01.甲府戦乱 (1)百日忌
「これより、山梨県奪還作戦を開始する!!
聖軍による日本侵攻から早一年、闘いを前進させるぞっ!!!」
「はいっ!!!」
2025年1月14日。
東京都・某所。とあるビルの会議室にて、
[変形]の魔術師、大凱将人の号令に、数十名の魔術師が呼応した。
「2024年1月1日、日本に突如"聖軍"を名乗る正体不明軍勢が攻めてきてから、早一年超………日本は数多の災難を負ってきた。それは何だ!!」
「はいっ!!銃火器の効かない魔術師・魔物たちによる自衛隊の壊滅です!!」
「はいっ!!大阪・横浜・名古屋・札幌・福岡・仙台ほか多数の都市の陥落です!!」
「はいっ!!日本国EEZ(排他的経済水域)を覆う結界による、外国との一切の遮断、つまり日本の外へ出ることも連絡もできなくなったことです!!」
2024年1月1日、突然日本を襲った"聖軍"の侵略。
彼らは魔術を操り、銃火器の効かない身体で、大阪を拠点に日本全土を侵略した。
この戦いで、日本国民一億人以上が死んだとされている。
「そうだっ!!!日本は一度滅亡しかけた!!
そんな絶望的な状況のなかで、我々はどうして滅亡しなかったっ!?」
「はいっ!!日本国民にも魔術師として覚醒した者らが現れたからです!!」
「はいっ!!我々魔術師が戦闘・復興・研究・諜報を担う組織、公安第零課として結集したからです!!」
「はいっ!!友好的勢力も軍事蜂起し、名古屋、福岡などで独立し、我々と同盟を結んでいるからです!!」
現在、日本の二大勢力は以下の二つだ。
・公安第零課(拠点:東京):日本国政府に協力的な私的軍事組織
・聖軍(拠点:大阪):なぜか日本征服を目論み、魔術師や魔物による全面戦争を仕掛けている
しかしそれ以外にも、公安第零課に友好的な日本人勢力や、聖軍内部で仲間割れし独立した敵対勢力など、数多くの勢力が入り乱れ、日々戦乱を繰り広げている。
令和は魔術を用いた群雄割拠の戦国時代と化しているのだった。
「そうだ!!我々公安第零課は、現在関東一円を支配下にしているに過ぎない!!
目指すは天下統一、すなわち日本国全土の領土奪還だ!!」
「はいっ!!」
「今回の作戦は、その足掛かりとなる!!
東京都の側面に敵領土がある状況を打開し、国土を奪還する!!
そして、日本国民の命と幸福を取り戻す!!」
「はいっ!!」
熱い闘志を燃やし、公安第零課の魔術師たちは応える。
[変形]の魔術師、大凱はそれに満足げに、されど緊迫感のある表情で話す。
「それでは作戦概要について話す。
永遠乃さんが幻術で偽装工作してくれているから、
敵は北陸……新潟県に戦力を集中させているはずだ。
そこで手薄になった山梨県を奇襲攻撃して、
一気に支配権を確立し、日本国土として奪還する!!」
「はいっ!!!」
「敵魔術師は兆位が一人、これは俺が相手する!!
億位が三十名程度、これはお前たちで各個撃破してくれ!!
あとは万位の魔物が数千匹程度、これは問題にならないだろう!!後回しだ!!」
「はいっ!!!」
「とにかくスピード重視!!!
三人一組以上になってRF3理論を遵守して戦うこと!!!
最終目標は甲府市の安全確保!!具体的には敵魔術師・魔物の全排除だ!!
それが達成され次第、復興班が防衛魔術陣による簡易拠点を生成する!!」
「はいっ!!!」
威勢のいい返事が、会議室に響き渡る。
「それでは……出撃するぞ!!!」
「待ってください!!」
諜報を担当していた魔術師が、突然大声を上げる。
航空機のレーダー画面のような液晶画面を、驚愕の面持ちで見つめながら、
戦況を一変させうる情報を、全員に伝えた。
「山梨県甲府市に、超巨大魔素反応が発生!!
正体不明!!敵の新兵器である可能性があります!!!」
「なんだと………!!」
会議室に、衝撃が走った。
*
永い、永い夢を見ていた。
最も深い闇に、骸の山と、血の河だけが在った。
地平線まで続く黒と赤のなかで、何万もの人々が殺しあっている。
「___お主、壊れているな」
誰かの声がする。
くつくつと嗤う、不機嫌そうな声。
「___それで此処を統べているつもりか?」
骸同士が、互いの首を折ろうと掴み合っている。
人間の顔が雲を為して、涙の雨を流し、大地を汚泥の底なし沼にしている。
血と闇が混ざって溶岩となり、一切合切を呑み込んで彼方へと流れていく。
「___まあいい。お前を目覚めさせてやろう。代償として___」
最後に視界を覆ったのは、獰猛で、傲慢で、殺意を纏った____
*
「はっ」
水溜まりが出来るほど冷や汗をかきながら、
男は目を覚ました。
「……え?」
廃墟と化した山梨県甲府市に、そんな言葉が響き渡った。
全壊し廃墟と化した建物群、陥没し破壊された道路、足の踏み場もない瓦礫の山。
誰も居ないはずの空間に響き渡ったのは、優しげな男の声だった。
「………ここ、どこ?」
ハッとして、彼は上半身を起こす。
辺り一帯が瓦礫の山であることを確認すると、驚いた声とともにおろおろと狼狽え、
身体についた砂埃を手で払いながら立ち上がる。
「………なんで僕、こんなところで寝てたんだろう?
巨大地震でもあったのかな?……いや、それだと僕死んでなきゃおかしいか……」
誰もいない崩壊した街に、一人。
日本の命運を大きく変えることになる魔術師。
闇良龍真は、子犬のように寂しそうな表情を見せながら、
当てもなくふらふらと探索を始めた。
「あれ……なんだ……?」
そんな彼は、瓦礫の山に登り終えて辺りを見回すと、とある物を発見する。
それは、異形の魔物達だった。
「グゲァ………!!!」
「ゲヴァ………グガァ………!!!」
「オブロオロロロ………!!!」
狼犬に魔術的文様が走り、一対の翼を得たような魔物。
怨霊が魔術的布地を身に纏い、四本の腕をだらりと垂らしている魔物。
幾何学的図形が魔術的な力を帯びて組み合わさり、空中に静止している魔物。
「ひっ………に、逃げなきゃ!!!」
「グガアアアアアアッ!!!」
瓦礫の山から転げ落ちるように逃げる彼に対して、
魔物たちは信じられないほどの速度で瓦礫の山を乗り越え、肉薄した。
「ひ、ひぃっ」
甲高くて情けない声が響き渡る。
しかし、闇良龍真は空中で転がりながら、顔を守るように両手をクロスする。
その瞬間だった。
「グガァッ!?」
闇良龍真の両手の十本の指からは長い鉄製の爪が生え、
飛び掛かる翼付きの狼犬を、八つ裂きにして、斬り捨てていた。
「えっ……何これっ!?」
闇良は自分自身で驚愕しながらも本能的に鉄爪を振るうと、
美しいフォームで放たれた爪撃に、怨霊タイプの魔物の身体も裂け、
布切れのように吹かれ、身体の残骸は飛んでいった。
「僕……戦ったことなんかないのに!?」
図形が組み合わさったような魔物がふわりと飛来し、
三角・四角の枠をぐるぐると回転させながら体当たりしてくるが、
闇良が反射的に息を吹きかけると、火炎が発生し、吹き付けられ、魔物を黒焦げにして墜落させる。
「な、なに今の………魔法………!?」
突然、自分の手に生えてきた爪。
突然、自分の口から噴き出された炎。
そして……突然の戦闘に対応できた、自分自身。
ありえないはずの事柄が何重にも発生して混乱する闇良は、
自らの手に生えた鉄爪を見つめながら、おろおろとその場を右往左往した。
「動かないで!!!」
そんな闇良に、若く可憐な女子の声が掛けられる。
突然の出来事に飛び上がって驚く闇良が、声のした方向へ振り返ると、
そこには、セーラー服の上から魔術紋様の編み込まれたカーディガンを身に纏う女子が、立っていた。
「私は公安第零課の沙美誰琴音です!!
所属は戦闘班、[重力]の億位戦闘魔術師です!!
貴方は何者ですか!?」
「え……!?
僕は闇良龍真っていいます!!普通の男子です!!」
「はあ!?先ほど魔術を行使していたでしょう!?
貴方、公認魔術師登録はとっているんでしょうね!?
まさか、未登録のヤミ魔術師ですか!?」
[重力]の魔術師・沙美誰は、
少し焦ったような、苛立ったような表情で問い詰める。
「すみません!!魔術って何ですか!?
僕、何がなんだか分からなくて……本当に分からないんです!!」
一方で闇良は、鉄爪を生やした手をぶんぶんと振りながら、
善良で人畜無害な小市民然とした態度で、ただ誠実に謝り続ける。
すれ違い続ける両者の会話に、[重力]沙美誰は痺れを切らした。
「聖軍の新兵器という見立ては外れたってことかなぁ……?
しかも日本人の姿をしているから、うちの理念に則れば保護対象……!!
ううん………リスクはあるけど、保護するしかないかぁ………!!」
「え?ええ、ええ?」
「とにかく私と一緒に来てください!!
絶対裏切って攻撃とか、しないでくださいねぇ!!
警戒してますからねぇ!!」
「え、ああ、はい………」
瓦礫の山になんとか足の踏み場を見出して、一歩一歩進む闇良。
緊迫した面持ちで彼を見つめつつも、彼に手を差し伸べる[重力]沙美誰。
二人の手が結ばれようとした、その時だった。
「死ね」
どこからか射出された超高出力の水球が、闇良の心臓を貫いた。
「え?」
嘘みたいに血が噴き出る自分の胸を見て、闇良龍真は呆けた声を出した。
そしてすぐに失血により意識を失い、ばたりと倒れた。
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