02.原宿の乱 (2)無間地獄
午前11時過ぎ。
地獄の特訓開始から2時間。
「闇良くん、元気に訓練してるぅ?」
模擬戦闘場の扉がガラガラと開き、[重力]沙美誰が顔を出す。ひょこ、という擬音が似合う可愛らしい動きとともに、姫カットの茶髪が揺れる。
「……え?」
そんな可憐な少女は……模擬戦闘場の光景を見て、一転して青ざめた。本の山のてっぺんで、死んだ目をしながらうわごとを呟く[地獄]闇良を見たのだ。
「…舌は火である。不義の世界である。舌は、わたしたちの器官の一つとしてそなえられたものであるが、全身を汚し、生存の車輪を燃やし、自らは地獄の火で焼かれる……」
「う、うわぁ……」
「……あ、さみだれさん……?」
生気を失った顔で[地獄]闇良は微笑むと、本の山の頂上から力なく転げ落ち、立ち上がり、よろよろとした足取りで、[重力]沙美誰の前に向かっていく。
「上手くいっては……なさそうかな……?」
「あはは、情けないことにね……地獄って何なのか、とか考え始めたら頭ぐちゃぐちゃになっちゃってさ。あんなに戦ってたのに、もうライターくらいの火すら点けられないや……」
[地獄]闇良の右手人差し指が、何もない空中に向けられる。魔素が身体を駆け巡り、人差し指を通して、空に火を灯すかと思いきや…魔術は発動されず、魔素は霧散した。
「火の魔法って、火をイメージして魔素を送り込むだけじゃないの?」
「そうだと思うんだけど………科学的に正しく火を再現するとか考え始めたら、ドツボに嵌まっちゃった。もう頭がこんがらがって、どうイメージすればいいのか分からないんだ。コツとかあったら教えてくれるとうれしいな……はは……」
[地獄]闇良は覇気のない困り笑いを見せ、頬をかく。[重力]沙美誰は顎に手をあてて考えながら、ゆっくりと話し始めた。
「うーん、私が初めて魔術使えるようになったときは……重力のこと、思いっきり楽しんだかなぁ」
「……どういうこと?」
「最初は私も魔術が使えなかったんだぁ。キモい物理学の本をいーっぱい読んだのに魔術使えなくて、嫌になっちゃいそうだったんだけどねぇ?よくよく考えたら、嫌いなものをイメージするのって難しいじゃん?ってなって。だから、自分にとって都合がよくて、好きになれそうなとこだけピックアップして、私にとって大好きな[重力]を思い描いてみたんだぁ」
理解が追い付かず、きょとんとした[地獄]闇良を差し置いて、[重力]沙美誰は花の咲くような笑顔で、説明を続ける。
「例えば、闇良くんもこの前私のブラックホール通って瞬間移動したじゃん?物理学的に考えたら、人間があんなことしたら死ぬ……ってか崩壊するんだって。でも、実際ブラックホール通れたでしょ?ってことは、魔術をつかうのに科学とか現実性とか考えなくていいってこと」
「あ………ああ………?」
「そもそも、物理法則とかガン無視するから魔術なんだよ。だからさ、小難しく考えなくていいんだよぉ。歴史的名画のうえにシールをぺたって貼るみたいに、名画なんて気にせず、シールだけ考えればいいんだよぉ」
物凄い勢いで、[地獄]闇良が飛び上がった。
「すごおおおおおおおおい!!!」
「ひゃっ!?」
「めっっっちゃ分かりやすい!!それだ!!僕オリジナルの地獄でいいんだ!!最高の地獄を創ればいいんだ!!」
まるでロケットの発射のような高出力ジャンプ。[重力]沙美誰は驚き、思わず距離を取ったが、[地獄]闇良は着地すると、それ以上の勢いで近づき、彼女の両手を取った。
「ありがとう!!本当にありがとう!!」
「闇良くん、な、なんかハイになってる…?」
「ぜんっぜん!!さあ、いっっちばんヤバい地獄を創るぞー!!じゃあ、僕はトレーニングに戻るね!!ありがとう!!」
勢いのままぶんぶんと握手をされた挙句、突然手を離されて放置された[重力]沙美誰は、ぽかんとしていた。しかししばらくして、くつくつと笑いが込み上げてきた。
「闇良くんって、おかしいくらいまっすぐだよね」
微笑む[重力]沙美誰の言葉は、本の海にダイビングし、書物を掻き分けてルーズリーフを探し当て、一心不乱に地獄の絵を描き続ける[地獄]闇良には届かなかった。
*
午後9時過ぎ。
地獄の特訓開始から12時間。
「闇良くん、遅くまでお疲れ様で……あれ?」
白衣姿の[論理毒]究田が、模擬戦闘場を訪れる。そこには、壁に追いやられた本たちと、大量のルーズリーフの海があった。しかし、肝心の[地獄]闇良の姿がない。
「離席しているのでしょうか?
………おや、これは一体………?」
模擬戦闘場の壁部分に、石造りの門が形成されていた。
そこには、『この門を潜るものは、一切の希望を捨てよ』と書かれている。念のため護身用の魔術が起動していることを確認してから、彼はその門へと近付いた。
「闇良くん、居ますか………」
門を開き、少しのぞきこんだ瞬間。
[論理毒]究田は信じられないほどの力に引っ張られ、異空間へと吸い込まれてしまった。
「おっと」
衝撃を感知したため、全身に透明な六角形で出来たバリアが自動展開される。危うく転びかけた[論理毒]究田は辛うじて倒れずに踏ん張ったが、顔を上げ、目の前の異空間の光景をひとたび見ると、彼の瞳は好奇心に大きく揺れた。
「これは………!?」
そこにあったのは、まるで抽象画のように、漆黒と深紅が入り混じる空間だった。絵の具のように、黒と赤がダマになりながら入り混じり、空と大地の境界をあやふやにしている。
「もしかして、異空間タイプの環境魔術ですか!?闇良くんは白兵魔術しか使っていなかったはずですが……」
[論理毒]究田はこめかみに指を当てながら思索に耽る。生温かい風が吹き、白衣をたなびかせ、不気味な静寂をわずかに揺るがせる。そして[論理毒]により強化された白衣から、人工音声が発された。
『注意:二秒後の未来に落下を検知』
「落下?」
[論理毒]究田が床に注意を向けると、漆黒と深紅が混じり合う地面が、突然消えた。彼は重力に従い、内臓が浮く絶叫マシン特有の感覚とともに、なすすべもなく自由落下する。護身用魔術がなければ、すでに意識を失ってもおかしくなかっただろう。
「これは………"無間地獄"ですか!!!八大地獄のなかで最も苦しいとされる地獄!!2000年自由落下したあと、349京年ほど剣や刀でズタズタにされたり、炎や毒に苛まれたり、舌を抜かれて釘を打たれたりする地獄ですね!!」
頭から自由落下し続ける[論理毒]究田は、いつの間にか煉獄のような場所にいた。周囲は黒曜石やバケモノの鱗でできた壁で円状に囲まれていて、その隙間からは絶えず溶岩が流れ、煮えたぎる大気にはあらゆる毒素が含まれている。
「グガァ!!!!!」
「骸骨の腕を手動操作している?……いや、これは自動迎撃システムですか」
その壁を突き破るようにして、骨をつなげて延長された骸骨の腕が何百も伸びてくる。その手には燃え盛る刀や毒が塗られた剣が握られており、あらゆる角度から[論理毒]究田の命を刈らんと、斬撃を加えた。
しかしどれも白衣から展開された透明なバリアに阻まれ、金属音を上げることしかできなかった。
『警告:斬撃を感知』
『警告:斬撃を感知』
『警告:炎熱を感知』
『警告:斬撃を感知』
『警告:毒素を感知』
「これは凄いですね。環境魔術をここまで造り込むなんて」
それだけではなかった。骨の腕のなかに、機関銃やチェーンソーや手榴弾を装備しているものが現れた。
「おお、アレンジも加えているんですね」
『警告:銃撃を感知』
『警告:爆発を感知』
『警告:銃撃を感知』
『警告:斬撃を感知』
『警告:銃撃を感知』
「わあ、相当激しいですね、これは」
『警告:銃撃を感知』
『警告:銃撃を感知』
『警告:銃撃を感知』
『警告:銃撃を感知』
『警告:銃撃を感知』
「あはは。やばいですね、これ」
あらゆる兵器により、落下中の[論理毒]究田に猛攻撃が行われる。[論理毒]究田は顎に手をあてて考えながら落下し続ける。
「……うーん、吸収が早いのもありますが、やっぱり闇良くんは戦闘経験者でしょうね。あまりにもクオリティが高すぎる」
『警告:二秒先の未来に地面との衝突を検知』
「お、了解です」
[論理毒]究田が指を鳴らすと、その身体はクッションに沈むようにゆっくりと減速した。そしてくるっと身を翻し、頭が上・足が下という自然な体勢をとったあと、黒々とマグマが冷え固まったような大地に、ゆっくりと着地した。
「……これ、魔王城ですか?」
無間地獄を落ちること数分間。着地した地に広がっていたのは、骨と血と鉄で出来た禍々しい城塞だった。龍の頭蓋骨、武装したバケモノたち、毒の沼、剣が生えた床。この世の終わりを想起させる、破滅や死と関連するモチーフが溢れ返っていた。
「……ここは、アレンジですか」
それに加えて、血まみれの教室、死臭がする食卓、嗤い声が聞こえてくるオフィス。拳銃や包丁といった現代の凶器。解答用紙やスマートフォンといった現代の苦痛。それら現代の要素も取り込んだ地獄の底が、辺りには広がっていた。
「精神攻撃を行うエリアなのかな?それとも……」
「グオオオオオオオ!!!!」
突如、獣の咆哮が聞こえる。城壁の何箇所からかからマグマが溶け出し、ゆっくりと形を変え、化け物の形を為す。いずれの亡獣も四本の腕を持ち、拷問器具を手に、怖気の走るような残忍な表情をしている。
「これは驚いた。自律型の擬似生命体まで生み出せるのか」
そして、亡獣たちが一斉に[論理毒]究田へと襲い掛かった。
拷問道具を振りかざし、一斉に[論理毒]究田の命を刈らんと飛び掛かる。それと同時に、城塞各地から矢、弾丸、ミサイルの雨が彼のもとへ降り注ぐ。
『警告:二秒先の未来に複数の死を検知。救護天使モードを発動します』
「………素晴らしい」
[論理毒]究田の白衣が赤く発光し、大量の梵字を走らせた。白衣はふわりと膨らむと、最大出力で正六角形を張り合わせた形のバリアを貼り、自動的に魔弾射撃によって反撃を行い、激しい攻防を繰り広げた。
魔弾によって亡獣が撃ち落とされていき、地面にぼとぼとと転がる。一方で弾丸などの飛び道具類はバリアによって彼の眼前で防がれ、ひしゃげて地面に転がり続けた。
「まさか救護天使モードを発動させるとは……」
「わ、究田さん!?ごめんなさい、大丈夫ですか!?ストップします!!」
どこからともなく[地獄]闇良の声が響き、総攻撃は一斉に止み、世界は暗転する。そして少しの間をおいて、異空間から引っ張り上げられるように、二人は元の世界へと戻された。
*
「えー、おめでとう。合格です。環境魔術のなかでもかなりレベルの高いものが見られたので、文句なしですね」
「あ、ありがとうございます」
模擬戦闘場に戻ると、[論理毒]究田は[地獄]闇良に合格を言い渡した。
「一週間くらいでのクリアを想定してたんですが……想定外の早さで終わりましたね」
「へえ、そうなんですね………え?一週間も帰宅禁止するつもりだったんですか?」
「ええ。ここには食堂もお風呂もあるし、問題ないでしょう?」
[論理毒]究田がにこっ、と爽やかに笑った。一方の[地獄]闇良は、若干引き気味ながら困り笑いを返した。
[論理毒]究田は話題を区切ると、トレーニングルームの壁を触った。指の長い手に梵字が浮かび、それが壁へと流れていく。梵字を流し込まれた壁は、少しの時間のあと、模様をぐにゃりと変えた。
「これ……究田さんの魔術ですか?」
「うん。[論理毒]っていって、生物や物体をハッキングできるんです」
「えぇ……それ、結構何でもできるんじゃ……」
「そうですね」
いつのまにか、壁はスクリーンのように変貌していた。
「これを見てください」
壁に映像が流れる。監視カメラのように、斜め上から見下ろすような画角の映像だった。その映像の場所は、雑居ビルのようで、薄汚い壁に囲まれたフリースペースには…………数多の異形、獰猛な魔物たちが、所狭しと犇めき合っている。
「これは現在の原宿の映像です」
「…え?」
「聖軍侵攻以来、東京は一貫して公安第零課の支配下にあります。つまり聖軍幹部や魔物たちは基本的にゼロのはずなんですが………どういうわけか原宿の雑居ビルの一つに、こんな光景が広がっています」
魔物たちは爪や牙を血に染めていた。動物を食べたのか、人間を食べたのか。そんなことを考えた[地獄]闇良の顔が、青くなっていく。
「魔術は何でもありの世界です。おそらく探知偽装かなにかして潜り込んだのでしょう……ここからは大凱さんからの伝言ですが、闇良くん、あなたにはこのアジトの殲滅を依頼します」
「ひ、一人でですか?」
「いえ、日向くんと沙美誰さんも一緒です。仲が良いと聞いていますので、おそらく相性も見ての人選でしょうね。三人一組になって、原宿内の敵アジト内の敵一掃と安全確保をお願いします」
少しの時間をおいて、覚悟したような表情で[地獄]闇良が頷く。若人の決意を少し眩し気に見つめていた[論理毒]究田は、思い出したように白衣のポケットをまさぐり、何かを取り出す。
「というわけで、闇良龍真くんを億位戦闘魔術師に認定します。普通は万位くらいから始まって強くなってくんですが……加入段階で億位とは、やっぱり異質ですね。おめでとうございます」
「あ、ありがとうございます」
「これを」
[論理毒]究田が[地獄]闇良に手渡したのは、『億』という字が刻まれた漆色のバッジだった。澄んだ漆黒に、黄金の文字色。少し触るのに躊躇するくらいの高級感のある質感だった。
「これは何ですか?」
「これは"零バッジ"、僕の[論理毒]で細工してあるバッジです。公安第零課員としての身分証にもなりますし、仮想スクリーンでの情報表示や仲間との通信などもできます。ぜひフル活用して、公安第零課員として活躍してください」
「はい!」
情報量の多さに混乱しながらも、バッジを胸元につける。黒光りするそれは、しっかり留められた瞬間、無機質な音声を発した。
『起動:闇良龍真様のユーザ初期登録が完了しました』
『開示:闇良様の現在のステータスを表示します』
仮想スクリーンが目の前に生成され、ウィンドウのようなものに様々な情報が羅列される。
プロフィール
・氏名:闇良龍真
・固有:[地獄]
・段位:億位(戦闘力:30億2789万1417)
・資格:戦闘魔術師(白兵・環境)
・任務:原宿内の敵アジトの殲滅
・指揮:大凱班長に指揮権あり
「それでは、頑張ってください。応援しています」
「はい!!必ず任務を達成します!!」
[論理毒]究田が手を差し出し、それに[地獄]闇良が応じるようにして二人は握手する。[論理毒]究田のマメだらけの手に驚きつつも、[地獄]闇良は決意の籠った表情で頷いてみせた。それを見た彼も、少し嬉しそうに微笑んだ。
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