目指せ婚約破棄(4)
私はパーティー会場に戻った。当然、予備のドレスを着てだ。
彼女、名前はソネットというらしいが、私の着ていたドレスを着て、発表の為に舞台袖へと向かった。そのままだと華美になりすぎるので、外せる装飾は取り外したりして、発表にふさわしい装いになっているはずだ。
もう会場では音楽が流れてダンスが始まっていた。広間の真ん中ではサリュ殿下とエリサ様がダンスをしている。美男美女のダンスはまるで妖精が舞っているかと思うほど、きらきらしい雰囲気を振りまいていた。
そして、ここが重要だが、シベリウス殿下はその様子を熱いまなざしで見つめていた。
やはりシベリウス殿下は、エリサ様に惹かれるように運命づけられているのだろう。
「シベリウス殿下、お待たせして申し訳ありません」
「ユスティーナ、サリュから聞いてはいたが、戻りが遅いからヒヤヒヤしたよ。それと…………そのドレスは、少々、その」
シベリウス殿下は私の姿を上から下に見て、もごもごと言いあぐねている。
うん、いいぞいいぞ。ちゃんと着飾ってこなかった私をみて幻滅している。
「このドレスを着たくて選んだのですが、お気に召しませんでしたか?」
殿下が事前に釘を刺したのにもかかわらず、質素すぎるドレスを着てきた私は悪い女です。喜んで悪女の称号を受け入れますよ。
「似合ってはいると思うが、少し華やかさが足りてないのではないだろうか。やはり王子の婚約者として、エリサ殿のように場に即した装いをすべきでは」
「まぁ……私ったら、自分の好みばかり優先してしまいました。これではシベリウス殿下の婚約者は失格ですわね」
「いや、そこまでは言ってないが」
シベリウス殿下が慌てて違うと言ってくる。
このまま婚約破棄してくれないかなと思ったけれど、さすがにドレスが地味程度では無理か。まだ悪女になって嫌われよう作戦は始まったばかりだし、焦りは禁物である。
でも、こうやって地道に幻滅させるようなことを繰り返せば、婚約者失格の烙印を押してくれるだろう。
そもそも、前のときに私は頑張りすぎたのだ。シベリウス殿下に認められるように、国王や、なにより王妃に認められるように、そして国の皆さんに認められるように。そう思って自分を鼓舞していた。
本当の私は抜けているところも多いし、弱虫の泣き虫だったりするけれど、それを表に出さぬように取り繕って生きてきた。まぁ、家族や親友など親しい人達の前では、気が抜けてボロが出まくっていたのだけれど。
表面上は取り繕えていたからこそ、シベリウス殿下も非がない私との婚約を止められず、追い詰められて駆け落ちしたのだろう。
「では、一曲お相手願えますか?」
シベリウス殿下が手を差し出してきた。その上にそっと私は手を乗せる。
何回もシベリウス殿下とこうして踊った。前の時はそれなりに楽しかったけれど、今はまったく心が弾まない。
でも、その心を押し隠して私はシベリウス殿下のリードに身を任せるのだった。
**********
ダンスを一曲踊り終わると、シベリウス殿下は挨拶回りに行ってしまった。本当は私も付いていくべきだし、前のときはちゃんと付いていった。でも、今回はもういいだろう。婚約破棄するつもりなのだから、別に挨拶する必要もあるまい。
そう思って「ちょっと疲れてしまったので休みたい」と言って残ったのだ。
壁側に置かれたソファーに座っていると、従兄弟のアルマンがやってきた。彼は王立魔法学園の二学年に在籍している。
「あれ、一人? 婚約者様は?」
きょろきょろとあたりを見渡している。
「殿下は挨拶回りをしているわ」
「ふーん。一緒に行かなくて良いの?」
「いいの。疲れちゃったんだもの。少しくらい休憩したって良いでしょ」
会話相手が身内なので、口調も気を遣わなくていいのが楽だ。
「めっずらし」
「そうかな」
「そうだよ。ユスティーナは良き婚約者であろうと常にこういう場所では頑張ってるから」
そうか。従兄弟の目から見ても、やはりそう見えていたんだな。
「ところでさ、ユスティーナも『石』を継いだんだろ。どのくらいのやつ?」
「ちょ、ちょっとこんなところで口に出したらダメよ」
アルマンがあっけらかんと『石』のことを話すので、ユスティーナは冷や汗が山ほど出てきた。
「そこら辺の奴が『石』って聞いてもなんのことか分からんだろ」
「そりゃそうかもしれないけど……」
「んで、どうなの?」
「お祖母さまから渡されたものは、やっぱり自分が一から育てたものとは違ったわ。なんていうか、同じ重さのはずなのにずっしり感があるのよね」
さて、ここで出てきている『石』とは何か。
実はこの『石』こそが、ユスティーナが王子の婚約者に選ばれた要因でもある。
正式名称は『賢者の石』で、どんな不可能なことも可能にしてしまう石だ。魔力の増幅も出来るし、死にそうな怪我を治したりも出来る。ただ唯一、死んでしまった命を生き返らせることだけは出来ないのだが。
ユスティーナの先祖のサルバトーレ・デュナンが、大昔この賢者の石を育てた。ちなみに石を『育てる』という表現は少々おかしいかもしれないが、間違ってはいないのでそのまま聞いて欲しい。
賢者の石は貴重な鉱石に魔力をひたすら与え続けると完成する。一気に与えると石が割れてしまうので、少しずつ与えなければならない。
それに加えて、誰の魔力でも良いわけではない。相性のようなものがあるらしく、サルバトーレ・デュナンの子孫だけが何故か賢者の石を育てることが出来たのだ。
だが、時代を経るごとにサルバトーレ・デュナンの加護も薄まっているらしく、何代もかけて石を育てないと完成しない状況に今はなっている。
このことは王族と一部の貴族しか知らない国家機密だ。王家としては、次代の王となる予定のシベリウス殿下の妃には是非、賢者の石を育てるデュナン家の娘をと望んだため、私が婚約者となったというわけだ。
首飾りにして身につけている『石』にそっと手を当てる。
私はサルバトーレ・デュナンの子孫じゃなければ、婚約者になどならなかった。前のときは、それを誇らしく思っていたし、頑張らねばと気負ってもいた。
貴族の娘に生まれた時点で、政略結婚は仕方のないこと。でも、そうはいっても、私の両親は端から見ても仲が良かった。あんな風にシベリウス殿下と過ごせたらと、単純な私は思っていたのだ。シベリウス殿下に裏切られるとも知らず、せっせと賢者の石を育てていたのだと思うと笑ってしまう。
完成した賢者の石は、殿下のためになる、ひいては国のためになる。いざというときには国同士の駆け引きにも使えるような重要な代物だから。
そう思って健気に毎日肌身離さず育てていたというのに、最後は…………あれ、もしかしてせっかく育てたのに、魔物の腹の中に入ってしまったの?
「今までの苦労が!」
思い至った考えに、私は頭を抱えてしまう。
「だ、大丈夫か? 本当に疲れてたんだな。もう帰るか?」
アルマンが心配そうにのぞき込んでくる。
せっかく18歳まで育てていた石が、使われることもなく魔物の胃の中とか、考えただけで辛い!
あの賢者の石は、まさに日々の努力の結晶だったのに。なんか一気に悲しくなってきた。
まぁ三年前に戻ってきているから、今の私の手元にはちゃんとあるのだけれど。
「えぇ、帰るわ。シベリウス殿下には上手く伝えておいて」
本来ならば自分で伝えた方が良いのだろうが、精神的に余裕がない。それに、勝手に帰った方が失礼だと思うので、殿下からのイメージダウンにも繋がるだろう。
そう思い、私は振り返ることなく屋敷に帰ったのだった。
その後ろ姿をじっと見ている人がいるとも知らずに。