浮気の証拠(2)
私はサリュ殿下の腕を引っ張り、二人に見つからない場所まで離れた。
「サリュ殿下、こうしてのぞいていても二人が昼食をともにしている姿を見ているだけ。何も得ることが出来ません」
「だから?」
「私は証拠がほしいのです」
ずいっとサリュ殿下に近寄る。
「それで?」
「何か、二人の距離が近づくようなイベントを起こしましょう」
「真面目くさった顔で何を言うかと思えば……。いいのか、あんたはそれで」
「はい。サリュ殿下もこのままもやもやした状態はお嫌でしょう?」
「ふーん。いいぜ、協力してやるよ」
サリュ殿下は面白いおもちゃでも見つけたかのように、楽しそうにしている。
えっと、私達の婚約者の浮気を実証するためのイベントですけど、本当にいいのですかね。
誘ったのは私だけれど、逆に大丈夫なのかと不安になるのだった。
**********
それから私はエリサ様が教室からいなくなると、サリュ殿下と何故か勝手に割り込んできたイリーナとの三人で計画を練った。
私が出す案はすべて二人に却下されて少し落ち込んだけれど。
部屋に二人きりで閉じ込めればキス位するのでは言ってみたら、今でも二人きりでいてもしないのだから無理だろとサリュ殿下に鼻で笑われた。
なら、閉じ込めて、キスしないと出られないって脅したらどうだと言ってみた。すると、脅してキスしたとして、それは証拠になるのかとイリーナに真顔で返された。
うん、確かに。
逆にバレた場合に、脅迫したこちら側が危ないだろとサリュ殿下にもっと真顔で返された。
じゃあ閉じ込めるのは止めにして、良い雰囲気を作ればいいのだから、ムーディーな音楽を流すのはどうだといってみた。失笑しながら、それでキスしてたらその音楽は演奏禁止ねとイリーナに言われた。
確かにキスしてしまう曲だなんて、嫌いな人といるときに流れてきたら最悪だ。想像しただけでぞっとしたので、これは自分でないなと思った。
え、違う? そういうことじゃなくて? あぁ、そんな効力のある音楽など無いだろと言いたかったと。なるほど。
「ユスティーナってさ、まじで話せば話すほど気が抜けてくるな」
サリュ殿下がしみじみといきなり言いだした。すると、水を得た魚のようにイリーナが同意するではないか。
「でしょう! わかってくれますか、サリュ殿下。ユスティーナって頑張って表面を取り繕うものだから、きりっとした公爵令嬢だって誤解されがちなんですけど、本来はこんなぽやぽや人間なんですよ。まったく、可愛いったらないわ」
「そうだ……んんっ、なのか」
サリュ殿下が一瞬言葉をつまらせた。何か違うことを言いかけたのだろうか。
「おやおや、サリュ殿下はもしや」
「それ以上は言うな、イリーナ嬢。命が惜しかったらな」
「ふふっ、分かりました。命が惜しいので余計なことは言いません」
何やら二人だけで通じ合っている。仲間はずれはよくない、寂しいではないか。
「そ、それで、二人とも。私の案をことごとく却下するのだから、さぞかし良い案を持っているんでしょうね」
私は憤慨しながら二人に問いかける。
「俺は協力してやるといっただけ。どうするかはそっちで考えろ」
サリュ殿下ひどい! 一緒に考えるのが協力者ってものじゃないのか!
「まぁまぁユスティーナ。そんなにほっぺを膨らませないで。拗ねた顔しても可愛いだけだから」
イリーナがすりすりと私の頬を撫でてくるので、思わず逃げた。
たまにイリーナって、こうやって撫でてくるのだ。なんでって聞いたら、感情が高ぶると撫でたくなるんだって言われたけど、何故今感情が高ぶったのかは謎である。
「イリーナは? 何か案はある?」
「そうですね。ではこういうのはどうです――――――――」
イリーナの案は素晴らしいものだった。
これならキスしたくなるに違いない。
**********
「ねぇねぇ知ってる? 裏門の近くに大きなもみの木があるでしょ。そこの下でキスしたカップルは永遠に結ばれるんですって」
「えーただの噂でしょ」
「本当だって。おしどり夫婦で有名なロンデール伯爵夫妻も、キルシュ子爵夫妻もあそこで告白してキスしたんだって。他にもまだいっぱいいるらしいよ」
「嘘、本当に? にわかに信憑性が上がってきたんですけど」
教室内でのおしゃべりが聞こえてくる。
そう、イリーナの作戦はこれだ。裏門近くのもみの木の下でキスをすれば、そのカップルは永遠に結ばれるという噂を流した。つまり、そこでキスする人達は、永遠に結ばれることを願っているという証拠になる。
そして、今のシベリウス殿下とエリサ様は結ばれる見込みのない二人だ。噂であろうと縋りたくなるのでは無いかというイリーナの読みだった。
それから毎日、昼休憩と放課後に裏門のもみの木が見える場所で二人が来るのを待った。でも、なかなか来ない。
イリーナ曰く、今は噂が出回ったばかりで他のカップルがたくさん来ている。人目についてはいけないあの二人はなかなか近寄れないのでは、と推測していた。
噂が出回って10日ほど、今日も一日頑張るぞと起きた瞬間にニーナが飛び込んできた。
「お嬢様! 何で今日は早く登校すると事前に伝えてくれなかったんですか。もうサリュ殿下がお待ちですよ」
「はぁ? 嘘でしょう、そんな約束した覚えはないけど」
「とにかく待っていただいてますので、早く身支度してしまいましょう」
ニーナに追い剥ぎかと思うような勢いで寝衣を取られたので、目を回しながらも下着を着けて順に制服を着ていく。
顔を洗い化粧水などで整え、寝癖を直し、少しだけ化粧をする。
ずっと手抜きな格好をして登校していたので、身支度も早く済んだ。
「サリュ殿下、お待たせしました。おはようございます」
「あぁ」
自分の家のように、くつろいだ様子でデュナン家の朝食をもぐもぐと食べている。いや、本当に何しに来たんだよ、このお人は。
ユスティーナがリアルに首を傾げていると、サリュ殿下は最後の一口分残っていたパンを口に放り込んだ。
「行くぞ。兄上が朝早く出て行った。今日は俺一人で登校するようにと使用人に伝言もしてあったから、おそらく……」
「はっ、まさか」
「あぁ、だから行くぞ」
「はい!」
サリュ殿下の乗ってきた馬車に便乗させてもらうことにして、学園を目指す。
ニーナが慌ててパンを二つ布に包んで持たせてくれたので、私は朝食として一個食べた。もう一個はサリュ殿下に取られたが。さっき食べていたくせに意地悪だ。
さて、そうこうしているうちに学園に着いた。足早に、なおかつバレないよう音を立てないように裏門へと向かう。
すると、やはり裏門のもみの木の下に二人の姿はあった。
早朝ゆえに学園内は静かだ。日中だったら話し声が聞こえないような位置にいても、今は二人の声が微かに聞こえる。
『シベリウス殿下、ただの噂だと分かっています。でも……』
『……可愛い人よ。君の気持ちは分かってる。僕らの気持ちは許されないものだ』
苦痛に満ちた声に、胸がもやっとした。
何をしているんだろうか、私は。
『エリサ、やはり婚約者がいる身で口づけは』
『えぇ分かっています。口づけは出来なくとも、殿下とここに来れたことで満足です』
二人は結局、キスをしなかった。
ただ手をつないで、ベンチに座ってもみの木を見つめていた。
私はなんだか見ていられなくて、そっと来た道を戻る。サリュ殿下も無言でついてきた。