救いたい人(3) サリュSIDE
【サリュSIDE】
アルマンの胸ぐらを掴んだとき、一緒に握り込んだ何かが発熱したかと思った途端に砕け散った。
その衝撃で頭の中が真っ白になったが、一拍おいた後にその余白を埋め尽くすかのようにいろんな景色、会話、感情、様々な情報がなだれ込んできたのだ。
訳が分からなかった。
いつの情報なのか、誰の得た情報なのか。
でも、次第に分かってくる。分からなかった方がきっと幸せだったけれど。
これは、俺の記憶だった。
俺が『真実を明らかにしろ』と叫んだからなのだろう。
そして明らかになった真実は残酷なものだった。
理屈は分からないけれど、ユスティーナは人生をやり直している。三回も死んで、今はもう四回目だ。
そして、一番認めたくなかったけれど、ユスティーナを死に追いやっていたのはすべて俺だった。
一回目。王妃がムハンド王国を怒らせたせいで、ユスティーナが狙われた。だが、俺の妃になればムハンド王国も手を引くと思ったし、それを抜きにしても俺は彼女が欲しかった。
だが、ユスティーナを手に入れるためには兄が邪魔だ。だから同じく邪魔な存在のエリサと駆け落ちをさせた。これでユスティーナは俺の方を見てくれるだろうと思ったのに放心状態で俺のことなど視界にも入っていなかった。
悔しくて怒鳴り散らしたけれど、俺なんかを選ぶわけないという諦めもあった。だから、ムハンド王国の刺客から遠ざけ平穏に生きて欲しいと思い、ユスティーナを辺境の地へと追いやった。
だが結局、俺が追いやった地でユスティーナは魔物に襲われて死んだ。
二回目。どうやらユスティーナは一回目の記憶があるらしく、兄との婚約破棄を狙って動いていた。俺も便乗して婚約破棄を達成し、今度こそユスティーナは俺を選んでくれると思っていた。それなのに婚約の申し出を断られてパニックになった。
思わず迫ろうとしたところで、視界にムハンド王国の刺客が目に入った。俺は密偵の催促をことごとく無視していたから焦った。ユスティーナを殺すことは許してくれと叫んだが、刺客はためらいなくユスティーナを背後から切りつけた。
一回目と違い、目の前で血まみれで倒れているユスティーナ。俺が上手く立ち回れなかったせいで、こんなことになったんだ。俺のせいで彼女は死んだ。
三回目。ユスティーナは過去二回の経験から俺とは距離を置くことを選んだようだ。それでも、俺は幼い頃にユスティーナに心を奪われていたから、何とかユスティーナを手に入れる隙を狙っていた。だが、ユスティーナに避けられて近づけず、イライラが募っていたときに使節団がやってきた。
二回目までと同じように王妃がバカなことをやったおかげで、ムハンド王国の団長からユスティーナを殺せとパーティー直後に言われた。ムハンド王の代理で来ている団長の言葉は、王命と同じ意味を持つと言われ俺は絶句した。しかも、俺が殺さなければすぐに刺客を送るとも。
追い詰められていた俺の目の前でユスティーナがアルマンに迫られていた。どうやら勘違いだったようだが、それでも当時の俺はユスティーナを穢された気がして許せなかった。
だがアルマンから守ったはずなのに、肝心のユスティーナはアルマンの心配をした。俺よりも襲ったアルマンを選ぶのかと絶望した。
ユスティーナに拒絶された俺はもう生きる気力を無くした。でも、このままではユスティーナはムハンド王国から送られた刺客に殺される。どこの誰とも分からぬ奴がユスティーナに触れるくらいだったら、自分の手で終わらせてやる。そう思って短剣を突きつけたが、どうしても殺せなかった。
そして、逃げだそうとしたユスティーナは俺を蹴ったせいでバランスを崩し、崖の下に落ちてしまった。そう、またしても俺のせいで彼女は死んだのだ。
ずっと不思議だった。たまに見せる俺への眼差しが、恐怖を帯びていたり、かと思えば慈愛に満ちていたりした。
今思えば、過去三回の記憶があったからなのだ。
ユスティーナを死に追いやり続けている俺が、側にいて良いはずがない。そう思って、村長の家を裏の窓からこっそり出た。表側にはユスティーナとアルマンがいたからだ。
一人で記憶を整理ながらムハンド王国の方へと歩き出した。だが、記憶の整理が進むにつれて、ある事実が浮かび上がる。それは、母上がムハンド王で酷い扱いを受けていると言うことだった。
故郷に戻ってせっかく元気になった母親がどうなっても良いのかと、ムハンド王国は脅してきていた。そして、ムハンド王国の言うことを聞けば今後の母親の身の安全と生活も保障すると言っていたくせに、それはすべてでまかせだったのだ。
一回目の時間軸で、俺は兄上が駆け落ちしたことによって皇位継承第一位になっていた。王妃は面白くなさそうだったが、陛下はそう言う意味では公平な人だから、俺を跡継ぎとしていろんな権利も与えてくれた。
その権力を駆使して母のことを調べて、どんな扱いを受けてきたかをそのとき初めて知った。俺は苦しむ母に気付かぬままムハンド王国に踊らされ、ユスティーナをも辺境の地へと追いやっていたのだ。
俺は何のために生きているのだろうか。
好きな人すら守れず、あまつさえ、俺のせいで死んでいる。
俺がいなければ、母はもっと苦痛の少ない人生を歩めたはずだ。
俺が死んだ方が平和になるって思った。
思ったけれど、俺が死んだところでユスティーナがムハンド王国に命を狙われている状況は変わらないし、母を助けることも出来ない。せめて、ムハンド王国の暴挙を止めてからじゃないと、死んでも死にきれないって思った。
だから、俺は慌てて来た道を戻った。
村長の家に息を切らしてたどり着くと、アルマンが真っ青な顔で頭を抱えてた。そして、何故かいるはずのユスティーナの姿はない。
嫌な予感しかしなかった。
アルマンからユスティーナがいなくなったことを聞いた。そして、村人のなかにユスティーナがつれさられるところを目撃した人がいたことで、俺はムハンド王国に捕らわれたのだと確信したのだ。
俺はアルマンを連れて城へ戻った。
陛下は俺の母上の為には動かないと思ったが、ユスティーナのためだったらきっと動くと思った。ただの勘だったけれど、それは当たりだった。
ムハンド王国からいろいろ接触があったことを報告した。王妃の起こしたことで向こうは怒っていて、戦争も辞さない構えなこと。占いの結果でユスティーナが狙われていること。母を人質にして俺にムハンド王国へつけと催促があったこと。
叱責を受ける覚悟ですべて白状した。その上で深々と頭を下げた。
どうか、ユスティーナを救うために力を貸して欲しいと。
このままでは戦争が起きる。ユスティーナがそれを知ったら絶対に悲しむ。
だからユスティーナのために、そして国のためにも、どうか、お願いしますと。
「サリュ、お前がわたしに願いを口にするのは初めてだな」
陛下は笑うのを失敗したような、そんな表情を浮かべていた。
「いいだろう。王家付の親衛隊を今後お前に託す。戦争を回避すべく、すぐに出立しろ!」
陛下の命に俺は背筋が伸びた。
俺を信じて親衛隊を託してくれたのだと。
絶対に、ユスティーナを救い出す。そして、一緒に母上を救いに行く。
戦争の火種は両国の血を引く俺が消す。
それが終われば、俺は心置きなく死ねる、そう思った。
それなのに、ユスティーナをこの目で見た途端、やっぱり愛しいなって思った。
だって、助けに来た俺のもとに抱きついて来たんだ。こんな可愛いことをされたら、もう少し一緒にいたいなって、そう思っちゃうだろ。
俺、生きたいなんて、我が儘言ってもいいのかなぁ。
ユスティーナが言いづらそうに、もじもじとし出した。
もう何をやっても可愛く見える。この手から離したくない。
「その……お母上のこと、なんですが」
ムハンド王国のものから聞いたのか。
きっと、心を痛めているんだろう。そんなのユスティーナが悪いんじゃないのに。
「知っている。酷い扱いを受けているのだろう」
「え、どうして知っているんですか?」
「それは……俺が三回分の過去を知ってしまったからだよ」
そう言った途端、ユスティーナの表情が悲しげにゆがんだ。
あぁ、俺のために苦しまないで欲しい。
だけど、俺のために心を揺らす彼女がたまらなく愛しい。いつも彼女は俺をまっすぐに見て、感情を乗せてくれる。それが嬉しかった。
そんなふうに思ってしまう俺は、やはりろくでなしだ。
愛しているなら、彼女の幸せを、安寧を願うべきなのに。
何回やり直そうとも、俺は自分の感情で彼女を振り回してしまうらしい。
でも、そのループもこれで終わりにしよう。




