02.原宿の乱 (3)急襲
2025年1月25日、原宿。
[地獄]闇良が特別訓練を受けてから3日の休養日を設けたのち、[地獄]闇良、[建築]日向、[重力]沙美誰の三人は、原宿駅の改札前で集合していた。
戦闘服に零バッジをつけた三人は、それぞれ思い思いの表情で任務に臨んでいた。
「初任務かあ……緊張するなぁ………!!」
[地獄]闇良は、新品の黒を基調とした戦闘服に袖を通し、緊張と使命感に溢れた表情で、両手でガッツポーズを作った。アシメハーフアップバングの黒髪が揺れるたび、困り眉と垂れ目の瞳が覗き、優しげで自信なさげな表情が垣間見える。
「初任務って………お前、見学とか言いながら前回ガッツリ戦ってたじゃん」
[建築]日向は、着慣れた戦闘服で軽く腕のストレッチをしながら、何ともないような表情でツッコんだ。スパイキーショートツーブロックの金髪と吊り目の三白眼は、彼の強気な気質を如実に表していた。
「ねえねえ、帰りポップコーン食べて帰ろ~」
[重力]沙美誰は、両手の指を組んでぐぐぐと伸びをしながら、マイペースにそんなことを二人に言った。姫カットでボブヘアーの茶髪から、円らで大きな瞳を覗かせ、猫のような美貌を露わにしている。
付き合いの長さからか、[建築]日向は[重力]沙美誰の提案を無視して、場を取り仕切り始めた。
「さて、一応俺がリーダー役だから作戦内容確認すっぞ。今回の目的は例の廃ビル内の探索による情報収集、魔物がいれば殲滅。気を付けることは民間人を巻き込まないこと。おっけー?」
「はぁい」
「うん、わかった!」
「で、闇良。ほんとは魔術師の集団戦のときはRF3理論っての戦闘理論に基づいて戦うんだけど、お前座学も訓練も受けてないだろうから今回は乱戦で戦うぞ。ま、前回みたくやってくれ」
「りょ、了解……!」
サクッとブリーフィングを終えると、[建築]日向は零バッジで公安第零課本部に諸々の連絡をしたのち、歩き出した。原宿駅構内は沢山の人でごった返しており、特に若者たちの生き生きとした声が響き渡って、中高音の雑踏を作り出している。三人は人の波をうまく掻き分けるようにして、駅の出口へと進んでいった。
このときはまだ、1時間後には原宿全域が死屍累々の地獄絵図となることを知る者はいなかった。
*
目的地の廃ビルの眼前に、三人は到着した。ちょうど明治通りと竹下通りの交差点付近に位置する、一見何の変哲もなく埃っぽい廃ビルはすでに看板類も外されており、ポストのなかには郵便物が満杯以上に溜まっていた。
「魔素レーダー、起動」
[建築]日向の一言とともに、零バッジから仮想立体スクリーンが映し出され、航空機のレーダーのように現在地を中心として魔素反応の位置と大きさを示す魔素レーダーが表示された。
「魔素反応は………やっぱあるな。廃ビル内に十体くらいはいるっぽい。だけど大したやつじゃないな」
「あの……このすっごく大きい丸と二つの丸はなに?」
「これは俺ら。超デカい丸はお前。あまりに魔素量が多すぎて超巨大魔素反応って呼ばれてたんだぞ、お前」
「えぇ………」
自分で自分にドン引きする[地獄]闇良を後目に、[建築]日向は廃ビルへとずかずかと歩いていき、[重力]沙美誰も魔素を手の平に迸らせながらそれに付いていった。
「じゃあ、突入するぞ。まず、俺が壁を破壊しながら最前列を突進する。次に、琴音は真ん中で、重力操作で魔物を壁とか天井に押しやりながら追従してくれ。最後、闇良は遊撃隊として、琴音が仕損じた魔物を仕留めながら最後尾で付いてきてくれ」
「りょ!」
「了解!」
廃ビルの扉の目の前で、三人とも臨戦態勢を取る。民間人が通っていないタイミングを測りながら、魔素を全身に高速循環させつつ準備を整えていった。
「3……2……1……行くぞっ!!建築・解体っ!!」
[建築]日向は右手で扉に触れると、一瞬で粉々に粉砕して瓦礫と砂塵に変貌させながら、タックルで一気呵成に建物屋内へと突っ込む。次いで[重力]沙美誰・[地獄]闇良も追従するように突入した。
「止まるなよっ!!」
[建築]日向は廊下を走りながらも、壁にぶち当たるたびに解体を繰り返し、自動車が通れるほどの大きさの穴を壁に開けながらどんどん加速していく。そして魔素レーダーをちらりと見て、目の前に魔物達のいる部屋がきたことが分かると、目前の壁を破壊しながら脇へ逸れて[重力]沙美誰に道を譲った。彼女は魔物部屋の壁が崩壊すると同時に跳躍するように飛び出して、両手を部屋の左奥と右奥へ向ける。
「グギャアッ!?!?」
「グガアアアアア!!!」
壁が崩壊した先は、一般的な事務フロアがぐちゃぐちゃになったような部屋だった。事務机やオフィスチェアや大量の書類が無秩序に散乱し、巨大地震でもあったかのような惨状が部屋中を覆っていた。
そしてそこには、異形の魔物たちがいた。青、緑、紫など禍々しい肌色をした魔物達は、人間の身体を縦に引き伸ばし、顔を爬虫類然とした尖った骨格に変形させたかのような不気味な姿をしており、筋骨隆々とした体格からは本能的に忌避感を感じるほど、野性的な強さが滲みだしていた。
「重力波っ!!」
「火炎っ!!」
すぐさま[重力]沙美誰が放った重力波が、魔物達を天井と壁の狭間に無理やり吹き飛ばし、そのまま押し止める。そこへ[地獄]闇良が口から猛烈な勢いの火炎を噴いて、バーナーで虫を炙るように消し炭へと変えていった。
「何匹か逃げようとしてるぞっ!!」
「私が行くっ!!」
重力をさらに強化してぐしゃりと魔物達を潰すと、[重力]沙美誰は重力操作によりふわりと前方上空へ跳び上がり、事務机の上を前傾姿勢で滑空するように飛びながら、一目散に逃げる魔物達へ両手を向ける。
「堕ちてっ!!」
「グゲェボッ!!!」
「グッブゥッ!!!」
逃走を図っていた魔物たちが一斉にバランスを崩し、地面に叩きつけられる。フローリングの床材に軽いクレーターができ、魔物たちは上から押さえつけられたように固定されたまま、その場でじたばたともがいていたが、[地獄]闇良により刀で止めを刺され、息絶えた。
「……これで全部かな?」
「そうだな、魔素レーダー上に敵反応はない。一応見回りして敵がいなければ任務完了、研究班に引継ぎだ」
「やけにあっけなく終わったねぇ」
戦闘態勢のまま魔物達の死亡確認を進めながら、三人はそんなことを口々に呟く。
「今回は闇良のチュートリアル的なとこあったからな。難易度低めの任務に充ててもらったんだろうな」
「それに、簡単だけど重要な任務だったんだと思うよぉ。原宿に魔物がいるなんて一大事だしねぇ」
[建築]日向と[重力]沙美誰がそう口々に言うなか、[地獄]闇良はどこか釈然としない表情で辺りを見回していた。
「………てか、この依頼謎ばっかりだよね。なんでこんなところに魔物がいるのか、なんで何もせず待機していたのか」
「それはマジで謎。魔物って基本殺戮欲求に突き動かされるものだし、普通に考えれば外に出て人間食い荒らしまくってるはずじゃ………あ?」
「……?仁、どうしたの?」
魔素レーダーを見ながら押し黙った[建築]日向に対し、[重力]沙美誰が訝しむように質問する。[地獄]闇良も不思議そうに小首を傾げるが、彼は黙ってレーダーを見つめ続けるだけだった。
「外に何かいる……?」
その一言が放たれた瞬間。
廃ビルは、吹き飛んだ。
「うわあああああああああああっ!?!?」
巨大な質量を持った暴風が吹き荒れ、壁面も天井も瓦礫となって一切合切吹き飛ばされていく。建物内部にいた三人は瓦礫の海に揉まれながら同じく吹き飛ばされるが、なんとか固まって瞬時に対策を講じた。
「重力操作っ!!!」
「建築っ!!!核シェルター!!」
[重力]沙美誰の重力操作により、三人にかかる重力が一時的に二倍になると同時に、周囲の瓦礫に反発する力をかけ、瓦礫を押しのけながら一気に着地した。
そして[建築]日向が核シェルターを形成し、三人を瓦礫の暴風から守るよう堅牢な鋼鉄の壁と天井を創り上げた。
「一体何が………!!!!」
「敵襲しかないだろっ!!!零城まで撤退するぞっ、琴音、ブラックホールを……!!!」
瞬間、霜が降りた。
「空気が冷え………!?」
鋼鉄の壁が、ピシリという音とともに凍結する。氷塊が析出し、なにかが破滅的に崩壊する音がして亀裂が走り、一瞬にして吹き飛んだ。[重力]沙美誰がブラックホールを展開する間もなく、外から凍てつくような冷気が一気に雪崩込み、全員の身体能力が著しく低下する。
「か、身体が凍るぅ"ッ………!!」
「っはぁぁっ………!!」
その時だった。
三人の目の前の膨大な冷気の霧に、人影が映る。
「お前が、"黒炎"を使った男か」
「………え………?」
それは、水色のマッシュヘアーの美男子だった。黒いレザージャケットのポケットに両手を突っ込み、凍てつく冷気をものともせず、身体の下半分を氷漬けにされた[地獄]闇良に冷徹な目を向け続けていた。
「……もし、そうだとしたら……何なのさ……!!」
「そうだな……大阪魔王城に強制連行して、情報を洗いざらい吐かせる。そして何より……俺の旧友を返してもらう」
「そっか……でも、僕は"黒炎"なんて知らないんだ。何より、仲間を氷漬けにするような人のために出来ることなんて、何もないよ………!!」
びきり。そんな音と共に辺り一面が氷塊で埋め尽くされ、ガラスが砕けるような轟音と共に割れる。核シェルターどころか周囲の建造物も次々に吹き飛び、辺り一帯は廃墟都市が氷漬けになって永久凍土と化したような地獄絵図を描いている。
「そうか。なら、死ね」
京位魔術師にして聖軍上級幹部。六聖魔の一人。
[蒼氷]の魔術師リヴァが、蒼く目を光らせた。
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