01.甲府戦乱 (5)再征服作戦
零城3F・戦闘班フロアのとある会議室にて。
闇良龍真は、金髪不良少年の[建築]日向と、
ゆるふわ女子の[重力]沙美誰から尋問を受けていた。
「……話まとめんぞ。
お前は闇良龍真、17歳。
全体的に記憶喪失で、出身地・生年月日・性別くらいしか覚えていない。」
「ええ、すみません」
「……別に謝んなくていいよ。
で、今日気が付いたら甲府の廃墟のど真ん中にいたと。
なぜそこに居たのかも、起きる前何をしていたのかもわかんないと」
「ええ」
「魔術のことも、公安第零課のことも、聖軍のことも、
とにかくなーんにも分かんないんだな?」
「……はい」
子犬のように申し訳なさそうな顔をする闇良に対し、
優しい対応に慣れていない[建築]日向は金髪を掻きながら、極力言葉を選んで話す。
一方の[重力]沙美誰は、そんな様子を面白そうに眺めている。
「じゃあ、順を追って説明してやる。
まず、2024年1月1日に、聖軍って正体不明の魔術師集団が日本を攻めてきたんだ。
これが『聖軍侵攻』。
自衛隊も応戦したけど、敵に銃火器が効かないせいですぐに壊滅した。
日本人は一億人以上死んで、東京以外の各都市は陥落した」
ホワイトボードには日本地図が描かれていて、
東京のみに射線が引かれ、『味方』と欄外に描かれている。
「だけど、日本人は逆転攻めに成功した。
日本人のなかにも魔術が使える人が現れて、反転攻勢に成功したんだ。
なかでも、ウチのトップである永遠乃流軌さんが最強だった。」
「………え?永遠乃流軌さん!?
トップアーティストの、あの永遠乃さんですか!?」
「……それは覚えてんだな。
その通り、日本を代表する超絶人気アーティストの永遠乃さんだよ。
あの人ぶっちぎりで最強だし、うちらのボスだから」
闇良が壁を見ると、そこには件の永遠乃流軌のポスターが飾ってあった。
永遠乃がアコースティックギターに艶めかしくもたれる姿が描かれている。
『生きる芸術』『美の擬人化』と呼ばれるほど美しい彼女は、
日本にクール系女子・低音女子のトレンドを作った、国民的に人気な存在だった。
「永遠乃さんは魔術師を集め、俺ら公安第零課を創設した。
そして聖軍をガンガン攻めて領土を取り戻し、
まあなんか、紆余曲折あって、今は関東全体を実質的に治めてるって感じだな」
「え……じゃあ日本人は、関東地方にしか住んでないんですか!?」
「いや。言ってなかったが、公安と同盟結んでる勢力もある。
カイエン派。名古屋を中心に愛知・岐阜を治めてる勢力だな。
オーフェン孤児院。福岡を中心に北九州の一部を治めてる勢力もいる」
ホワイトボードの日本地図に、射線が加えられる。
関東地方、愛知・岐阜、福岡・佐賀・長崎。
日本人の生存圏のあまりの小ささに、闇良は動揺を隠しきれなかった。
「公安第零課についても説明しよっか!」
暇を持て余していた[重力]沙美誰が手を挙げ、解説役を横取りする。
「私たち公安第零課は、
日本人の安全と幸福のための魔術師集団だよ!
永遠乃さんが集めた日本人魔術士で構成され、
聖軍などの敵対勢力から日本を守るために日々戦っている、
政府にも超法規的に認められた私的戦闘組織?ってやつです!」
「え、つまり本来違法なんですか、ここ?」
「まあね!でも自衛隊壊滅しちゃったし、うちらがやるしかないし!
てか政府もほとんど機能してないからさ、実質うちらが政府なんだよねぇ」
思った以上に限界じみた現状に、闇良の口角がぴくぴくと痙攣する。
「そしてお前には、我らが公安第零課に入ってほしい」
「………え、僕ですか?」
「ああ。関東の日本人魔術師は全員加入させろって命令だからな。
永遠乃さんからの司令だ。拒否権はないと思ってくれ」
「あのねぇ、公安第零課はめっっっちゃ人手不足なの!
聖軍侵攻で生き残った日本国民は推定二千万人もいるのに、
魔術適性がある人は0.01%しかいないんだぁ」
「つまり魔術師は数千人しかいない。
そのなかで死んだ奴や勝手してる奴や裏切った奴なんかを引いて…」
「公安第零課は、現在346名でお送りしていまぁす」
過労気味なのか、遠い目をする[建築]日向を余所目に、
[重力]沙美誰さんがずずいっと前へ出て、闇良の手を握った。
「闇良くん、私たちは君を必要としてるんだよ」
「………え?」
「聖軍に殺されちゃう人を救う。ゆくゆくは、聖軍そのものを倒す!
そのためには、強くて頼れる仲間が必要なんだぁ」
「ま、そうだな。
なんかお前色々謎だけど、強いらしいじゃん?
一緒に戦ってほしいよ」
「一緒に……?」
闇良龍真の両の瞳から、涙がつうと頬を伝う。
「……え?泣いてる?」
「ちょ、なんかごめん!!
私たち、なんか酷いこと言っちゃった!?」
「いえ……ぐすっ、その、嬉しくて………
………今まで、必要となんてされてこなかったから………」
記憶を失ったはずの彼の、確かな感覚。
胸の内に秘められた、初めての『必要とされる』喜び。
ずっと心を支配していた寂寥感が、ほんの少しだけ温まって、氷が溶けるような感覚。
「僕を、仲間に入れてください」
闇良龍真は、泣き笑いの表情で、そう言った。
*
数十分後。
[変形]大凱による緊急ミーティングが開かれ、
大会議室のなか、闇良・[建築]日向・[重力]沙美誰もそこに参加していた。
「これより、再征服作戦について説明する」
大凱の一言とともに、3Dホログラフィック映像が投影される。
山梨県の立体地形図が映し出され、敵魔術師の位置が"凸"の図形で示される。
「簡単にいえば、先ほど中断した山梨県奪還戦を再開する。
先ほどは事情があって全軍撤退したが、もう問題ない。
依然こちらが優勢だ。おまけに、現在中国地方で争乱があったと続報が入った。
敵が次の戦へ意識をシフトし、完全に油断しきったこのタイミングで、
ふたたび奇襲を仕掛け、今度こそ山梨県を奪還する。
………何か質問のある奴は?」
「大凱さん、見慣れない魔術師が居るようですが……?」
闇良は周囲メンバー数十人からの視線を感じて、思わず背筋を伸ばして緊張した。
「彼は闇良龍真、見習いだ。
俺と日向、沙美誰と共に来て、戦闘を見学してもらう。
……説明してなかったが、闇良、いいな?」
「は、はい!」
「聖軍との戦闘なんて滅多にないからな。
体験できるに越したことはないと考え、急遽だがアサインしたわけだ。
日向、沙美誰。子守りも任務の内だ、よろしく頼む」
「うっす」
「了解でぇす」
[建築]日向はポケットに手を突っ込んだまま軽く礼をして、
[重力]沙美誰はほわほわした雰囲気のまま手を挙げて返事した。
「開戦は20分後。
全員、アップを済ませておけ。
あと、魔素不足の奴はマナドリンク飲んどけよ。いいな?」
「はいっ!!!」
威勢のいい返事が部屋に響き渡って、緊急ミーティングが終了した。
*
さらに20分後。
闇良は全身のストレッチを終え、そわそわしながら出撃の時を待っていた。
そんな彼に声をかけたのは、金髪不良少年の[建築]日向だった。
「闇良、準備はいいか?」
「日向くん!!その……多分……!!」
「出来てなさそーだな」
苦笑いする闇良に対し、彼より少しだけ背が低い[建築]日向は素っ気ない表情のまま、
マナドリンクの缶を顔の前に差し出して、顎でくいくいと指し示した。
「飲め。お前さっき戦ったんだろ。
魔素消耗しても、コイツ飲めば回復すっから」
「えと……ありがとう。
ゲームのMPみたいな感じかな……?」
「そ。
要は、魔術を使うためのエネルギーだ」
[建築]日向は、おっかなびっくりマナドリンクを飲む闇良に対し、
目の前で両手をお椀の形にして、そこに家の小模型を作ってみせる。
「そういや魔術のこと、まだ話してなかったな。
魔術には基礎魔術と固有魔術ってのがあるんだけどさ、
基礎魔術ってのは全員同じ、身体強化ができる魔術。
固有魔術ってのは人によって内容が違う、物理現象や現実改変を発生させる魔術だ」
「う、うん」
「例えば、俺の固有魔術は[建築]だから、建築に関する物理現象は何でも起こせる。
特に、『建築』と『家を創る』とかの"解釈的に近い"魔術は早く・強くやりやすくて、
逆に、『建築』と『家を解体する』とかの"解釈的に遠い"魔術は弱くなりがちだな」
[建築]日向の手のひらの中の小模型が、ゆっくりと崩れていく。
それを見て、闇良は小さく歓声を上げ、少しワクワクしたような表情で聞いた。
「ぼ、僕にも固有魔術があるのかな?」
「あるんじゃね?
でも固有魔術調べるには研究班の人に見てもらう必要あるからなあ。
俺にはわからん」
「わあ……嬉しい……!!
なんか漫画みたいでカッコいいね!!」
「(俺みたいな固有魔術引くと都市復興に駆り出されて過労死するぞ……
ってのは、言わないでおいてやるか)」
目をキラキラと輝かせる闇良を見て、
子犬みたいだと内心微笑ましく思いながら、[建築]日向は否定の声を呑み込んだ。
「出撃用意!!」
「はっ!!」
突如響き渡った[変形]大凱の声とともに、
公安第零課員たちは一斉に整列し、各3~4名の組に分かれ、
[重力]沙美誰の創り出したブラックホールの前にそれぞれ並ぶ。
「これより再征服作戦を開始する!!
全員、生存第一で挑めよ!!」
「はっ!!!」
「では………出撃ッ!!!」
闇良も緊張した面持ちで頷いて、
[重力]沙美誰に促されるがままにブラックホールへと飛び込んだ。
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