02.原宿の乱 (10)いざ静岡
原宿の乱と呼ばれた、突発的な大規模戦闘行為。[蒼氷]リヴァと[虚構]ジョークマン、たった二人の聖軍上級幹部によって、原宿は街ごと焦土化された。蒼氷は竹下通り全域を覆い尽くし、激しい戦闘のなかで蒼氷は建物を呑み込んだまま砂塵の如く崩れ去り、辺りは蒼い砂漠と化していた。
3000人以上もの命がたった数十分で奪われ、日本中の人々は恐怖に慄いた。公安第零課は被害者に哀悼の意を表明するとともに、敵魔術師の撃退は成功したこと、敵性魔術師の侵入を防ぐための研究を現在進めていることを発表した。それでも市民の不安は払拭されず、人々は不安な夜を過ごすことになった。
そして。
原宿の乱から二週間ほどが過ぎた、2024年2月10日。静岡県富士市に、公安第零課の仮設拠点が、荒れ地にぽつりと建っていた。そしてその最上階の総統室には、[光]永遠乃がいた。
「失礼します」
「どうぞー」
[光]永遠乃が招き入れたのは、[建築]日向だった。
「仮設拠点の建築、ありがとね。暖房完備で助かるよ」
「いえいえ。それより、急に呼び出してどうしたんですか」
どこか警戒した様子の[建築]日向に対し、[光]永遠乃は流し目で続けた。
「そんなことよりさ、闇良くんとは仲良くやってる?」
「え?ああ、普通にダチっすね。俺と琴音と闇良でよく一緒にいますよ」
「ふーん、日向くんってやっぱ面倒見いいよね」
「んなことないっすけど……」
夕闇が太陽をゆっくりと覆い、総統室に影が差す。褒められたはずの[建築]日向は、どこか薄気味悪さを感じていた。
「……闇良くんの戦闘能力については、どう思う?」
「……異常だと思いますよ。戦うことへの抵抗感のなさも、状況適応力があまりに高すぎることも、究極魔術を即興で使えるあたりも………」
「そうだよねぇ。おまけに"黒炎"を使ったそうじゃないか。……日向くん、私が何を言いたいか分かる?」
「……永遠乃さん、まさか」
「私は、闇良くんが炎狼王なんじゃないかって思ってる」
[建築]日向の目が見開かれ、生唾を飲み込む音が総統室の静寂に響いた。明らかに動揺した彼には目を向けず、[光]永遠乃は窓の外を眺めた。
「炎狼王のことは覚えてるよね?」
「……ええ。元聖軍の魔術師。聖軍侵攻と同時に大阪から東へと向かったけど、東京で突如聖王に反乱を起こして、独立した、かつての公安の仲間です………」
「そうだよ。そして私たち公安第零課と炎狼王の軍は同盟を結んで、次々と勝利をおさめ、聖王の喉元まで迫った……」
「……そして、決戦のさなか公安第零課を突然裏切って、かつての味方である聖軍も、今の味方である公安第零課も皆殺しにした。ついたあだ名が、鏖殺の炎狼王。私は、闇良くんと炎狼王が同一人物なんじゃないかって思えるんだ」
[光]永遠乃の目は、どこまでも冷え切っていた。その眼光に底冷えする圧迫感を覚えながらも、[建築]日向は辛うじて、彼女に疑問を呈した。
「……俺には、闇良はそんなバケモノだとは思えません。あいつはただの男子高校生ですよ」
「……じゃあ、炎狼王が用いていた"黒炎"を使えている理由は?」
「……それは………」
「私は総統として、公安第零課の仲間と、全日本国民を守る義務がある」
腹の底が無理やり沈められるような、重苦しいプイレッシャー。きりきりと痛む胃を押さえながら、[建築]日向は次の言葉を待った。
「仮に、闇良くんが炎狼王じゃないとしても、だ」
永遠乃が、恐ろしいほどの美貌を、日向に近付ける。透き通るような瞳には、全生物を怯えさせるような重圧感があった。まるで、静かに佇む獅子のような、不気味なまでの強さがそこにあった。
「闇良くんは、あまりにも強すぎる。[地獄]の力もあるし、不死だし、究極魔術まで使える。このまえ究田が計測したところ、彼はすでに億位魔術師だそうだが………この調子じゃ、すぐに兆位になるだろうね」
「………ッ!!」
「そのうえ不可解なことも多い。記憶喪失の原因が全く分からないし、記憶喪失だとしても、なぜあそこまで魔術の経験が多いように思えるか分からない………そして、そもそも記憶喪失なのかも怪しい。絶対に、彼には何かしらかの"事情"がある」
「……そ、それは」
言い淀む[建築]日向に、[光]永遠乃は言葉を絶やさない。
「もし闇良くんが聖軍についたら、間違いなく聖軍が勝利する。逆に、公安第零課の味方でいてくれたら、日本は勝利にぐんと近付くけど……炎狼王との繋がりが不明な今、いつ裏切りや無差別殺戮が起こるか分からないというリスクが付き纏う。何にせよ、闇良くんは公安の脅威なんだよ」
「………そんな」
「だから、公安と国民の利益を考えれば、彼のことは我々監視のもとで封印すべき。それが私の出した結論だよ」
蛍光灯が点滅する。すっかり夕闇が支配した総統室で、[建築]日向は拳を震わせていた。それを哀れむように、[光]永遠乃が、優しい声色で続けた。
「……ごめんね。君の気持ちも本当によくわかる。辛いことを言ってしまったね」
「………いえ」
「そこで、代案があるんだ………日向くん、次の戦いで彼を監視してくれないかな?」
「え?」
不安げな声とともに、[建築]日向が顔を上げる。[光]永遠乃は、優しげで、冷酷な目で、続けた。
「もうすぐ、静岡の戦いが始まるだろう?君らは主戦力ではないから、後方待機の任務に就くことになる。そこで闇良くんと共に行動し、裏切りや虐殺の予兆があればすぐに連絡してくれ。その瞬間、私が彼を封印する。しくじりはしない」
「………はい」
「逆に、もし、静岡の戦いで彼が味方だと確信できたら………私も安心して彼を歓迎することができるだろうね」
実質的に告げられた、"闇良を助けたければ、彼の無実を証明しろ"という命令。冷たく光る美しい瞳をまえに、[建築]日向の胸騒ぎはずっと続いていた。
*
真夜中、名古屋。世界最大手の自動車メーカーの巨大な工場は、今も工業的な照明を煌めかせ、その活発さを誇示していた。その巨大工場内部の生産ライン沿いにて。製造業らしいブルゾンを着た男たちが、歩いていた。
カイエン。
超巨大企業の社長であり、圧倒的な経営手腕を誇る男だ。清潔感のある短髪が精悍な顔立ちと似合う、一見して分かる切れ者だ。そして名古屋の対聖軍独立戦争を勝利に導き、実質的な名古屋の統治者となった。彼を中心とする勢力は"カイエン派"として、愛知全域と、岐阜・静岡・三重の一部を現在支配している。
「カイエン社長、お疲れ様です!!」
「ああ。台数はどうだ」
「目標過達見込です!本日夕勤締めで、15781台を予定しています!」
「そうか」
カイエンたちの目の前で、戦闘用ロボット群が生産ラインにびっしりと並んでいる。人型のボディの胸元にはカイエン社のロゴマークが刻まれており、左腕は展開して鉄の盾となり、右腕は展開して魔弾銃となる。背骨あたりにはブースターが付いており、180分補給なしで飛行可能だ。
戦闘用ロボットが生産ラインに大量に載せられて少しずつ組み立てられているのをカイエンが確認しているとき、工場構内にローファーの足音が響いた。
「カイエンさん、遅くなってすみません!」
「ああ、来てくれましたか。天英さん」
「もう……呼び捨てでいいですよ!」
天英華。民衆から圧倒的な支持を集める、カイエン派の最高戦力。中学3年生らしい幼くも可憐な美貌に、突き抜けて明るい性格。聖軍相手に大剣で無双し、一人で戦線を崩壊させられるほどずば抜けた戦闘能力。ジャンヌ・ダルクの再来と言われる彼女は、カイエンのもとを訪れていた。
「明日、例の"黒炎"の方も来るって本当ですか?」
「ええ、永遠乃さんがそう言っていましたよ。確定です」
「おー、楽しみですね!是非とも手合わせ願いたいなぁ」
「ふふ、強い相手を倒すのが楽しいと?」
「違います!公安第零課は共に日本復興を目指す仲間ですよ?強い人と高め合って、もっと沢山の人を救いたいんです」
そう熱弁する天英は、純粋でひたむきな姿で、目を輝かせていた。カイエンは微笑んで、彼女のことを見守るように話を聞いていた。
「どんな人なんでしょうね?炎ってことは、ドラゴンみたいに火を吹いたり…」
「天英さん。そろそろ静岡に出発の時間です」
「あ、分かりました!じゃあ、今回も運転お願いします!」
カイエンと天英は、工場の外、大量の廃材が置かれた処理場に出る。そしてカイエンが手を伸ばすと、廃材が浮遊し、ガチャガチャという音を立てながら組み立てられていく。複雑な内燃機関。高出力の噴射装置。快適な搭乗席。そして、カイエンの魔術により、最新型の戦闘機が生成された。
二人が戦闘機に乗ると、従業員たちが総出で見送りにくる。
「社長ご操縦の戦闘機、静岡へ向かわれます!」
「「「行ってらっしゃいませ!!!」」」
カイエンも天英も敬礼で応える。エンジンがかかり、けたたましく轟音が鳴り響くなか。
[機械]の魔術師カイエンと、[英雄]の魔術師天英は、夜空を翔けた。
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