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01.甲府戦乱 (2)重力 対 液体

「闇良さん………!?

 まさか貴方ですか、"液体女"ウィリーン!?」

「……その二つ名ダサすぎるからやめてくんない?」


闇良龍真の心臓を撃ち抜いたのは、[液体]の魔術師ウィリーンだった。

紫色の長髪を足元まで下ろし、高いヒールでつかつかと歩く彼女は、

自らが犯した殺人という罪に、全く悪びれていなかった。



「超巨大魔素反応があった、公安の新兵器かもしれないって言われたから来たけど。

 なんとも呆気ない雑魚だったわね。時間の無駄だったわ」

「(聖軍からしても闇良は未知の存在ってこと!?)

 さあ、どうでしょう。殺せてないかもしれませんよ、"液体女"さん」


どろりと、粘性の高い液体が辺りの瓦礫や砂塵を攫って、凸凹した地形を慣らしていく。

そして[液体]ウィリーンの背後には無から大量の水が生まれ、空中で渦巻きながら激流となり、

今にも[重力]沙美誰を襲わんと、蛇のようにうねりながら機が熟するのを待った。



「……どう見ても大量出血で死んでるでしょ、そいつ。

 で、あたしが"液体女"なら、あんたは"重力女デブ"ってこと?」

「あはは、どこ見たら太ってるように見えるんですかぁ?

 もしかして老眼始まっちゃったんですかぁ?」


目に見えて[液体]ウィリーンの額に青筋が走った。

一方で[重力]沙美誰は、冷静に状況を分析していた。

闇良の胸元に空いた大きな風穴を見て、彼女は彼が助からないと判断した。

もはや死にも慣れている彼女は、顔色一つ変えずに戦闘態勢を取り、戦略を組み立てる。


全身の血管に意識を集中させ、魔素の流れを感じながら、

身体感覚を延長する要領で、自分の望む物理現象を"引っ張って"くる。



「重力、凝縮」


小さな呟きとともに、

彼女の柔い手の平のなかで、空間がぎゅるぎゅると凝縮され、

黒より黒い深淵色の、小さなブラックホールが形成された。


とはいえ、これは魔術で形成されたブラックホール。

彼女の手の平を虚無に引き摺り込んだりせず、彼女にとって都合の良い事象だけを引き起こす存在だった。



「……あたしね、あんたみたいな若さに縋るブス女が、一番嫌いなのよねぇ……」

「私がブスって、ホントに老眼なんですねぇ。

 厚化粧で若作りするのも良いですけど、レーシックとかで視力保つのも大事ですよぉ?」



戦闘態勢で距離を保ったまま、じりじりと互いに間合いを図る二者。

[重力]沙美誰は極小のブラックホールを幾つも作り、掌の内側に隠し続ける。

[液体]ウィリーンは大量の水の奔流を背後に溜めて、宙に湖を創る。


両者の実力は拮抗しており、どちらも億位相当。

均衡状態は、舌戦により崩されようとしていた。


「あんたみたいな小娘って本当に若さしか取り柄がないのね。

 魔術師としても弱いし女としても弱いし、頭も弱い。なんだか可哀想だわ」

「私、これでもモテる方ですよ?

 時代に追いつけてないことにすら気付けない老害おばさんの方が可哀想では?

 あと、うちの諜報班が抜いてきた情報ですけど、貴方昇格できなかったんですよね?

 上級幹部にもなれない、万年下級幹部。弱すぎてお話にならないですぅ~」



[重力]沙美誰は、普段は温厚で優しい性格だった。

だが、魔術師同士の戦いでは自分の意志の強さが重要な要素となる。

自らの内面にある憎悪をあえて言葉にすることで、魔術を強化しているのだ。


「………ああ、ほんと苛ついてきたわ。

 いいから、黙りなさい?殺すわよ?」

「あはははは!

 貴方にはぁ、ぜーったいできないのでぇ、安心してくださいねぇ~」

「殺す」

「あっは」



遂に、殺意が迸った。


「うぉああああああああああああああああああ!!!!!」


[液体]ウィリーンの咆哮が大気を震わせ、大地に激震が走る。

彼女の背後から、滝の如き激流が押し寄せ、暴力的に互いを打ち付け合いながら、

[重力]沙美誰へと土砂崩れのように降り注いでいった。



「ほんっと分かりやすい馬鹿ですねぇ」


怒り狂う[液体]ウィリーンをみて、

[重力]沙美誰は自らにかかる重力を操作し、一気に浮遊する。

付近の街々が膨大な濁流に沈み、ガソリンスタンドの屋根が呑み込まれていくのを見ながら、

脳をフル回転させ、現状分析と戦略立案を行う。



「(奴の固有魔術は、[液体]。水攻めを基本とする範囲攻撃タイプ。

  だけど魔素を馬鹿みたいに喰う硫酸や液体金属はそこまで出せないはず!

  おそらく好機を狙って局所的に撃ってくるから、そこだけ注意……!!)


瞬間、[液体]ウィリーンの手のひらから何かが噴出する。

空気が腐る、鼻を覆いたくなるような臭い。

超高水圧により、光線のように放たれた強酸が、[重力]沙美誰に迫る。


「溶けて死ね、メスガキぃっ!!」

「早速使ってきましたねぇ!!」



彼女はにこにこと微笑みながら、重力を操作する。

ピアノを弾くように、見えない糸を引くように、

身体感覚を延長した先で魔素を煮えたぎらせ、超重力を発生させた。



「ちぃっ!!」


噴出される強酸にかかる重力が、突然数十倍になる。

[重力]沙美誰の眼前に迫った奔流は、

ガクンと折れるように、超重力に晒されると同時に垂直落下していく。



「一本だけだと思うなよぉっ!!!」


[重力]沙美誰の直下で暴れ狂う湖から、幾本もの強酸の激流が生成される。

柱が立つように噴き出されたそれらは、鼻をつんざくような悪臭を伴いながら、

多方面から[重力]沙美誰を囲むように、勢いよく集ってくる。


だが。



「余裕です」


[重力]沙美誰は、雫を落とすように、ブラックホールを直下に落下させた。

鬼気迫る勢いで彼女に猛進していた強酸の激流の柱たちは、

漆黒の球に吸い寄せられ、橋を架けるように吸収され、消滅していった。



「…だるいわね、あんた」

「まあ、貴女のざこい攻撃はなにひとつ効かないですよぉ」

「……ふふ、本当かしら?」


[液体]ウィリーンは狂ったような笑顔で、

ふよふよと気ままに浮遊する[重力]沙美誰に手を伸ばす。



「あんたの心臓の血液、全部沸騰させてやるわよぉ!!」

「……ふふ」

「死ねぇ、死ねクソガキぃっ!!!」


[液体]ウィリーンは腕を伸ばし、神経を延長するようにして魔素を辿る。

自身の心臓から、温かい魔素が肩へ、肘へ、掌へ、指先へ伸びていく感覚を掴む。

そして空中を伝って、[重力]沙美誰の心臓へ意識を集中する。


世界の全てが暗くなって、液体だけが白く光を帯びるような視界を得る。

[液体]ウィリーンは、[重力]沙美誰の胸元にある液体溜まりを、

すなわち心臓を、魔素で掴もうとした。


しかし、そこには……なかった。



「……あんた、心臓がない……!?」

「えへへ、残念でしたぁ。

 貴方と戦闘になる可能性は十二分にあると考えてましたからね。

 対策済ですよ?」

「そんな……内臓がないなんて、生きていられるわけが……!!」


動揺している様子を観測し、[重力]沙美誰はブラックホールを幾つも放つ。

一歩で遅れて回避行動をとる[液体]ウィリーンは、超高圧で水を足元から噴射し、

迫りくるブラックホールをすんでのところで回避し、自身も空中へと浮かび上がった。



「私自身の身体のなかにブラックホールを生成したんですよ。

 そして東京の安全なところにホワイトホールをおいて、

 内臓のほぼ全てをそこに移して、繋ぎっぱなしにしているんです。

 だからこの物理空間に存在するのは、私の身体の表面、皮膚だけですね」

「そんな、滅茶苦茶なっ………!!」

「魔術を持ち込んだのは貴方たちでしょう?

 何でもありかよって言いたいのはこっちです」



[重力]沙美誰が、勝負を仕掛けた。

自分にかかる重力を、下向きから前向きに変更することで、爆ぜるように前進。

猪突猛進しながら、重力を凝縮し、ブラックホールを幾つも掌の内側に生成する。



「ならば、正面から力勝ちするだけだぁあああ!!!」


[液体]ウィリーンは、白目を剥いて叫ぶ。

向かい来る[重力]沙美誰を正面から迎え撃とうと、

辺り一帯に湖を形成していた超莫大な量の水を持ち上げ、彼女にぶつけようとした。



「飲まれて溺れ死ねっ!!」


[重力]沙美誰は手のひらを向けて、迫ってくる激流にかかる重力を数十倍に増幅した。

しかし、[液体]ウィリーンが魔素効率を度外視した水の大量生成を行っているせいで、

どれだけ水を下に押し込もうとも、下が詰まって水位が一向に下がらない。



「面倒なこと、しますねぇっ!!」


やむを得ず[重力]沙美誰は浮かび上がって、

迫りくる水位をなんとか抑え込みながら、[液体]ウィリーンの方へと飛ぶ。

そしてポケットから幾つかの金属球を取り出し、投げつける。


ふわりと宙を舞う金属球は、太陽光を反射しながら美しい放物線を描いていたが、

重力操作により空中にて静止し、突如前方向へ直進し、どんどん加速して弾丸となる。

幾つもの金属球が放たれ、それを追いかける格好で[重力]沙美誰も追従する。



「そんなもの、効くと思ったかあっ!!!」


[液体]ウィリーンは張り叫ぶと、

両手で花の形を作り、そこから超高圧の水流を噴射し、弾丸を撃ち落としていく。

軌道をずらされた弾丸は[液体]ウィリーンの真横を掠めるように通り過ぎ、

彼女は無傷のまま獰猛な笑みを浮かべ、次なる標的を探した。



これ・・、頂きますよ」

「……は?」


金属球を撃ち落とした[液体]ウィリーンは、気付く。

[重力]沙美誰がいつの間にか斜め前方に居て、自身の右腕に触れていることに。


瞬間。

彼女の右肩関節が砕け、腕があらぬ方向へと千切れる。

腕にかかる重力が百倍になり、しかもその力が上方向にかかった結果、

いとも簡単に腕は身体から分離し、血を撒き散らしながらどこかへ飛び去ってしまった。



「あがあああああああ!!!!

 貴様ああああああああああああああ!!!!」

「キレててウケますね」


[液体]ウィリーンは怒り狂いながら無事だった左腕を伸ばし、

ドロドロに溶けて液体となり赤褐色に煌めく鉄を、[重力]沙美誰に噴射する。

熱を帯びる大気を焦がしながら、溶岩の奔流が彼女に迫るが、

[重力]沙美誰はジェットコースターのような軌道で回避し続けながら、一気に距離を取る。



「放っておいても失血死するかもですけど、

 一応トドメを刺しておきますか………」


[重力]沙美誰は急上昇し、先ほど千切った[液体]ウィリーンの右腕を拾いに行く。

急加速しながら失血する腕をぱしっと手に取ると、

下で怒り狂っている[液体]ウィリーンに狙いをつけ、位置を調整し始める。



「トドメはやっぱり"加重急降下爆撃"に限りますよねぇ」


"加重急降下爆撃"とは、

航空機が急降下しながら爆弾を下向きに投げつける、いわゆる急降下爆撃を、

[重力]沙美誰本人が急降下しながら、物体を投げつける形で行うことである。

さらに重力操作により物体には下向きに過負荷と言えるほどのGがかかり、

爆撃の命中精度と貫通性能は、もはや衛星レーザー兵器と見紛うレベルに達する。



「それじゃあ……行きますよぉ………!!」


遥か下方から水弾の弾幕が放たれるが、

それを難なくブラックホールで吸収しながら、急降下を開始する。


衛星マップを拡大するように小さかった光景がどんどん拡大され、

瓦礫の山と、膨大な量の水と、その中心に鎮座する[液体]ウィリーンが迫り、

驚愕の表情を浮かべる彼女に衝突するまでの猶予時間が、刻一刻と減っていく。




しかし。



「せえ、のっ………なっ!?」



[重力]沙美誰は突如急降下をキャンセルし、

軌道を変えてゆっくりと減速し、空中に静止する。



「超巨大魔素反応が復活した!?

 さっきの闇良って人の遺体から……!?」


彼女が"加重急降下爆撃"を中止したのは、

びりびりと肌が痺れるような危険を、本能的に感知したからだった。

それは、彼女の眼前に広がる湖の奥底に眠る、"彼"の遺体から発されていた。

心臓が凍ったと錯覚するほどの圧迫感。膨張して世界に吹き荒れる魔素反応。



「あああああ!?なんだこれええええええ!?」

「ウィリーンも未知の存在!?なんで!?

 とにかく逃げないと、巻き込まれる………!!!」

「ぐ、おおおおお………!!!!!」



湖に、極大の火柱が立った。

廃墟都市・甲府に形成されていた湖は、あまりの熱量に瞬時に蒸発。

瓦礫の山と半壊した建物群を呑み込みながら業炎が立ち上り、

全てを灰燼に帰し、消し去り、クレーターを形成しながら、何かが現れる。



「………殺す」


それは、地獄から蘇った、闇良龍真だった。


お読みいただきありがとうございます。

評価(★★★★★)を何卒よろしくお願いします!!

ブクマ・感想のほうも、本当に励みになります。

少しでも面白いと思われましたら、ぜひともよろしくお願いします。

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