01.甲府戦乱 (4)群雄割拠
零城。
都内某所に存在する、公安第零課の拠点となっている、
魔術による探知偽装・内部空間拡大が施されたオフィスビルにて。
3F戦闘班フロアの会議室の一室で、"彼"は事務机の上に横たわっていた。
「もしもーし、聞こえますかぁ」
[重力]沙美誰のどこか気の抜けた声が、
彼にとっての目覚ましとなった。
「はっ」
「わっ、起きたぁ。おはよぉ」
闇良龍真が飛び起きる。
ホワイトボードや会議机がある、どこにでもある会議室だ。
彼は会議机の上に寝かされており、
目の前にはセーラー服姿の[重力]沙美誰が、
頬杖をついてにこにことこちらを眺めている。
「えーと、お、おはようございます……?
貴方は……沙美誰さん、でしたっけ?」
「はい、沙美誰琴音ですぅ。
お会話もできるみたいだし、敵意もないっぽいですね。
よかったぁ」
「えっと、はい。
元気ですし敵意もないです……?」
先刻話したときの緊迫感ある語り口とは打って変わって、
ふわふわしている雰囲気の[重力]沙美誰は、なおも微笑んでいる。
状況を呑み込めず、ぎこちなく笑っていると、背後から声が聞こえた。
「君……何者だ?」
「うわっ!?びっくりした!!!
あ、ああ、こんにちは!!闇良龍真っていいますぅっ!!」
そこに立っていたのは、二人の男だった。
「自己紹介が遅れたな。
俺は公安第零課戦闘班班長・[変形]の魔術師、大凱将人だ」
一人は、身長185cmはあろうかと思われる大男。
おそらく30代前後である彼は、黒髪の無造作な短髪で、その容貌からは無骨な印象を受ける。
目には光が感じられず、室内であるのにビジネススーツにトレンチコートを着込み、
両手を腰辺りのポケットに突っ込みながら、壁に凭れ掛かっていた。
「……うっす。
同じく公安第零課戦闘班、[建築]の魔術師、日向仁」
もう一人は、身長165cmほどの少年。
戦闘班所属、億位戦闘魔術師。[建築]の魔術師・日向仁だった。
おそらく10代半ばである彼は、第一印象としては『金髪の不良少年』といった形で、
三白眼の鋭い目つきに耳のピアス、着崩した制服、古傷だらけの拳と、
思わず委縮してしまうような姿のまま腕組みし、壁近くの机に座っていた。
「さて、早速だが……君、なぜ"黒炎"が使える?」
「へ……黒炎?どういうことですか?」
「さっき、[液体]のウィリーンと戦ったときのことだ。
君は炎と刀を魔術で操り、更に黒い炎で敵攻撃を消滅させただろう?」
闇良龍真は考え込む。
彼の記憶は、確かに先ほどの戦闘を覚えていた。
しかしあの時は自分が自分でなかったような、
何かに身体を乗っ取られていたような感覚だったのだ。
「え………ああ………確かに。
でもあの時は、まるで自分が自分じゃなかったみたいで。
……なんで戦えたのかも、なんで魔法が使えるのかも分からないんです」
「………はあ?
お前、魔術適性検査は受けなかったのか?」
[建築]日向が怪訝そうな声で尋ねる。
意外にも喧嘩腰でなかったことに安堵しながら、闇良は尋ねる。
「魔術適性検査?何ですか、それ?」
「聖軍侵攻から少し経ったあたりで公安第零課が実施した、
魔術を使えるか確かめる検査だよ。
学校とかで受けただろ?脳とか心臓とか魔素レーダーで見られるやつ」
「聖軍侵攻……?公安第零課……?」
致命的に食い違う会話。
頬杖をついて話を聞いていた[重力]沙美誰が、
割り込むようにして手を挙げる。
「大凱さぁん。
この国で生きてて公安第零課のこと知らないなんて、
正直ありえませんし、この子多分、記憶喪失とかじゃないですかぁ?」
「……語り口からはそう見えるな。
だが、すっとぼけてる敵スパイの可能性もあるだろう?」
「[液体]ウィリーンに問答無用で殺されたり、
目の前で戦闘して手の内を晒してる辺り、それも考えづらい気がするんですよねぇ。
なんにせよ、敵意は無さそうなんで。
尋問は私と仁で大丈夫じゃないですかぁ?」
「………そうだな。
零城は安全対策も万全だし、よほど大丈夫だろう。
尋問は二人に任せる」
置いてけぼりになりながら会話を聞く闇良は、
壁に凭れるのをやめて出ていく[変形]大凱を、ぽかんとした表情で見送った。
「さて、尋問始めるかね」
「まずはどこまで記憶が残ってるかを確認しなきゃだねぇ」
[建築]日向が大きく背伸びをし、
[重力]沙美誰が優し気に微笑んで、闇良の方へと笑顔を向ける。
「ヤミラ……だっけか?
お前が記憶喪失だとしたら、今から伝えることに超絶ビビることになると思う。
あまりの衝撃に卒倒したりすんなよ?」
「2024年1月1日の聖軍侵攻があってから、日本にはほんっっと~に色々あってね。
今から説明しようと思うんだけど、物凄く長くなっちゃいそうだから…」
花が咲きそうな笑顔で、彼女は言った。
「とりあえず、自己紹介しよっか」
*
令和戦国時代。
公安第零課と聖軍が軍事衝突した『甲府戦乱』にて、
超巨大魔素反応が突如発生し、両軍が撤退したというニュースは、
瞬く間に全国の各勢力に駆け巡った。
*
聖軍。
現最大勢力にして、令和戦国時代を起こした勢力。
支配圏は東北・中部・近畿・中国・四国・九州までに及ぶ。
その本拠地・大阪魔王城。
魔術術式を張り巡らされ、幾つもの魔術兵器を誂えた、現代最強の要塞。
その天主閣に、二人の男がいた。
「聖王殿、御報せがあります」
一人は、[鉄仮面]ロト。
ビジネススーツを着た、姿勢の良い男だ。
鉄製の仮面を着けていて、その容貌や表情は見えない。
「甲府の件か」
一人は、聖王ブロード=ハルキア。
金色の王冠に、銀のマントを纏った青年。
眉間の皺は深く、修羅の如き表情で、世界を睨んでいる。
「はっ。只今入った最新情報をお伝えしますと、
甲府戦乱は痛み分けといった形で、我が軍・敵軍ともに撤退の判断を下しました。
また我が軍については、下級幹部数名ががやられました。」
「……億位相当の雑魚であろう。替えは効く。問題ない」
何のこともないといった声色で、
修羅のごとき形相の聖王は、[鉄仮面]ロトに対し、続きを催促する。
「そして、超巨大魔素反応の件も続報が入りました。
超巨大魔素反応の正体は謎の青年男子・闇良龍真とのことで、
[液体]ウィリーンが彼と相対し、散りました」
「………敵の新型兵器か?」
「そしてもう一つ気になる情報が………
観測役によれば、件の青年が"黒炎"らしき魔術を使ったと……」
「何だと?」
聖王の眉間の皺が、一層深くなった。
[鉄仮面]ロトは依然にこやかな声色だが、鉄製の仮面のせいでその表情は見えない。
「最優先で情報を集めろ」
端的に指示を出すと、聖王は瞑目する。
彼の脳裏に何が映っているのか。それは、彼以外誰も知らないことであった。
*
妖京朝廷。
京都市のみを支配領域とする小規模勢力だが、
聖軍の数多の侵攻を返り討ちにした、戦闘力第二位の勢力である。
その本拠地・内裏伏魔殿。
寝殿造りの建築様式に魔術陣が張り巡らされ、全体的に霧がかっており、
花鳥風月という言葉を体現するかのような美麗な趣向が凝らされた内裏だ。
その本殿に、二人の人影があった。
「お上。申し奉りたきことがございます」
一人は、現関白。
烏帽子に公卿冬束帯。まさに平安貴族そのものの姿を取った男。
麻呂眉に微笑みを称える表情は、まさしく平安を象徴するようだった。
「なんぞ」
一人は、現帝。
烏帽子に黄櫨染御袍。まさに天皇の姿をとった男。
優し気な表情で穏やかに微笑む彼は、超然として浮世離れしたような存在だった。
「甲府にて擾乱がございましたが、公安・聖軍共に退却いたしました」
「うむ」
「なかでも注目すべきは、莫大な魔素が生まれたところにございます。
何もないところより魔素が生まれ出づるとは、摩訶不思議なことではございます」
「是非に及ばず」
暗に『どうでもいい』と言って微笑む現帝が、扇子の先に蝶を遊ばせる。
「はっ」と小さく返事して、現関白も下がる。
妖京朝廷は平常通り、孤高の永世中立国としてのスタンスを崩さず、ただ超然としていた。
*
カイエン派。
名古屋を中心に、愛知・岐阜と三重・静岡の一部を支配圏とする中規模勢力。
聖軍侵攻直後に『名古屋の変』で独立を勝ち取った日本人勢力である。
その本拠地・カイエンコーポレーション名古屋本社。
名古屋駅直結型高層ビル・最上階。
『第二社長室』と行書で書かれた、豪華絢爛な部屋に、一人の男がいた。
「カイエンさん!」
「どうした!今は経営会議中だぞ、緊急か?」
「緊急です!!
山梨県甲府市における公安・聖軍の軍事衝突で、
謎の超大規模魔素反応が発生!!詳細不明です!!」
「偵察用の伍式ドローン飛ばせ!!
それと公安の渉外担当に情報共有を依頼しろ!!
3時間後までに情報まとめろ、いいな!?」
「はいっ!!」
カイエン。
黄金の派手なスーツを着用した、オールバックのカリスマ性溢れる男。
どこまでも論理的で冷徹な男は、巨大なモニターを通してオンライン会議を行っていた。
「失礼しました!」
背後でドアが閉まると同時に、カイエンは話し始める。
「すまない、話題を戻そう。
名古屋を防衛機能付きの超機械化都市にする件だが……」
*
オーフェン孤児院。
福岡市を中心に、福岡県北半分・佐賀県・長崎県を支配領域としている中規模勢力だ。
五つ巴の魔境と化し、日夜抗争に明け暮れている九州地方のなかでは最大勢力である。
その本拠地・オーフェン孤児院福岡院。
教会と孤児院が一体となった施設にて、
ステンドグラスから色彩鮮やかな日光が射し込むなか、一人の女性が祈りを捧げていた。
「ああ……世界に、救いのあらんことを……」
膝を折って祈りを捧げているのは、シスター・フィリアーネ。
かなり長い金髪によってその瞳は見えないが、
透き通る清流のような声が、その美しさを保証している。
「大変です!フィリアーネ様!」
関東近郊のコウフという地で、正体不明の超巨大魔素が……!」
「まあ…」
急ぎ駆けこんできた牧師が、件の超巨大魔素反応について伝える。
フィリアーネは憐れむような様子で、祈りながらその報告を聞くと、
彼女はゆっくりと立ち上がり、どこか儚げなハスキーボイスで語り始める。
「また、世界に波乱が起きるのですね。
一刻も早く、九州を統一しなければ……」
「えぇ、フィリアーネ様……」
二人は歯を食いしばるように、その場に立ち尽くした。
*
神龍都市札幌。
札幌市のみを支配圏とする小規模勢力だが、戦闘能力は圧倒的である。
札幌以外全てが魔物たちの巣窟となった北海道にて、唯一の人類生存圏である。
その本拠地・さっぽろテレビ塔頂上にて。
針がごときテレビ塔の頂点のさらに上に、空中庭園が創られていた。
そしてギリシア建築に近い神殿らしき建築物のなか、一人の龍人が、座禅を組んでいた。
「……む」
ジュン=ドラグニア。
一対の翼と角を持ち、白銀色の皮膚に鱗を並べる、壮年の龍人。
閉じていた瞼を開け、縦割れの瞳で、南南西、甲府の方角を見やる。
「……ふん」
超巨大魔素反応を感知した彼であったが、
すぐに興味を失くし、再び瞼を閉じる。
そして、自分の下で規則的・規律的に過ごす札幌の民を想起した。
*
"にんげん"。
宮城県と東北地方の一部を領地とする、中規模勢力。
そして特殊な生態系・社会構造を特徴とする、特殊な勢力だった。
その本拠地、仙台市・"おうち"にて。
白一色の、ひどくシンプルで浮世離れした建築物のなか。
真っ白なヒトガタが立体的になったような、
顔のない新人類、すなわち"にんげん"たちが、仲良く会話していた。
「こうふのおっきなおともだち、なんだろうね」
「せいおうくんのおともだちかな?」
「いーや、ひとりぼっちのおともだちだとおもうね!」
ぐねぐねと身体を変形させながら和気藹々と話す彼らは、
今後影響の予想を"めも"に纏めながら、会話をしていた。