01.甲府戦乱 (7)熊退治
十分後。
再び"三人乗り戦闘機形態"になった[変形]大凱の背に乗って移動していた一行は、
聖軍拠点の置かれている昇仙峡へと向かっていた。
「二度目の奇襲ってのが効いてんな。
現時点で敵の魔素反応がどんどん少なくなってるわ」
「そうだねぇ、あとは敵の上級幹部だけ倒せれば勝てそうだね」
[建築]日向と[重力]沙美誰は神妙な面持ちで、
零バッジの魔素レーダー機能を用いて、戦場を分析し、意見交換している。
闇良は会話に入れる余地がないと思い、少し気まずそうに外を眺めている。
「……あ」
「ん?どした、闇良」
「あそこ、拠点じゃないですか?」
山を越えると同時に、巨大な建造物が山頂に聳え立っているのが見える。
一見、何の変哲もないヨーロッパ風の石造城塞のような外観だが、
漂う魔素の濃密さから、防衛向きの魔術陣が張り巡らされていると分かる。
「そうだな………ここで分かれるぞ。
お前らは城の正門から入って、下級幹部を倒しまくってくれ」
「えっ、大凱さんはどうするんですか?」
「漂う魔素から逆算して………一番強い敵は城塞の頂上近くにいる。
そこに突入形態で突っ込んで、一人で倒して回る」
「わ、わかりました………」
ふたたびパカっと開いた搭乗席の床から、三人は降下していく。
今度は闇良に配慮してか、最初からゆっくりと減速し、
パラシュート降下のような速度で降りていく。
「多分聖軍下級幹部は一人いるかいないかだと思うけど、
強い魔物が居る場合もあるから、気を付けてね」
「は、はい」
「最悪、俺か琴音の近くに居てくれれば守れるからな。
マジで遠慮せず頼れよ。死ぬときは一瞬だからな」
「う、うん」
今までにない緊張を感じながら、
闇良は自分の手の中にある鉄刀を強く握りしめる。
そして彼らはふわりと着地し、城塞の入り口へと入っていった。
*
「マジでRPGみたいだな」
「うん。なんかヨーロッパってよりゲームっぽいかも?」
「な、なんか怖いね………」
闇良・[建築]日向・[重力]沙美誰の三人は、聖軍の城塞のなかへと侵入した。
エントランスには赤絨毯が敷かれ、シャンデリアなどの調度品も飾られているが、
誰も居らず薄暗いためか、寂れた雰囲気がしていて不気味だった。
「にしても、魔物が一匹も居ないってのは………」
「不気味だねぇ」
「も、もしかして待ち伏せされてたり……!?」
「可能性はあるわな」
[建築]日向が、鍵のかかった大扉を魔術で解体する。
そして[重力]沙美誰が反重力バリアを張りながら先頭を行き、
闇良は刀を両手で握りしめながら、へっぴり腰で最後尾を歩いた。
「……二人は、怖くないの」
「あん?」
「ん、どういうことぉ?」
闇良の発言に、[建築]日向は意味が分からないといった声色で、
[重力]沙美誰は小さい子に向き合うような優しい声色で、聴き返す。
「痛いのとか、辛いのとか、死ぬのとか。
怖くないのかなって」
「あー………怖いってか、『嫌』ではあるけど」
「……仲間、大事だからねぇ」
振り返ってはにかむように笑う、最前列、[重力]沙美誰。
その首に、突如、鋼鉄製の爪がかけられた。
「……え」
「琴音っ!!!」
「大丈夫だよ、みんな」
[重力]沙美誰の首の柔肌に、引き裂くように爪が立てられた瞬間。
ぐしゃりと爪が歪み、スクラップのように何段にも折り畳まれていく。
そして可愛らしく手首を傾げながら裏拳を叩きこむと、
彼女の背後の存在は、遥か彼方へと吹き飛んだ。
「ちゃあんと見えてるよっ」
「あ、あはは………つよ……」
「……戦闘、開始だな」
三人が一気に扉をくぐると、
[建築]日向により、魔術で照明器具が生成され、辺りが照らされる。
やけに広い一室のなか、毛むくじゃらの何かが、腕を押さえてうずくまっている。
「熊か」
「ブガアアアアアア!!!」
苦しみ悶えていたツキノワグマが、ジグザグに動きながら[建築]日向に襲い掛かる。
[建築]日向は床から壁を生やし、ツキノワグマの腹に勢いよく命中させ、吹き飛ばす。
「なんで熊!?」
「[熊]の魔術師だろうな。
一匹だけってこともないだろう。来るぞ」
[建築]日向の予想は的中した。
多数の扉が蹴り破られ、十匹以上のヒグマが現れる。
咆哮を上げながら四足歩行で駆けるそれらに、三人は背中合わせになって相対した。
「行くぞ!!闇良、琴音!!」
「はいっ!!」
「うんっ!!」
三者は、一斉に飛び出した。
[建築]日向は針の床を形成し、襲い来るヒグマたちの四足を勢いよく貫く。
闇良は目潰し代わりに炎を手の平から噴きながら駆け寄り、刀でヒグマたちの足を斬る。
[重力]沙美誰はブラックホールでヒグマたちを一か所に集め、空中で止める。
「スイッチ!!!」
「はいっ!!!」
「りょ!!!」
三者は、120度回転する。
針の床で悶え苦しむヒグマたちは、[重力]沙美誰によって重力操作され、地面に圧し潰される。
足を斬られたヒグマたちは、[建築]日向によって壁を生やされ、上へ吹き飛ばされる。
空中に集められたヒグマたちは、闇良によって一刀両断され、上半身と下半身が分離する。
「もっかい!!」
「はいっ!!」
「うぃ!!」
三者は、更に120度回転する。
針の床に圧し潰されたヒグマたちは、闇良によって心臓を刺し貫かれ、絶命する。
上空へ吹き飛んだヒグマたちは、[重力]沙美誰によって地面に叩きつけられ、絶命する。
一刀両断されたヒグマたちは、[建築]日向によって壁と壁の間に挟まれ、絶命する。
ヒグマたちの群れは、わずか十秒足らずで殲滅された。
「まあまあ良かったな」
[建築]日向が両手を高めに挙げて、顎でくいくいと指し示す。
「うまく出来た気がする……!」
「良いトリオなんじゃない?」
闇良と[重力]沙美誰も両手を高めに挙げて、三人同時にハイタッチする。
ぱん、と乾いた音が3つ響いて、闇良の胸の内に高揚感が滾る。
しかし、その瞬間。
突如、三人の直上の天井が崩壊すると同時に、
何者かが下方向に飛び掛かり、剛腕を思い切り振り下ろした。
「闇良っ!!!」
「う、うわあああああああああ!!!」
闇良龍真は転がって回避しようとするが、
全く想定外の奇襲攻撃だったためか、爪から逃げきれず、腹を貫かれてしまう。
痛みが彼の脳を支配し、大部屋には彼の絶叫が響き渡る。
「ぐがあああああああああ!!!!!」
「流石、公安第零課の魔術師は馬鹿ですな。
偽物のゴールに釣られて慢心するなど、分かりやすすぎますな」
身長2mほどの半獣人の男、[熊]ラビンが、
闇良の腹を長い爪で貫きながら、片手で持ち上げる。
「重力を………!!」
「おっと、余計な真似はやめていただきたいですな。
下手に動けば、この爪が彼の心臓に達しますな?」
「この下衆クマが……!!」
迂闊に動けなくなった[建築]日向と[重力]沙美誰は、
両手をかざし、魔素を充填しながらも、その場から動かなかった。
[熊]ラビンは下卑た笑顔を浮かべながら、闇良の喉元に爪を向ける。
「取引するんですな。
こいつについて知っていることを全て教えろ、ですな」
「何を偉そうに………!!」
「さもなくば、こいつを殺すんですな」
「………くそ!!」
[建築]日向、[重力]沙美誰の脳内で、高速で戦略が組み立てられていく。
しかし、それを遮るように[熊]ラビンは爪を首筋に掠め、たらりと血を見せつける。
「早くしろ、ですな」
「くっ………
………まず、見ての通り………男だ」
「見て分かる情報や明らかに無価値な情報はやめろ、ですな。
それとも、時間稼ぎが目的ですな?」
「………ちっ、そいつは記憶喪失だ。
だから俺らにもほとんど情報がない。
だが、魔術で刀と炎が使える。経験者レベルだ」
「仁……!!」
「教えるしかねえだろ!!さもねえと100%死ぬんだぞ……!!」
[建築]日向と[重力]沙美誰は、切羽詰まった表情で顔を見合わせる。
[熊]ラビンはにやりと口角を吊り上げながら、獣らしく獰猛に笑う。
そして、闇良龍真は………魔術で刀を生成し、自分の心臓に刺した。
「……は?」
「……え?」
「……なんですな?」
素っ頓狂な声が三つ響く。
そして1秒後、全員の心臓が嫌な高鳴り方でドクンと跳ねる。
「こうすれば……ごぶぶぉっ、
僕が死ねば、日向くんも沙美誰さんも、困らないでしょ………?」
闇良龍真の過剰なまでの自己犠牲により、
[熊]ラビンの人質戦法は崩壊した。
「大馬鹿、野郎がああああああ!!!」
「な、なんてことを………!!!」
「こいつは、馬鹿なんですな!?
く、"熊蜂"!!!」
[熊]ラビンは大量失血している闇良龍真の身体を捨てると、
魔素を滾らせ、部屋中から熊蜂の大群を発生させる。
ヴヴヴと不快な羽音を立てながら、四方八方から熊蜂たちが二人に迫る。
しかし、[建築]日向と[重力]沙美誰は、
すでに[熊]ラビンの方へ全速力で駆けだしていた。
「ハチくらいなら基礎魔術の身体強化で無効化できんだよっ!!」
[建築]日向・[重力]沙美誰は皮膚を魔素で硬化させ、
凶暴化する熊蜂の針を通さないまま、一切スピードを落とさずに疾走する。
そして[重力]沙美誰はブラックホールを生成し、
掃除機代わりに熊蜂たちを吸いこみ、圧死させながら進んでいく。
「く、くそ!!"魔熊化"ですな!!
ぐ……ぐおおおあ………!!!!」
[熊]ラビンは筋肉を隆起させ、ビキビキと身体を変質させ、
紫の体毛を纏った、体長3mほどの獰猛な魔熊となり、
咆哮を上げながら二人と相対する。
「グオオオオオアアアアアアア!!!」
巨大な体躯で体当たりするように四本脚で駆けだした[熊]ラビンは、
その暴力的な質量を今にもぶつけんと、木製の机を薙ぎ倒しながら進んだ。
「仁!!いつものアレいくよ!!」
「おう!!建築、溶鉱炉!!」
[建築]日向は迫りくる[熊]ラビンの直下に、
赤熱する鉄を大量に溜め込んだ溶鉱炉を生成する。
「グ……ガアアアアア!!!!!」
白目を剥きながら一心不乱に二人へと向かっていた[熊]ラビンは、
そのまま落下し、1500度以上の液体鉄の海に身体を沈めていく。
「重力凝縮!!」
そして、飛び上がった[重力]沙美誰がブラックホールを生成し、
[熊]ラビンのいる液体鉄の海を、[熊]ラビンごと持ち上げ、
まるで巨大な球のように成形しながら、ゆっくりと浮遊させる。
「建築、プール!!!」
「重力、圧縮っ!!!」
最後に、液体鉄の球は更に圧縮されて小さくなり、
そこに大量の水が注ぎこまれ、じゅうじゅうと湯気と音を立てながら、
急速に鉄が冷却され、巨大な鉄のボールとなった。
もはや[熊]ラビンの声はせず、彼は巨大な鉄球のなかで永遠に眠った。
「………やったか」
「そんなことより、闇良くんを!!」
二人が駆け寄ると、闇良龍真に息はなかった。
生気のない真っ白な顔色で、静かに横たわり、目を開いたままぴくりとも動かなかった。
「………くそ」
「なんで、あんなこと………!!」
[建築]日向は悔し気に唇を噛み、血を滲ませ、拳を震わせた。
[重力]沙美誰は涙で目を潤ませながら、両手で口を覆った。
二人は、暫くの間、ただただ立ち尽くしていた。
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