の頭上の天井が崩壊し、
[料理]ポムフォンテが猛烈な勢いで急降下しながら、彼女に中華包丁を突き立てようとする。
「琴音っ!!!」
[建築]日向の咄嗟の行動は、彼女への体当たりだった。
魔術の行使が間に合わないと瞬時に判断し、自らの身体を思い切り彼女にぶつけて、
[料理]ポムフォンテの中華包丁の向かう先を、自らの背中に変えた。
「ぐ、があああああああッ!!!!」
「仁!!!!!」
「三枚に捌きますよおおお………おお………!?」
驚愕し目を見開く[重力]沙美誰は、
咄嗟に[料理]ポムフォンテの重力を逆向きにし、ふわりと浮遊させた。
包丁が背中に刺さった[建築]日向は苦しみに顔を歪ませながらも、なんとか立ち上がった。
「仁、大丈夫!?」
「あ、ああ………ギリ動けるかな………
それよりこいつ………!!」
「うん、[料理]ポムフォンテ!!
聖軍上級幹部、兆位相当………!!」
二人の脳内に、先刻の会話が蘇る。
『あと兆位とか、マジで絶対戦うなよ。
遺言考える間もなくあの世行きだぞ』
「意外と遺言考える時間はあんだな」
「ないよ………!!」
[建築]日向の額に、たらりと冷や汗が流れる。
[重力]沙美誰の重力操作する両手が、ガタガタと震えている。
そして[料理]ポムフォンテが、圧力調理の応用で重力操作に対抗し、
獰猛な笑顔を浮かべながら、ゆっくりと下降していき、床へと着地する。
「建築っ!!!壁っ!!!」
[建築]日向の一声とともに鉄筋コン造の壁が地面から競り上がり、
[料理]ポムフォンテを左右から挟み込み、圧し潰そうとする。
「重力、圧縮っ!!!」
さらにその壁を、[重力]沙美誰が加速させる。
垂直落下するような勢いで迫る鉄筋コンの壁は、
あと数秒で、確実に[料理]ポムフォンテを圧し潰すはずだった。
「無駄だよ~!!」
しかし。
[料理]ポムフォンテの両手がかざされた瞬間、巨大な調理台が幾つも生成された。
それらがつっかえ棒のように鉄筋コン造の壁を受け止め、
[料理]ポムフォンテはその上を走りながら、中華包丁とフライパンを両手に持つ。
「建築、檻っ!!!」
「それも無駄だよ~っ!!!」
鋼鉄製の檻が[料理]ポムフォンテを囲うように生成されるが、
彼は中華包丁でそれを大きく一刀両断し、ズレるように斬れた檻上部を蹴り、
次の一手を準備している[建築]日向のもとへと思いっきり跳んだ。
「包丁で鋼鉄を斬った……!?」
「魔術の洗練度が、すなわち実力が違いすぎるよお~!!」
「仁、逃げて!!」
[重力]沙美誰が[建築]日向にかかる重力を操作し、背後方向に掛かるよう転換する。
彼はくるりと身を翻し、後ろへ落下するように移動しようとするが、
[料理]ポムフォンテはそれ以上の速度で駆け、包丁を彼の背中へと突き立てようとした。
「仁っ!!!」
[重力]沙美誰が二者のあいだに割って入り、
水をこぼすように反重力波を[料理]ポムフォンテへとブチ撒け、彼の疾走のスピードを緩める。
しかし、[料理]ポムフォンテは咄嗟の判断で中華包丁を投げ、[重力]沙美誰の肩を切り裂く。
鮮血が反重力波に攫われて、水滴の形のまま宙をゆっくりと揺蕩う。
「琴音っ!!!」
「小細工が効かないと分かったでしょう~!?
お前らを殺して、闇良龍真を攫って、とっとと大阪に帰還するね!!
さよなら、公安の若き隊士たちよ!!」
[料理]ポムフォンテは、既に間合いに二人を収めていた。
両腕で思いきり振りかぶり、中華包丁とフライパンに漲り滾る莫大な魔素を込め、
二人で身を寄せ合う[建築]日向と[重力]沙美誰に振り下ろそうとする。
「くそっ………」
「ここまでか………!!」
[建築]日向は険しい表情で、彼女を庇うように少し前へ出て、歯を食いしばった。
[重力]沙美誰は悲し気な表情で、彼に寄り添うように肩に頭を預け、目を瞑った。
*
「……日向くん、沙美誰さん」
[建築]日向、[重力]沙美誰、[料理]ポムフォンテが争う様子を、
そして自分自身の死体が投げ出されて血溜まりに沈んでいる様子を、
闇良龍真は、傍観するように、幽体離脱したように眺めていた。
「……僕は死んだんじゃないのか?
なんで、この光景を見られるんだろう」
「情けないのう、腰抜け」
世界が灰色になり、時が止まる。
[料理]ポムフォンテも中華包丁とフライパンを振りかぶったまま静止した。
「……え?」
闇良は、背後から掛けられた声の方角へ、ゆっくりと振り返る。
そのとき、目の前には………獰猛で、殺意に溢れた、不定形の何かがいた。
「先刻ぶりだな。臆病な者よ。
今回は、意識が鮮明であるようだな」
獰猛なソレは、黒々としてとらえどころのない、ヒトガタだった。
なんのことはない言葉の一つ一つに、胸が苦しくなるような重圧感があり、
闇良は喉がカラカラに乾くような緊張感に苛まれた。
「……貴方は、誰ですか」
「答える義務はない。
貴様の心中に棲んでいる者とだけ言っておこう。
……さて、貴様の仲間らは絶体絶命のようじゃが……
貴様はどうするつもりじゃ?」
「……どうするつもりって、僕はもう死んだでしょう?」
「貴様は不死身だ」
「……………は?」
闇良龍真は、思わず聴き返す。
眼前の殺意の奔流は、にたりと笑って言葉を続ける。
「十中八九、貴様は[地獄]の魔術師だ。
そして無間地獄には死者が永久に復活するという特性がある。
恐らくそれが原因であろうな、貴様は不死身であろうし、
先ほど[液体]ウィリーンと戦ったときも死んでから復活しておった」
「な、なにを………」
「そもそも、なぜ貴様は今日、甲府で目覚めた?
………結論から言おう。わしが蘇らせた。
貴様は既に死んだ状態であり、地獄で暴れ回っておった。
そして地獄に堕ちたわしが貴様を地獄で調伏し、
[地獄]の魔術を行使させ、今日、蘇らせたのだ」
「………」
闇良のなかで、全ての辻褄が合った気がした。
死んだのに現在も意識があることも、先ほど蘇ったことも、
自分が[地獄]の魔術師で不死身であるならば、納得できる話だと思った。
「……で、どうするのだ」
「ぼ、僕は!!身を挺して彼らを守るよ!!」
「……貴様、弱いな」
突然の罵倒に、闇良の表情が歪む。
勇み足で駆けだそうとする彼に、獰猛なソレが、強い言葉を投げつける。
「貴様は痛みや死を好むのか?」
「そ、そんなわけないですよ!!
痛いのも苦しいのも死ぬのも、できるなら避けたい……」
「ならばなぜ、自分を過度に犠牲にするのだ。
先ほどの死も、今もだ」
「そ、それは……」
「自分のことも尊べない奴が、どうやって他人を尊ぶというのだ。
貴様はただ、自分の尊厳を賭けた戦いから逃げ続け、常に全面降伏しているだけだ。
そんな奴には何も守れん。貴様は守る術を知らず、捨てる術しか知らんのだからな」
図星だったのか、闇良はぎゅっと目を瞑り、手を震えさせながら握りしめる。
「なぜ、自分を尊べないのだ。
貴様が言いたいことを言い、やりたいことをやる。
言いたくないことは言わず、やりたくないことはやらない。
なぜそんな当たり前のことをしないのだ?」
「…………他人が、怖いから」
「………ふん、貴様は弱いな。
貴様は、人の目に敏感すぎるのだ。
他者の顔色一つでおおいに傷付き、いつもオドオドと震えている。
本当は、他人の顔色などで傷付く必要はないと、頭で理解しているにも関わらず……
……現に今も、わしに何一つ言い返せていないではないか」
闇良の心が、危うく揺らぐ。
まるで挑発するような物言いに、眉間に皺を寄せ、目を見開いた。
「……僕だって」
「なんだ?腰抜け」
「……僕だって、他人を気にしたくなんか、ないですよ」
弱々しい、精一杯の反攻。
不定形のソレは、更に挑発するように、闇良を煽ってみせた。
「ふん、弱虫でも文句は言えるのだな。
ならばなぜ、他人の目を気にするのだ」
「それは……他人に肯定されることでしか、自分の存在価値を感じられないから」
「なぜ、己自身を肯定できんのだ」
「だって……僕自身が、僕のこと大嫌いですから」
「ならば、なぜ自分のことが嫌いなのだ」
「そんなの……僕は何もできない、無力で弱い人間だからですよ」
「ならば、なぜお主は弱いのだ」
「なぜって……」
しつこい問答が続くなかで、怒気が膨らんでいく。
そして遂に、闇良は、頭の後ろで線が切れたような感覚を覚え、
口からついて出た言葉を、思いきり張り叫んだ。
「……弱い理由なんてッ、弱く生まれてしまったからですよ!!
自分が強くなれるとも思えない!!人生が良くなるとも思えない!!
僕は、僕が大嫌いで、僕を一番よく知っているから!!」
完全に激昂した闇良が、大声で叫ぶ。
眼前のソレは不遜に溜息をつくと、張り合うように大声を出し、
闇良に詰め寄るように近付きながら、ふたたび問いかける。
「弱い弱いなど、自分で決めつけておるだけだろう!!
自分が強く生きられないか、貴様は一度でも試したのか!?」
「僕が強くなれるわけないでしょっ!!
今までの人生でっ、散々思い知ってきたのに……!!」
髪をぐしゃぐしゃと掻き、闇良は頭を抱える。
それに追い打ちをかけるように、眼前の存在は更に詰め寄る。
「ふん、ならば貴様は怠惰ゆえに惰弱になったのだな!!
自分は弱く生まれたのだと思考をやめ、起死回生の可能性を自ら捨てた!!
どう生まれようが、貴様は痛みを怖がり、
弱く生まれたと愚痴を吐き、惨めったらしく死んでいくのだ!!」
かひゅっ、と乾いた呼吸音とともに、
闇良の目が一層大きく見開かれ、感情のままに、心のままに、
眼前の不遜で獰猛なソレに、大きく怒鳴るように絶叫した。
「黙れぇええええええええええッ!!!!」
叫びが、木霊する。
反響する声以外には何も聞こえない、静寂が訪れる。
息を切らし、膝に手をつき、ぽたぽたと額から落ちた汗が、地面を湿らせる。
灰色の世界に、静けさが戻った。
そのとき、禍々しいソレは、前かがみになった闇良を見下ろしながら、
静寂を破る言葉を、穏やかな口調で紡いだ。
「………それだ、腰抜け。ようやく本音を語ったな」
「………っ!!」
存外穏やかな口調に驚いて、闇良は思わず顔を上げる。
相変わらず黒々としていて不定形の、形容しがたい姿ではあったが、
威風堂々としていつつも、どこか穏やかな心中で語っているように見えた。
「いま貴様は、わしの口撃に思わず言い返した。
それは、白熱する口論のなかで、貴様がわしの顔色を忘れたからだ。
顔色さえ忘れれば、貴様は己の感情を表に出せる」
「………」
ソレが、真っすぐ語り掛けるような声で、言葉を紡ぐ。
闇良からしても、自分の感情を爆発させて晴れ渡った心中で、
目の前の存在が何かを本気で伝えようとしているのだと感じ、素直に聞き入った。
「腰抜けよ。夢中になって戦え。
わしとの口論のように、夢中になれば大概のことは気にならなくなる。
よいな。貴様は、夢中にさえなれば、前に進めるし、人の目を気にしないこともできる。
仲間を守るのもいいが、自分のこともよく守れ。
そして貴様を傷つける者に対しては、とにかく戦え。
結果負けてもいいのだ。どうせ負けるなら、前のめりに負けろ」
「………はい」
憑き物が落ちたように、闇良の身体はずいぶん軽くなった。
肥大化した恐怖が、ぱらぱらと落ちて、砂のように消えたように錯覚した。
「………少しはましな顔になったようだな。
そろそろ行け。弱さを克服してみせろ、腰抜け」
「………その前に」
景色が揺らぐ。
灰色の世界に、少しずつ色彩が戻っていく。
黒々と輪郭を失い、消えていく獰猛なソレに、闇良は頭を下げた。
「………ありがとうございました」
「………くっくっく。律儀だな、腰抜け」
暴力的で恐ろしいソレは、上機嫌に笑いながら、消えていった。
*
「これで、終わりで~す……!!!」
[料理]ポムフォンテが、
[建築]日向と[重力]沙美誰に中華包丁とフライパンを振りかぶる。
もはや一巻の終わりだと、二人がぎゅっと目を瞑って身を寄せ合った瞬間。
カツ、カツ。
奇妙な音が響き渡ると同時、
魔素の奔流が大部屋に溢れ返り、三者を一斉に振り返らせる。
「何だ~!?」
「まさか……闇良くん!?」
「おいおい、アイツ死んだんじゃねえのかよ!?」
三者の視線は闇良が横たわっていた地面に向けられるが、そこには何もなかった。
ただ、噎せ返るような魔素濃度の感覚から、
この部屋に"闇良のせいで何かが起こっている"ことはわかっていた。
「こんだけ魔素が濃いと、どこにいるかがわかんな~い………!!!」
「僕の仲間を、離してください」
[料理]ポムフォンテの背後で、蘇った闇良龍真が、刀を構えていた。
瞬時に振り返り魔素による身体強化をしようとしたが、間に合わない。
下腹部を刀が切り裂き、血飛沫が宙を舞い、鮮やかな斬撃が終わる。
「お前は………"黒炎"………っ!!!」
「戦うって決めたんです。
仲間を守るために、そして僕を守るために!!」
[地獄]の魔術師・闇良龍真が、ふたたび刀を構えた。
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