01.甲府戦乱 (6)魔術実地指導
「うおっ、と!!!」
「おい闇良、静かにしろ。
敵がすぐ近くに居るかもしれないんだぞ」
「ご、ごめん………」
山梨県・甲府市。
巨大な廃墟の影に現れたホワイトホールからは、
[建築]日向、闇良が順に出て、そのあと[変形]大凱と[重力]沙美誰が現れた。
「敵の上級幹部……すなわち兆位相当のヤツが出張ってくるはずだ。
俺はそれを叩く。日向、沙美誰は周りに湧いてくる億位の奴らをやってくれ。
闇良は日向、沙美誰について守ってもらえ」
「了解っす」
「はい!」
「あ、あの……兆位とか億位とかって何ですか?」
闇良がおずおずと手を挙げて質問すると、
[重力]沙美誰が一歩前に出て、大きく身振り手振りしながら説明を始める。
「兆位、億位、万位ってのはね、魔術師の強さのレベルだよ!
一般人の一兆倍以上強いと兆位って感じ!」
「え、えぇ……一兆倍?」
「そだよぉ。大凱さんは兆位だから1000兆倍くらい強いし、
仁と私は億位だから一般人の200億倍から500億倍くらい強い感じかな」
あまりのスケールの大きさに唖然としていると、
[建築]日向が補足をするように会話に割って入った。
「闇良が勝った[液体]ウィリーンは下級幹部……つまり億位だから、
お前も覚醒モードだったらもう億位ぐらい強いかもしんねえな。
でも億位のなかでも全然レベルの幅あるし、あんま戦おうとすんなよ。
あと兆位とか、マジで絶対戦うなよ。遺言考える間もなくあの世行きだぞ」
「う、うん!!」
食い気味に頷く闇良を後目に、
[建築]日向は[重力]沙美誰と並んで、こちらに背を向ける[変形]大凱の後ろにつく。
「じゃあ、俺に乗って移動するぞ」
「え?大凱さんに乗る?」
[変形]大凱の身体に魔素が漲り、前傾姿勢のまま一際強く光る。
肩・肘の関節があらぬ方向へ回転し、腕の横幅を大きく広げて翼と為し、
太腿からはブースターのようなものが競り出すように現れ、
胴体は液体金属のように柔軟に変化し、まるで戦闘機のように滑らかな体表を創り出す。
そしてジェットコースターの乗客席部分のように穴が開いた部分に、
三人分の広さのシートと掴まるためのバーを誂え、ゆっくりと体勢を低くする。
そして、[変形]大凱の"三人乗り戦闘機形態"が完成した。
「こ、これが[変形]の魔術………」
「乗れ」
「は、はい!」
慣れた手つきで搭乗する[建築]日向・[重力]沙美誰に続いて、
焦って転びそうになりつつも、闇良も少し跳ねるように飛んで、搭乗した。
*
甲府市北部に位置する渓谷・昇仙峡。
美しい自然を楽しめる遊歩道を歩きながら、
聖軍上級幹部と下級幹部が一人ずつ、歩いていた。
「ポムさん、大変ですな!!
再び公安が攻めてきたようですな!!」
[熊]の魔術師、ラビン。
聖軍下級幹部にして山梨県の防衛担当を務める半獣人の男。
全身が毛皮に覆われ、熊らしく丸い耳がついた彼は、
円らな瞳とは対照的に、吼えるようにそう伝えた。
「なら、ブチ殺せばいいじゃあ~ん」
[料理]の魔術師、ポムフォンテ。
聖軍上級幹部にして山梨県支配の全権を担うふくよかな男。
料理人らしいコック服を身に纏い、るんるんとお玉を揺らしながら、
たっぷり蓄えた白いあごひげを揺らし、穏やかに答える。
「特に、[変形]大凱が来てますな!!
兆位相当のヤツを野放しにすれば、
億位の仲間はみんなやられてしまいますな!!」
「僕が行くから大丈夫だよお~」
[料理]ポムフォンテが手を上に払うと、
ざく、とキャベツを切るような音が、滝の音に混じる。
その瞬間、手刀の衝撃波で上空を通りがかっていた鳥の頭が飛ぶ。
[料理]ポムフォンテは墜落する鳥の死骸をノールックで掴み取ると、
片手で握り潰し、むね肉・もも肉・手羽肉に手刀で斬り分け、材料袋に放り込む。
「大凱をバラバラにして唐揚げにしちゃおっかなあ~」
「ポムさん、俺はどうしますな?一緒に加勢しますな?」
「ん~、君には頼みたいことがあるんだあ」
訝し気に次の句を待つ[熊]ラビンに対し、
とびきりの笑顔で、[料理]ポムフォンテは答える。
「"黒炎"使いの少年を、狙ってくれるかな~?」
*
「魔物の大群を発見。殲滅するぞ」
雲の中を飛ぶ途中、突然[変形]大凱が大声でそう言って、減速を始めた。
そして雲を抜けると、眼下に広がる景勝地には、魔物達が犇めきあっていた。
轟音のなか、[重力]沙美誰も大声で、闇良に対して耳打ちする。
「闇良くんもさ、戦おうよ!!」
「えっ!?!?」
「魔物は万位ばっかで弱いからさ、行けるよ!!」
「えっ、えっえっ!?」
「飛ぶぞ!!!」
[変形]大凱の搭乗席がぱかりと下に開き、
闇良・[建築]日向・[重力]沙美誰は一気に落下していく。
「うわあああああああああああ!!!
無理無理無理無理!!!助け」
「はい、重力操作」
ゆっくりと自由落下していく三人は減速していき、
わたわたする闇良と慣れている二人という対照的な構図で、ふわりと着地した。
「お前、叫んでわざと魔物呼んだ?
ガッツあんね」
「え……?」
[建築]日向の声に釣られて周りを見渡すと、
闇良の目には、360度全方向から迫ってくる異形の魔物たちが目に入った。
否応なしに始まる戦闘の気配に、闇良の心臓がどくんと跳ねる。
「グガアアアアアア!!!!」
「建築、ビル」
[建築]日向は両手をポケットから出し、手を重ね、前へ向ける。
魔素が迸り、何もない山肌から鉄筋コンクリート造のビルが生える。
勢いよく飛び出していくビルは、多数の魔物たちを打ち上げるだけでなく、
生え切ったあとにはゆっくりと倒壊して、数多の魔物たちを巻き込みながら、
砂塵と轟音を伴いながら、昇仙峡の山々に激震を与えた。
「す、すごい………」
「闇良、覚えといてくれ。
固有魔術はざっくり三種類に分類される。
自分で戦う白兵魔術、環境を変えて戦う環境魔術、現実改変して戦う論理魔術。
こうやって環境・地形を変えながら戦う俺みたいなのが、環境魔術師だ」
「そして私は、ゴリゴリに自分で戦う、白兵魔術師だよっ!!」
[重力]沙美誰が重力操作で高速かつ超低空飛行しながら、
先に拾っておいた石礫を投げて、重力操作で加速させる。
まるで弾丸のように加速する石礫が、魔物達の脳天を撃ち抜いていく。
「闇良!!今は割と余裕がある状況だ!!
お前も魔術を使ってみろ!!」
「え!?そんなの、どうやって…!?」
「魔術でどうしたいかイメージして、
全身の血液を集めるのをイメージするの!!
まずは闇良くんが使ってた刀を生成してみて!!」
[建築]日向は次々にビルを建築し、倒壊させることで広大な範囲を一網打尽にしていく。
また、[重力]沙美誰はスケートで滑るように進みながら、石礫の弾幕を張っていく。
そんな彼らに追いすがるように、闇良も両手を構え、刀と魔素の流れをイメージする。
「まずは、刀をイメージする……
玉鋼製の無骨な刀、とにかく切れ味が鋭くて、手に馴染むような……!!」
闇良の脳内で、刀の解像度がどんどん上がっていく。
刃文から、刀の反り具合、鍔、柄に至るまで、完璧なイメージが脳内に創り上げられる。
「心臓から、肩、腕、肘、掌に血液が届けられて……
そしてその先の空間まで、血液が進んでいくような感覚……
そして温かな血液が、両手のあいだの中空で、刀となっていく感覚………!!」
闇良の体内で、溢れんばかりの魔素が滾る。
そして魔素の奔流は浸透するように手のひらから溢れ出し、
先ほどのイメージを設計図代わりに、刀の形をとって空中で凝固されていく。
かちゃり。
そんな音と共に、闇良龍真の手の内には刀が握られていた。
無骨な無銘の鉄刀。あまりの鋭さに、刃にひらりと舞い降りた枯れ葉が二つに裂けた。
「できた………!!!」
「………お前多分魔術使ってたことあるよな。
そもそも魔術って普通初見じゃ使えないし、クオリティ結構高いし。
記憶喪失なだけで、経験者だから身体が覚えてるって感じに見えるわ」
「ほんとね。
さ、その辺の魔物で試し切りしてみて」
闇良はきょろきょろと辺りを見回して、一番近くの魔物群を見つける。
少しの緊張はあるが、"できる"という根拠のない自信が、闇良を高揚させる。
静止した状態から、一歩、一歩と踏み出し、闇良は歩き、走り、疾走し、魔物へと迫る。
「グガアアアアアッ!!!!」
頭部が魚、それ以外が人間といった半魚人が、鰓をひくひくと動かしながら走って迫る。
闇良は間合いに入る瞬間、後ろ足でひときわ強く地面を蹴り、
身体をよじって力を溜めながら刃身を水平に構え、エネルギーを爆発寸前まで溜め込んだ。
「こうかなっ!!!」
「グゲェッ!!!」
思いきり刀を振り抜く。
熱帯魚らしき頭部が一刀両断され、斬れた鱗が宙を舞い、鮮血がドバドバと溢れる。
闇良は慢心せずに刀を引き戻すと、今度は二歩踏み込んで刺突し、魔物の心臓を貫き、
鍵を捻るように90度回転させたあと、蹴り飛ばすようにして魔物の身体を刀から抜いた。
「……現時点では100点だな」
「ほんと、空恐ろしいよねぇ」
魔物の群れとの乱闘はその後も数分間続いたが、
圧倒的格下との戦いであったため、公安メンバーは無傷で戦いを終えることができた。
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